第50話『改革』
「支部長の言いたいことは、分かりました。
……それで、我々に何をしろと?」
―――――そう。
今、支部長が語った内容と、俺らがここに呼ばれた理由がいまいち繋がらない。
父さんは今現在も部隊を率いているのに加えて、清桜会の上層部の一員という肩書もある。
俺と父さんに何かを伝令するために、多分、佐伯支部長はここに呼んだ。
そして恐らくそれは、直接伝えることに意味がある内容。
生半可な内容ではない。
ただの自己紹介で、終わるはずがないのは明らかだ。
「……」
すると、白い新支部長は静かに表情を緩め、口を開いた。
……長い純白の睫毛が、揺れている。
「……単刀直入に言います。
貴方たちには、象徴となって貰いたいのです」
「……?」
象徴……?
「清桜会では今、組織全体の再編を行っています。
陰陽師と悪霊のレベルを表す、新たな指標の作成……」
「……つい先日、公示されましたな」
「再編した清桜会の位に設けた、最上位の役職『至聖』……。
古賀宗一郎さん、貴方にはそれを務めていただきたいのです」
「……よく分かりませんが、私に務まるようなものなのでしょうか?」
「……」
父さんのその答えを聞いた佐伯支部長は、馬鹿にするような笑みをその口に携え、それと共に細くなる眼光。
佐伯支部長の纏う雰囲気が、明確に変わった。
「務まる務まらないの話ではありません。
―――――これは、命令です」
「―――――!」
「っ……!」
「清桜会という組織に所属している以上、貴方達には命令を絶対遵守する義務があります。
……古賀宗一郎さん、あなたも例外ではありません」
佐伯支部長から発される無言の冷たい圧力。
それは、上に立つ者として、前支部長の支倉秋人が持ち合わせていなかった類いのもの。
穏やかな雰囲気と口調は恐らく、……ブラフ。
一組織として、何が有益なのか、最善手は何なのか―――――。
正直、得体の知れなさはまだ残っている。
しかし、支部長就任から、この短期間で様々な改革を行えるだけの手腕、それに伴うカリスマ性……とでも言うのだろうか。
彼女の発しうる雰囲気に、俺はそれを見た。
「……。
……了解した」
父さんも俺と同様に感じ取ったのだろう。
まだ何か言いたげだったが、何を言っても無駄だと悟ったのか、静かに頷いた。
「……ありがとうございます」
転瞬。
それまでの圧が嘘だったかのように、佐伯支部長の表情が満面の笑みに変わった。
―――――象徴。
そして、清桜会における最上位の役職『至聖』。
まだ概略こそ明らかになっていないが、話を聞く限りかなりの重要職であるように思う。
しかし。
そうなると、いよいよ分からない。
どうして、俺も呼ばれたのか。
ただの泉堂学園の学生という身分で、「象徴」とは一体―――――。
「……宮本、新太。いや……」
佐伯支部長はゆっくりと椅子を立ち、俺らに背中を向けた。
夕陽が差し込む窓ガラスに、支部長の全身が反射している。
その目が……、再度閉じられた。
「……十二天将」
「っ……!」
「かの大逆者を退け、滅したのは、……貴方であると聞いています」
「それは……」
支部長の言葉に、嘘偽りはない。
十二天将『六合』を発動させた俺は、悪紳と化した服部楓を、いや……先生を祓った。
しかし、それは俺一人だけで成し遂げたことじゃない。
あの時は、俺と……もう一人。
もう一人、いた。
「私が求めるのは、優秀な陰陽師です。
序列制度が存在する、確か……泉堂学園……という名前でしたね」
「は、はい」
「……浅はかな場所ですね」
「……!」
こちらを振り返り、そして俺へと向けられるのは、先ほどと同質の冷たい視線―――――。
「その実態は、ただの順位に踊らされる烏合の衆……。
中には、陰陽師としての高みを目指す者もいると聞いていますが、それはごくごく少数派……」
「……」
「中身の無い序列には、意味が無い。
養成機関兼清桜会の下部組織である泉堂学園にも、私の理念を投影したいと考えています」
「……それが、『朱雀戦』ですか」
―――――支部長は、静かに頷いた。
「学園の方に関しては、取りあえず手を着けてみた、という段階です。
大きく私が変えたいのは、『序列制度』そのものですから。
真に能力のある子ども達を埋もれさせない教育―――――それは純粋で過激な競争社会によってのみ、実現されると思っています」
「……それでは、途中で脱落してしまう人たちは……」
馬鹿にするような、嘲るような性質を持つ―――――笑み。
「……愚問ですね。
『陰陽師』は特別な存在です」
それはどこかで聞いたような、思想だった。
「陰陽師になれない人間に興味はありません。
時間も教師も有限のリソース、それを割く相手くらい選びたいと思いませんか?」
―――――暴論。
同級生を蹴落とし、選ばれた一握りの人間にのみ最高の教育を施し、そして更に個のしての「力」を高めていく。
先ほど聞いた、佐伯支部長の論理を最大限に体現する場としての泉堂学園、と。
要は、彼女は今そう言い切ったのだ。
「―――――許可します」
「……え?」
「十二天将『六合』の使用を、です」
「……!」
―――――霊災以降、その使用は前支部長である支倉秋人によって禁じられていた。
それは、『六合』の偶発的な発動に起因する。
式神として、未だ不透明な部分が多く残る現状で、常用式神の一つに数え上げるリスクを考えた結果だとは思うが……。
「……学園で、と言うことでしょうか。しかし、他の人造式神とのパワーバランスが……」
「そんなものは、崩れていい」
「―――――!」
「先ほども言いましたが、私が求めるのは究極の「個」……。
貴方には清桜会現体制の第一号、つまりはモデルタイプになっていただきたいのです」
「……それは、十二天将を使用して、他の学生に圧倒的なまでの力を見せつけろ、ということですか?」
「……否定はしません」
十二天将『六合』。
安倍晴明が使役したと言われている十二の式神の一角。
その異質さは、発動した俺自身がよく分かっているつもりだ。
あの力を、先生を終わらせたあの力を。
学園の同級生に向ける―――――。
それは考えただけでも、躊躇われた。
「貴方も確か……、『朱雀戦』に参加していましたね?」
「……はい」
「―――――期待していますよ、宮本新太」
陽が落ちる最後の瞬間。
支部長の表情は、逆光で見えず終いだった。