第60話『規格外』
俺には才能が無かった。
「落ちこぼれ」と蔑まれた俺は、努力する事しかできなかった。
だからこそ。
自慢ではないが、清桜会で使用が認可されている式神は、ある程度知識として頭には入っていたし、その発現事象も理解はしているつもりだった。
―――――しかし。
―――――知らない。
起動シークエンスで、来栖が口にした名前。
そして、こんな式神を、俺は知らない。
夜の微光を乱反射しながら、収束してゆく霊力。
やがて来栖の傍らに形作られた、それは。
「銃……?」
漆黒の銃身にスコープがついた、いわゆる―――――スナイパーライフル。
全長160……、いや170センチはあるだろうか。
来栖の身長を遥かに超える無骨な巨躯。
それを事も無げに肩で担いているこの子は、一体何なんだ……?
「……よいしょっと」
「「……!」」
言葉を失ったままの俺と京香を横目に、来栖はフェンスの間からその銃身を突き出し、ライフル本体の棒状の部分……ボルト、だっただろうか。
それを慣れた動作で―――――手前に引く。
動作に伴うガシャンという音、それを確認すると来栖はスナイパーライフルに付属されたスコープを覗き込んだ。
「風速、気温、湿度、対象の高度、起動予測その他諸々……演算よろしく。
……ダネル」
《OK!》
すると。
その声に応えるように、来栖の傍らに出現する―――――小さなぬいぐるみのクマ一匹。
その頭には、バカでかいピンクのリボンが付いていて、その全長と対比するになかなかにアンバランスな見た目をしていた。
《マユチャン、久々ダナァ!!!
ッテ、ウワ!! 夜カヨ!!?》
「Mgで行くから、それも演算に含めてね」
《エー!? ソレモ!!?
チョットハ喋ラセテクレヨ!!》
「……そんな時間無い」
《ッタク……、ツレネェナァ!》
ぴょこぴょこと来栖の周りを楽しげに跳ねるクマに反して、塩対応の来栖。
霊獣型……?
いや、こんな姿をしている霊獣型は俺の記憶では存在しない。
それに、可愛らしい見た目とは相反する口調の悪さ。
AIの学習結果にしてはかなり偏りが……。
「遅い。早くして」
《ハァ……。相変ワラズ、人使いガ荒イコトデ……》
「新太、アレ何……?」
何か恐ろしいモノを見るような目で、京香は眼前で展開されている光景を見ていた。
しかし、その京香の問いに対しての答えを、俺は持ち合わせていなかった。
「……分からない」
現代兵器を踏襲した式神が実用化されている、なんて話は聞いた事がない。
それに……、あのクマ。
来栖の口ぶりから察するに、多分クマと銃の式神はニコイチ―――――。
つまりは、二つで一つ。
同時併用とはまた、異なった規格で運用しているんだとは思うが……詳細は、不明。
《OK!
The preparations are complete!!
ブッパナセ、ブラザー!!!!》
突如、やかましく来栖の周りを飛び跳ねるクマ。
そして。
それを聞いた来栖は、「分かった」と静かに呟き、スコープの中を覗き込む。
「―――――……」
―――――束の間の静寂が、辺りを包み込んだ。
スコープを覗き込んだままの来栖は、呼吸する音すら聞こえない。
俺と京香は、ただ固唾を飲んでそれを見守ることしか、できなかった。
彼女は今、その視界に、そのスコープの中に、何を見ているのか。
「っ……」
そして、来栖は。
「―――――bang」
その引き金を、引いた。
「―――――!!」
ライフルの銃口から迸る眩い光。
大気をつんざく轟音が鼓膜を震わせる。
紫光を伴う霊力の弾丸が、ただ一直線に軌道を描き―――――そして。
―――――視界が、白く染まった。
それは、まさに夜の新都の空を照らす光―――――。
「っ……何よ、コレ……!!!」
「……!!」
当たった……のか……!?
しかし……。
―――――明らかに、着弾による爆発の威力じゃない。
キラキラと光を放つ式神の破片が、重力に導かれるままに落下を始める。
そして、空中で燃え尽き、消えてゆくのが遠目でも分かった。
あれだけの瞬間的な火力を実現するためには、化学的な反応と考えるのが自然か……?
《Perfect hit! Perfect hit!》
「あの……、新太さん。
終わりましたよ……?」
「……!」
ライフルを構えながら、こちらの様子を伺う来栖。
目標の式神を破壊したことを喜ぶことよりも、あくまでも俺の反応を見ている、そんな様子だ。
恐らく先ほどの一件に対する負い目もあるのだと思う。
眼前で巻き起こった規格外の光景に、俺も正直気が気ではいられなかった。
でも。
「……」
目の前で俺の言葉を待っている一人の女の子。
その瞳は未だ不安の色に揺れている。
……応えてあげなきゃな。
―――――だから、俺は。
「……ありがとう、来栖」
一言。
笑顔を作り、ただそれだけを告げた。
「っ……!!」
すると、それを聞いた来栖は、物憂げな表情から一転、安堵の笑みを浮かべた。




