第56話『尾行する地雷系』
[新都南区芥口 20:34]
「……っ」
息を殺しながら、電柱の影に隠れる。
そして。
目標の人物が動き出したら、また遮蔽物のある所を見つけ、そこに身を隠す。
これはすなわち―――――尾行。
目標の人物こと、新太さんは時々道で立ち止まり、スマホで何かを確認しつつ歩いている。
道が分からないのかな。
……いやいやそもそも、何でこんな時間に、道もよく分からないような場所に行こうとしているの……!?
怪しい……!!
「一体、どこへ行くつもり……?」
新太さん(+ウチ)は、泉堂学園のある上総町をとっくに超えて、隣町の芥口まで来ていた。
尾行を始めたのは新太さんが学校を出てからだから……、かれこれ三十分は歩いていることになる。
何でウチがこんなストーカーまがいのことをしているかというと……。
話は今日の昼にさかのぼる―――――。
***
三人の先輩がいなくなった屋上で、ウチとちよちよは他愛のない話をしていた。
新太さんと虎先輩は序列戦、そして、古賀先輩も手続きがあるとかで早々に校舎に戻ってしまった。
「……なんか、古賀先輩って思ってた感じの人と違ったね」
「ちよちよは、どんな人だと思ってたの?」
「そりゃもう……、「姫様」って呼ばれてるぐらいだから、お高くとまってそうっていうか……」
「まぁ、……うん。分かるかも」
それは多分、ブランドに近いものだとウチは思う。
イメージってどうしても先行しがちだから、実際の姿とかけ離れていることって結構ある。
今日初めて古賀先輩と喋ったけど、別に嫌な人って感じは全く無かった。
……プライドは、ちょっと高そうだったけど。
でもそれも、序列第一位という肩書を背負っているから当然かな。
「まゆりちゃん……、アレどう思った……?」
「アレって……?」
「宮本先輩と古賀先輩の事!
さっきの話って本当だと思う?」
……さっきの話。
それは、新太さんが古賀先輩の家で育って、二人は家族みたいな関係――ってやつ。
「怪しくない……?」
「そ、そう……?」
ウチは、そんなに納得できない話じゃなかったと思う。
……まぁ、モヤモヤはしたけど。
「なんかさ。家族だけって感じじゃないと思うんだよね」
「……そうなのかな」
新太さんの話をしていたからかどうかは分からない。
でも、不意に。
頭に引っかかる、ホントに小さな違和感を思い出した。
―――――そういえば。
「……ウチもさ、変だなって思うことあって」
「……何?」
首をかしげるちよちよ。
「古賀先輩は関係ないと思うけど。
ウチさ……新太さんと何回か連絡とってるのね」
「……あ、そうだったね! それでそれで!?
どんな感じ……?」
「うん。全然続いてるし……、ちゃんとウチの事、色々考えてくれてるのはすんごい伝わってくるよ」
まだ連絡をとり始めて二、三日。
メッセージのみのやり取りだけど、淡白なものにならないように、ちゃんと終わらないように繋いでくれてる。
「でも……」
「……?」
「……夜は、全然連絡とれないんだよね」
「夜……?」
「……うん」
「……宮本先輩、特例隊員でもないしね。
夜って……なんか……」
「「……怪しい」」
***
別に思い違いなら全然それでいい。
でも……。
喉がごくりと音を立てる。
嫌な予感が頭をよぎる。
冷や汗が背中を伝う。
―――――誰か、女と会ってるのかも。
新太さんに限ってそんなことはない、とは思うけど……。
嫌な想像。
それは一回思えば最後、なかなか頭を離れてくれない。
どうしよう。
もし、もしも。
ホントに新太さんに彼女がいたら。
それで夜な夜な会って、その……あんなことやこんなことを……。
「~~~~~~~~~~!!!!」
絶対やだ!!
泣いちゃう!!
無理無理、そんなのウチ立ち直れない!!!
霞む視界で、思い人の姿を見つめる。
新太さん……。
新太さんの気持ちは、どこか他の女のところにあるんですか……?
目の前でキョロキョロと辺りを見回している新太さん。
あ、ヤバい。
マジで泣いちゃう。
涙でメイクが落ちないように、ハンカチで目頭をトントン。
……はぁ、しんど。
視線を元に戻すと。
―――――新太さんの姿はすでになくなっていた。
「っ……!!!」
……!!!
ウチのバカ!!!
本来の目的を忘れてどうすんの!!!!
ここで見失ったら、これまでの尾行が全部水の泡じゃん!!!
今しがた隠れていたゴミ捨て場の影から飛び出し、周りを見回す。
あれ……。
ホントにどこ行ったんだろ。
見失った……!?
住宅街の中をとりあえず走り周り、さっきまで追いかけていた後ろ姿を探す。
走って。
走って。
とにかく走って。
今日はもうダメだと諦めかけたとき。
「いたっ……!!!」
―――――ウチは見つけた。
……一つの建物に入っていく、新太さんの姿を。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
いくら夜とはいっても六月。
夜は蒸し暑さを感じる。
それにウチオリジナルのフリフリ改造制服だから、熱が籠る籠る。
もうそろそろで本格的な夏。
薄着バージョン制服の制作も検討しなきゃ……。
額から滴る汗をぬぐいながら、ウチは新太さんが入っていった建物の前へと足を進めた。
「何……ここ……」
廃……マンション?
とでも言うのかな。
明らかに整備が行き届いていない外観。
辺りを照らす電灯もないため、住宅街の中、マンションがあるところだけがポッカリと闇に包まれている。
挙句の果てに、人気が全くない。
結構高層のマンションだと思うけど、地震とか来たらかなり危険なんじゃ……?
いよいよ分からない。
「新太さん、何でこんなところに……?」
女と会う場所じゃない……のは確か。
このマンションはどちらかというと、ウチ達の専売特許である悪霊の温床とかになってそうな感じ。
でも、どうしよう。
ここでこうしていても仕方がない。
尾行した以上、最後まで見届けたい気持ちもある。
「っ……」
正直答えは決まっていた。
考えるまでもない。
新太さんのことをもっと知りたい。
そのためにウチは今日ずっと、後を尾けてきた……!
「っ……!!」
―――――行こう。
ウチは新太さんが入っていった建物へと、意を決して足を踏み入れた。




