第58話『反省する地雷系』
「……揉め事なら、別の場所でやれよ」
狐の面を付けた謎の人物は、「よいこらせっ」と窓枠から飛び降り、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「……だって、この子から仕掛けてきたんだもん! しょうがないじゃない!!」
知り合い……なの?
ほおを膨らませ、その謎の人物に食って掛かる古賀先輩。
すると、新太さんもその狐面を見て、表情を緩めた。
「……助かったよ。仁」
フードのついた黒のパーカーに、下は黒いスキニーっぽいパンツ。
身長はウチよりもほんのちょこっとだけ高いくらい……かな。
何とも言えない中性的な声をしてるけど……多分、男?
「別に。
……人のねぐらで暴れて欲しくないだけだ」
―――――狐の面。
……何だろう。
一瞬何か思い出せそうだったけど、頭の中から消えてゆく。
あれ……何だっけ……。
「それよりも……お前、誰?」
「……!」
そう言いながら、ウチのことを指さす狐面。
はぁ……?
いきなり「お前」呼ばわり……?
ウチとアンタ、初対面だと思うんだけど。
……必要最低限の礼儀とか、ないわけ?
「……名前を聞く前に、まずそっちが名乗ったらどうなの?」
新太さんや古賀先輩と仲が良さそうではある。
でも、ウチはすでにこの狐面の人の事が嫌いになり始めていた。
ってか、……嫌い。
あと、ナチュラルに下に見られてる感じで、気分悪い。
「……じゃあ、いいや」
すると。
ウチの返答を聞いてヘソを曲げたのか、その狐面はそっぽを向き、こちらから背を向けた。
そして……。
「……新太。お前、何変な奴連れて……」と、ウチの目の前で何事も無かったかのように新太さん達と話し始める狐面。
ちょっと、何それ。
ウチの存在無視して、話を進める気……!!?
それに「変な奴」って何よ。
傍から見たら、アンタの方がよっぽど「変な奴」なんですけど……!
「……無視とか、ガキじゃん」
「……あ?」
ウチの呟きが聞こえたのか、狐面は会話を中断して、再度こちらを向いた。
お面のせいでどんな表情をしているかは分からないけど、声音からかなりムカついているのは確か。
「悪口は聞こえるんだ。便利な耳」
「……喧嘩売ってんのか?」
「売ってるのよ。
……何アンタ、日本語分からないの?」
まさに、一触即発。
ウチとしては全然、この狐面と一戦交えても良かった。
古賀先輩との一件もコイツのせいで消化不良のまま終わってしまったから、むしろそのあてつけにボコボコにして……。
「―――――そこまで」
手に持った護符に霊力を込め、距離を詰めかけたウチを止めたのは、古賀先輩だった。
その向こうでは、新太さんが狐面をなだめているのが見える。
「……止めないで下さい」
「アタシが言うのも何だけど……、頭冷やしなさい」
「だって、あの狐野郎、ムカつくんですもん!!
力の差を見せつけて……!」
「いいからやめろっ!!」
「っ!!」
ズビシっ!!!とウチの脳天に古賀先輩の手刀が炸裂。
「~~~~~~~!!!」
いったあ~~~~……。
うわ……、痛い痛い……!!
ジンジンするジンジンする。
鈍い痛みに涙が滲むのを感じる。
思わずその場にへたり込み、腕を組んで仁王立ちしている古賀先輩を上目遣いで見あげた。
「何するんですか……?」
「色々と誤解して一人で見当違いのこと考えて暴走してる後輩を冷静にさせるチョップ」
何それ。
ダサ……。
悶絶しているウチを見て、古賀先輩はため息を一つつき。
「―――――いいから黙って聞きなさい。
一から十まで、全部説明してあげるから」
と、腕組みを解いた。
***
「……じゃあ新太さんと古賀先輩は……、その人に会いに来たって事ですか?」
ウチは新太さんの後ろで興味なさそうに寝そべっている狐面を指さした。
「……うん。だから、来栖が考えているようなことは本当に違うんだ」
ランタンを囲んでるのは、古賀先輩、新太先輩、そして―――――ウチ。
近くに散乱する瓦礫を椅子代わりに座り、皆一様にランタンのぼんやりとした灯りで、その顔が照らされている。
「……じゃあ、ウチの勘違いってことですか……?」
「まぁ……。そう言う……ことになるね」
苦笑いを浮かべながら答える新太さん。
「大体……。こんな時間に、こんな場所で、この新太と何するっていうのよ……」
「唐変木って何だよ……」
……それって、マジで二人の間には何にも無いってこと?
表では「家族」とか口では言いながら、裏ではせっせとやることやってるウチの妄想は……勘違い?
「新太さんが、夜連絡返してくれないのは……?」
「……それは本当にごめん。
最近、夜はずっとここに来てたんだ」
両手を合わせ、申し訳なさそうな表情を浮かべている新太さん。
「いや……そんな、謝らなくても……」
悪いのは……全部、ウチ。
「……古賀先輩」
「ん?」
「……さっきは、ごめんなさい」
「……ん、素直に謝れるのはよろしい。
別に気にしてないから」
金色の髪をかき上げ、その長い足を組む古賀先輩。
……。
ウチの勝手な思い込みで……。
知り合ったばかりとは言え、危うく仲良くなれそうな先輩の信頼を失うところだった。
「……ウチ、何やってんだろ……」
「いやまぁ……、誰も怪我しなかったから良かったんじゃない?」
新太さんは優しいから、そんなことが言えるんだ。
自分で自覚していることとは言え、何でウチは……。
こんなに思い込みが激しいんだろう……?
「「……」」
露骨に肩を落とし、うなだれているウチを見て、二人は困ったように目配せをしている。
しばし流れる、何とも言えない空気―――――。
「……仁。そろそろ喋ってくれよ……」
いたたまれなくなったのか、古賀先輩は新太さんの背後の人物へ話しかけた。
―――――そうだった。
こんな時間に、こんな場所で。
ウチが誤解する間接的なきっかけになったのは、紛れもなく……。
「その人って……?」
「……」
喋るつもりがない、と暗に言っているような沈黙。
すると新太さんは諦めたようにため息をつき、改めてこちらへ向き直った。
「来栖。
『……狐』って陰陽師、聞いたことある?」
「……!!」
―――――狐の面を見たときから、ずっと何か心に引っかかっていたモヤモヤ。それが今まさに、晴れていく―――――。
そうじゃん。
そうだよ……!
霊災前、ちよちよから聞いて……いやもはや、学園全体で話題になっていた『狐』の噂。
正しくは、狐の面をつけた謎の陰陽師のこと―――――。
「何だっけ……、何かメチャクチャ強いとか……。
……まさか、その人がっ!!?」
「……フンっ」
ウチの反応を聞き、新太さんの後ろでだらしなく横になっている狐面は鼻を鳴らした。




