第59話『起動』
「……コイツは黛仁。
世間的には『狐』……って言った方が、多分通じるかな」
「えー……この人が……」
来栖はあからさまに落胆の表情を浮かべている。
多分聞いていた話とのギャップがあるのだろう。
実物のフォルムはかなりちっこいし、童顔で声も中学生みたいだ(本人は言えないけど)。
おまけに口も悪い……、と。
確か泉堂学園の中だけでも、かなり無茶苦茶な噂が流れていたような気がする。
式神を使わないプロレスラー、とか。
全身真っ黒の女……とか。
その他云々。
「思ってたのと……違う……」
「……文句あんのか?」
面をつけたまま、こちらを一瞥する仁。
普段と違って面を外さないのは、まだ仁にとって来栖が信用するに値しない、という意思の表れ……だと思う。
何はともあれ。
仁と来栖。
あまり二人は、人としての相性が良くないのかもしれない。
「そんでこちらが……、おい、仁」
「……お前が、勝手に喋ればいいだろ」
捨て台詞を残し、完全に向こうを向いてしまった……。
そんなに来栖のことが気に入らないのだろうか。
自分の拠点に部外者を入れたのが、嫌だった……とか?
仕方なく俺から説明を続けようと来栖の方を向き直った、その時。
ボフン、という間抜けな音と共に、一匹の狐が姿を現した。
「うわっ、何っ!!? き、狐っ!!!?」
「……天。わけわからん登場はやめてくれ」
《忍びの者をイメージした。
趣向を凝らしてみたのだが……、どうやら驚かせてしまったようだな》
目を真ん丸にして口をパクパクと動かしている来栖。
「もしかして……『特別』……!?」
―――――新鮮な反応だ。
俺としては『天』にはすっかり慣れてしまったので、天がなかなかの希少性をもつ『特別』であることをついつい忘れてしまう。
《お初にお目にかかる。私は天、仁の式神だ》
「あっえっと……、ご丁寧にどうも。
ウチは……、来栖まゆりって言います」
《……まゆり、か。良い名だな。
珍妙な風体をしているが……、世間では今、それが流行っているのか?》
天は不思議そうに首を傾げながら、来栖のフリフリの改造制服を見ている。
一見すると、京香の着ている制服と同型とは思えないよな。
何だっけ、俺も詳しく知らないんだけど……。
地雷系……?
来栖本人も、髪をピンク、差し色に黒といった、まぁ……ここら辺ではあまり見かけない見た目をしている。
天が興味をもつのも、確かに理解できる。
「あぁ……これですか?
これは地雷系って言って……。
なんか……とにかくカワイイんですっ!」
《じらいけい……?
なるほど……。女子らしいと言えば、確かに……》
目を閉じ何度か頷く天。
……本当に分かっているのだろうか。
いや、そもそも俺もよく分かっていないんだけど。
と、不意に。
「―――――まゆり、一つ確認ね」
一連の流れを黙って見ていた京香が、静かに口を開いた。
話が一段落をするのを待っていたのか、はたまたタイミングを伺っていたのかは分からない。
しかし、談笑のような穏やかなものじゃなく、その京香の声音には真剣さが含まれている。
「……?」
「『仁』と『天』は清桜会でも一部の限られた上層部しか知らない重要機密。
他言無用って言葉の意味は……何となく分かるわよね?」
「あっ、は、はい……」
「仁は今、新都で探しているモノがある。
それを見つけるまでは、私と新太は仁に協力するつもりでいる」
「……探し物……?」
「……まぁ、簡単には見つからないモノよ」
京香と交錯する視線。
それに応えるように俺は、深く頷いた。
「俺も、仁の探している物を見つけてやりたい。
というか、見つけなきゃダメなんだ」
「……?」
明らかに困惑している来栖。
それもそうだろう。
俺と京香の言っていることは恐らく、要領の掴めないことばかり。
「―――――清桜会は、仁を探してる。
「霊災の重要参考人」と銘打ってはいるけれど、多分それは建前」
「……だから、アタシ達はなるべく隠密にいきたいわけ。
清桜会に見つからずに、仁の目標物を見つける―――――。
それが当面の目標ね」
「はぁ……、まぁ、はい、うん……?」
……やっぱり意味わからないよな、こんな急に色々と言われても。
『狐』の正体ですら、来栖は困惑していた。
その上、この情報量。
混乱する来栖の心中を察するのは容易。
「……来栖。
要するに、誰にも仁のことを言わないで欲しい」
なるべく簡単に簡潔に、俺はそれだけ告げる。
現段階で共有できる情報は大方伝えた。
来栖が仁のことを知ってしまった以上、こちら側についてもらうより他はない。
初めこそ来栖は複雑そうな表情を浮かべていたが、やがて何回か頷き。
「それは……、守ります。
というか、言っても仕方ないですし」
と、静かに呟いた。
《色々と面倒くさい身なのでな。私からも……よろしく頼む》
ペコリと頭を下げる天。
もしかしたら、それを言うためにわざわざ出てきたのか?
