第30話『仄暗い闇の中で、』
冷たい床の感触で、俺は意識を取り戻した。
暗い。
……痛い。
体の節々が悲鳴を上げている。
俺はどうなったんだ……?
京香に、本部で……。
京香。
「っ……!」
鮮明になる意識。
歯を食いしばり、その場に上体だけ起こす。
「ここは……」
冷たくて暗い場所。
それに、辺りには異臭が漂い、物悲しげな雰囲気で満ちている。
痛覚はまだ残っているから、死んだわけじゃなさそうだけど……。
「あっ、起きたんだ」
「っ!」
不意に、背後から聞こえる声。
その声音はとても聞きなじみがあり、つい先ほどまで会話を交わしていた。
「……」
バタンというドアが閉まる音と共に、こちらへと歩いてくる気配。
そして辺りは僅かながらぼんやりと青白く照らされる。
青白い炎。
それはとある式神の発現事象に他ならない。
「京香……」
いつもと同じ、凛とした佇まい。
いつもと同じ、表情。
この状況を巻き起こした元凶と、仁は言っていた。
しかし――――――。
痛む体に鞭を打ち、何とかその場に立ち上がる。
「――――――新太、寝すぎじゃない? ……もう夜中よ?」
ほんと仕方ないな~と、屈託なく笑う京香。
その口調は、普段と何も変わらなくて。
俺はつい忘れてしまい、いつもと変わらない調子で話してしまいそうになる。
「京香、どうしてこんなことを……」
「……」
京香は俺に背を向け、静かに溜息をついた。
「知ってる? 『燐火』って、元々はお墓とか死体があるところで目撃されていた「現象」だったの」
京香の手のひらに小さな青い炎が出現する。
「その正体はバクテリアの発光とか、死体から生じたガスに自然発火したものとか、色々言われてきたけど……」
ポウと京香の周りにいくつもの青い炎が明滅し、そして――――――消える。
「私たち人間も、様々な事象を制御することが可能になった。誰にでもね」
「……」
「だったら、さらにその先へ行ってみたくはないかい?」
「京……香……?」
――――――いや違う。
京香じゃ、ない。
声音、抑揚、全て京香と同じ。
でも、違う。
全然違う。
これは京香じゃない。
「――――――ようやくお目覚めか」
気付かなかった。
気配を感じなかった。
いつの間にかこの空間には。
俺と京香のほかにもう一人いた。
ゆっくりと近づいてくる人影。
その顔が、京香の炎で照らされる。
そして俺は、その人物を知っていた。
「全くお前は……、やる気があるのか? 宮本」
「……!」
『木偶の坊が来たところで、今日の実習を始める』
『陰陽師とは、力を誇示する存在ではない、探究する者達のことだ。職としての一面もあるが、本来の存在意義を履き違えるな』
脳内で再現される数々の声。
そのどれもが、導く者として俺を救ってくれたのは言うまでもない。
一見ぶっきらぼうに見えながらも、その実、俺達のことをちゃんと見てくれている。
考えてくれていた―――――。
『……お前も陰陽師志望なら、『自分の正解』を探してみろ』
「…………先……生?」
目の前には、俺が一年の頃からの担任、服部楓がいた。




