第44話『恋に落ちる地雷系』
それぞれ起動した式神―――――。
三年生のものは、その体の周囲に冷気が発生し、地面には霜が降りていることから自然現象型。
式神名は『氷室』、発現事象はその名の通り『氷結』。
清桜会の正規隊員も使用している式神で、実習用に調整されている……はず。
「……すごい、氷の式神なんだ。
相手の人は……日本刀……の式神?」
「……アレは刀剣型の『虎徹』、発現事象は『加速』。
……この前の授業でもやったよ?」
「あはは……、そうだった……かな?」
全く……。
ちゃんと勉強してんのかな、この子。
―――――『氷室』だけに限った話じゃないけど、『自然現象型』の式神は周囲に影響を及ぼすものが多いから、その術式や機構がかなり複雑。
実習用でかなり簡易化はされていると思うけど、満足に扱うためにはそれなりの修練が必要になる。
……あの三年生、なかなかやるのかも。
それに対して、最下位の人の式神は『虎徹』。
アレは……どうみても近距離専用の式神だよね。
発現事象で間合いは詰められるとは思うけど、それでも『氷結』の遠距離攻撃に対抗できるとは……。
「まゆりちゃん……?」
急に考え込んだウチを不思議に思ったのか、顔を覗き込むちよちよ。
しかし、ウチの興味は二人の起動している式神に向いていた。
「……はぁっ!!」
―――――動いた。
三年生の周囲に急速に収束する冷気、そして発生する氷の礫。
一、二、三……目算でおよそ十。
「これで……、終わり!!!!!」
三年生は前方に向けて手をかざすと。
周囲に漂っていた礫が、最下位めがけて―――――一斉に発射された。
「っ……!」
礫が地面に着弾するのと同時に、炸裂する衝撃音。
それに伴って砂煙が舞い、フィールド内の様子が見えなくなる。
「しゃあーーーーーーーー!!! さすが圭介ェ!!!!」
「もっと早く決めろよ!! 遅い遅い!!!」
「いいなぁ!!! これで一勝かよ!!!」
―――――どうなったの……?
最下位が立っていたところの様子は、砂煙の最中。
未だにその全容は見えない。
これで、終わり?
これが序列最下位の実力?
あまりにも呆気なさすぎでしょ―――――。
そう思った、次の瞬間だった。
砂煙が、縦、真一文字に切り裂かれた。
そこから姿を現したのは。
傷一つ付いていない制服をはためかし、日本刀を右手に携えた一人の少年。
―――――無傷……?
無事……だった……??
「あの人、まだ立ってる……!」
「っ……」
修練場内を駆け巡るどよめき。
それもそのはず。
さっきの礫は、まさしく勝敗を決するはずの一撃。
事前情報が正しいなら、あの攻撃を受けたのは、紛れもなく序列最下位。
そして、一番動揺しているのは紛れもなく。
「お前……、何で……?」
相対している三年生の術者本人。
「おい!! 何やってんだよ!!」
「ちゃんと狙えっ!!!!」
「クソ……そんなの分かってんだよ……!
座標演算をミスったか……!?」
自分の予想とは異なるであろう目の前の光景に歯を食いしばり、再度三年生の周囲に展開される数々の礫。
……そして。
「おらあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
さっきと同じ軌道を描き、発射される。
―――――でも。
「嘘……!」
「っ……!!」
その礫は、最下位の彼を捉えることはなかった。
―――――なぜならば。
最下位の少年は、その発射された数多の礫を紙一重で躱したから。
「なっ……!!」
氷の礫の速度は決して遅くない。
むしろ、礫の軌道を視界で捉えてからの回避行動では間に合わないと思う。
「クソ……、避けんなあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
修練場内に響く三年生の怒声。
それに呼応するかのように、何度も何度も。
何度も何度も何度も、氷の礫は最下位の少年へと発射される。
しかし、礫は空しく空をきるばかり。
「何で、避けられるの……!?」
「……」
―――――多分、アレは式神の制御範囲の問題。
『氷室』は氷結系の現象の発生を促す式神。
三年生のあの人は、氷の「礫」を発生させ、それを前方へと撃ち出す使い方をしている。
でも多分、撃ち出した礫の軌道に関しては、式神の制御外。
つまり。
発射された礫は、ただ直線的な運動しかできないんだ。
それをきっと、最下位は分かっている。
射出点をある程度絞れれば、回避行動はできる―――――んだと思う。
理論上では。
よく分かんないけど……、でも現に避けちゃってるし。
「……っ!」
三年生へと走り出す最下位の人。
動きの加速度を見る限り、『虎徹』の発現事象は使っていない。
ただひたすら、三年生に向かって真っ直ぐに距離を詰める―――――。
「おい、何やってんだよ!!! さっさと仕留めろ!!!!」
「そいつは最下位なんだぞ!?」
観客からの罵声の対象。
それはいつの間にか、優勢であるはずの三年生の方に向けられていた。
「クソ……、何でっ……何でだよ!?」
幾度となく放たれる礫を体捌きだけでかいくぐり、肉迫する最下位の少年。
その瞳はただ真っ直ぐに、目の前の三年生を見たまま。
強い意志。
負けないという想い。
それが伝わってくるような―――――。
「……まさか」
ほっぺたが熱くなる。
―――――どうしたんだろ、ウチ。
絶え間なく強い鼓動を刻んでいる心臓。
それと同時に、全身が熱くなってゆくのを感じる。
目の前の一人の男の子から目が離せない。
周囲の罵声も、蔑みも、彼には多分全然聞こえていない。
全く、響いていない。
ただ彼は、自分の闘いを全うするためだけに、その体を必死に動かしているんだ。
強い意志がこもった目。
躊躇いのない体の動き。
その一挙手一投足が―――――魅力的で。
ウチはただ見惚れていた。
「最下位が、勝つの……?」
式神同士の相性とか優劣とか。
そんなことはいつの間にか、どうでもよくなっていた。
「雑魚のクセに……!!! さっさと倒れろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
―――――転瞬。
彼の姿が消え、その場に残る残像。
「……!」
三年生の息を呑む気配が伝わってくる。
目の前で文字通り消えた彼は、目の前の倒すべき三年生の腹部に『虎徹』の刃を押し当てていた。
発現事象、『加速』―――――。
「なっ……!!」
「……峰打ちです」
修練場内は一瞬不気味なほどの静寂に包まれた。
そして。
―――――『虎徹』の霊力が、爆ぜる。
衝撃。
その発生源は三年生が吹き飛ばされ、修練場の壁面に激突したことによるもの。
「っ……!!」
一体、何これ。
なんなのこれ。
胸の奥がきゅう……と締め付けられ、それに伴うむず痒さが全身に広がる。
体は以前火照ったまま、その熱が引く気配はなし。
頭に焼き付いて離れないのは、
―――――今も砂煙の中佇んでいる彼の姿。
序列戦の結果なんてどうでもいい。
ただ今は、彼を見ていたい。
「勝っちゃった……?
……ねぇ、まゆりちゃん、最下位の人勝っちゃった……よ……?」
―――――いや、もうウチは分かってる。
この感情の正体を。
これはきっと……。
「……ねぇ、ちよちよ」
「……ん?」
「ウチ、あの人の事……好き、になっちゃったかも……」
「……へ」
『第一ブロック第一試合勝者、二年、宮本新太!!』
審判の声を聴いている人は、誰もいない。
ただその場にいた人たちはみんな、目の前の光景に、言葉を失っていた。