相変わらず、律儀な式神だ。
天のこの思慮深さを、仁も見習ってほしいところ。
「あの……それは全然……、構わないんですけど……」
……?
歯切れが悪い。
それに、来栖は何かが気になっているのか、チラチラと窓の方を見ている。
「あの……、何か、いますよ?」
―――――来栖が指さす方向。
そこには、夜光に照らされた一羽の猛禽類。
それは……すなわち、鷹。
もちろんそれは、ただの鷹ではないことは一目で分かる。
生物的なフォルムは踏襲されているが、どことなく機械感が拭えない。
それを、俺は知っている。
「式神っ……!」
眼前の鷹は俺の声に反応し、窓から飛び立つ。
「仁っ!!」
「……んあ……?」
「……ちょっと、何寝てんのよ!!?」
さっきからずいぶん静かだと思ったら、寝てたのか……!
ゆっさゆっさと京香は仁を前後に揺さぶるが、寝ぼけているのか、ろくな反応が返ってこない。
「新太、仁はダメ……!
私たちは上へ!!」
「……あぁ!!」
ここは最上階であるため、フロア間の階段を駆け上ればそこは―――――屋上。
京香、俺、天、そして困惑した表情を浮かべている来栖の三人+一匹で屋上の地を踏んだ。
「新太さん、さっきの一体何ですか……?」
「あれは半自立霊獣型式神、『双睛』……!
清桜会による新都の治安維持のために、毎晩決まったルートを飛行するようにプログラミングされてるんだけど……、完全に忘れてた……!」
―――――双睛は偵察型式神。だが、情報はリアルタイムで共有されるわけじゃない。
あくまでも式神内部のメモリに映像や画像といった、データとして蓄積される。
つまりは。
アレを清桜会に回収さえされなければ、仁の情報が俺らに漏洩することはない。
「今日はここら辺一帯が巡回ルートだったのか……!!」
来栖には尾けらるし、双睛に見られるし、今日の俺は詰めが甘すぎる……!
「あの……、そんなにヤバいんですか……?」
「さっきの一連の流れを、多分『双睛』に見られた。
あの式神の中にはアタシ達の、そして何より仁の情報が詰まってるって話……!」
「そっか……。
清桜会が『狐』を探している以上、新太さん達は匿っている立場。
バレたら普通に厳罰ものですね」
―――――半分正解で半分不正解。
別に俺と京香は罰される分には、何とも思っていない。
俺らが危惧しているのは、―――――その後。
周囲に目線をめぐらす。
周りに背の高い建物はなく、見晴らしは良い。
しかし、―――――今日は三日月。
この時間帯だと既に沈んでしまっているだろうから、月光での捜索も望めない。
「京香……!」
「ダメ、見つかんない。多分もう遠くへ……」
「―――――まだいますよ?」
「……!」
来栖は。
ただ真っ直ぐに中央区の方を指さしている。
少しずつ復興が進み、夜間の光が街の中へと戻ってきているとはいえ、やはり暗いことに変わりはない。
「大体500ヤードってとこですかね……」
「……!」
何か、光って……?
色鮮やかな中央区の高層ビルの光を、反射するモノ―――――。
屋上のフェンスから身を乗り出して、ようやく視界に入る銀色の鳥影。
「……いた!」
京香も、一拍遅れてようやくその姿を視認したのか、俺と同じ方向を向いている。
「もう、あんなところに……」
「……」
どんな式神を用いても、アレをどうにかするのは不可能。
俺の式神は言わずもがな、京香の『赤竜』ですら、この距離は射程圏外。
……もう、手遅れに他ならない。
「……新太さん」
「……?」
俺らの背後で一連の流れを見ていた来栖が、おずおずと口を開いた。
「あの式神を、破壊すればいいんですよね?」
「でも、あんな遠くに……」
「ウチ、できますよ」
来栖は懐から一枚の護符を取り出す。
それは、さっき京香と闘りかけたときに、使おうとしていた式神。
淡い霊力を込め、そして。
―――――来栖は、音声コードを認証させた。
『起動―――――。
行くよ、ダネル』




