第3話『現代の陰陽師達』
『陰陽道』が科学により体系化されてから十数年が経過した。
それにより現代社会を取り巻く環境はその仕組みから大きく変化する。
眉唾の類いだとされていた霊の存在が公のものとなり、職業としての『陰陽師』が成立。
それに伴い、『陰陽師』を養成するための機関も同時に設置された。
人や物に仇なす存在である『悪霊』。
元々伝承や口伝などで人々に認識され、陰陽道成立以前は霊能者などによる対処をされてきたが、今現在は『陰陽師』がその任を引き継いでいる。
[発展現代陰陽学教本P23~24]
「えー、繰り返しになるが、それまで一部の人間にしか認識できなかった霊が、科学の力で以て誰でも知覚できるようになったってことだな。それでは、教科書次のページ」
次のページを開くと、現代陰陽道を確立させた人物として阿倍清次の写真が載っていた。
『発展現代陰陽学』。
陰陽道が成立するまでの歴史とその科学的根拠の裏付けを理論込みで学ぶ講義。
退屈に思い周りを見ると俺同様つまらなさそうに欠伸をしたり、何か内職に興じているクラスメイトの姿が視界に入った。
去年の学級と代わり映えしない面々。
入院していたため、始業式やら何やら新年度の諸々には出席できなかったものの、学年二クラスというわりと小規模な体制であるためクラス替えも特にない。
感覚的には「去年の延長戦」という感じ。
学級のメンバーも替われば心機一転、授業に対するやる気も今よりかは期待できるけど……。
授業自体も去年と同じようなことやってるしなぁ。
年度初めの授業はどこか既習事項の確認から入りがちであるため、退屈なのは仕方がない。
それでも……卒業するためには必要なことか。
そう、自分自身を無理矢理納得させ、幾何学模様が書かれた黒板に向き直る
「じゃあ、宮本ー」
「……は、はい!」
居住まいを正した直後の指名。
……危ない危ない。
「五行における『金』と『土』の相互関係について、説明をしてみろ」
三週間学校を休んでいたため、一瞬何を聞かれるのか身構えたが……何てこと無い。
陰陽道五行にまつわる第一原則のことだ。
「土壌の中に含まれる金属構成元素はケイ素、アルミニウム、鉄、カルシウム、カリウム、ナトリウム、マグネシウム。土から金属を産出するためには、精錬が必要になります。よって方向は「不可逆」」
「よし、いいだろう」
この程度の知識は学園に入って一番最初に習うもの。
むしろ陰陽師になるに当たって頭に入っていなければいけない知識だと言える。
現代科学に基づいた陰陽道、それは言ってしまえば「科学全般」を学ぶことに等しい。
化学、物理学、数学、医学、量子力学等などを駆使し、霊的、不可思議な現象を説明がつく範疇で定義付けする。
それが現代陰陽道。
「んだよ……」「頭だけ良くても意味ねぇだろ」
不意に。
教室後方の座席からヒソヒソと話す声が聞こえた。
それは声音から明確な敵意と悪意を感じ取ることができる、いわゆる陰口というもの。
「最下位のくせに……」
「……!」
……いや、こんなことは別に今に始まった話じゃないだろ。
俺自身が、そう言われてしまうだけの実力だと言うことに他ならない。
そう。座学だけできても何の意味も無い。
陰口も言ってしまえば去年からの延長戦みたいなものだ。
「初出撃で入院って、陰陽師向いてねぇ……」
「んんっ!!」
唐突に教室中にわざとらしい咳払いが鳴り響く。
それを皮切りに、陰口をたたいていたクラスメイトはバツの悪そうな表情を浮かべ、口をつぐむのが見えた。
***
[4月15日(月) 私立泉堂学園2ー1教室 10:30]
「……疲れた」
疲れの原因は久々の講義だったから、と言うだけではないだろう。
そう言えば悪意を向けられるのも久々だったな、と去年まで学校で感じていた感覚を思い出す。
落ちこぼれ、か。
頭では痛いくらいに分かっているはずなのに。
「……」
周りを見ると、クラスメイトはそそくさと着替えをするために更衣室へと向かい始めている。
……次の時間は実習か。
気分と共に肩も重くなる錯覚に陥った。
カリキュラム上、二年生からは現場での悪霊修祓を見据えた実習が始まる。
要は、実践で実際に悪霊を祓う術を身に付けていく段階に入った、ということ。
陰陽師志望の学生にとっては、むしろ待ち望んでいた機会だ。
……俺は、気が重いけど。
自分も着替えねばと席を立ち、更衣室に向かっている人々の中に身を投じようと歩きはじめた矢先だった。
「新太!」
「……?」
声の方を見ると、一人の女生徒がいた。
クラスの中だけで見たら、派手な部類に入る見た目をしている。
腰程まである金髪は綺麗にブリーチされ、後ろで一つにまとめられている。いわゆるポニーテールってやつ。
学校指定の制服は完全に校則違反であるレベルにまで着崩され、スカートなんか膝上何センチなんだ、というレベル。
顔も多分メイクをしているんだろうけど、そんなの必要ないほど元々の顔立ちが整っている。
意志の強そうなくりくりとした鳶色の瞳に、長い睫毛。スッと通った鼻筋はどこか日本人離れしていて、そこら辺のアイドルなど裸足で逃げ出してしまうほど造形が整っている。
端から見れば「可愛い」んだろうな。
「……京香」
古賀京香。
現代陰陽道成立以前からの名門陰陽師の家系で、彼女はその嫡子。要は跡継ぎだ。
京香の家は陰陽界においてかなりの影響力があったようだが、今やその地位は盤石の物となり、将来が期待されている。
俺に対しなれなれしく話しかけてくるのは、彼女と俺の関係性によるものに他ならない。
月並みだが、世間一般では「幼なじみ」というらしい。いや、むしろ「姉弟」という言い方の方が俺にはしっくりくる。
同じ釜の飯を食い、同じ湯につかり、同じ幼稚園、小学校、中学校ととにかく京香とは同じ環境で生きてきた。
「ちょっとくらい遅れても大丈夫よ。何も言われないわ」
それは京香だからだよ、という言葉が喉元まで出かかったが、それを飲み込んだ。
京香の顔を見て、ふと、授業中のことが思い出される。
「……授業中の咳払い、京香だろ? ありがとう」
「……! 授業に集中できなかったってだけ! べ、別にアンタのためとかじゃないから!!」
おお……。
お手本のようなツンデレ。
しかし、京香には俺に対する「デレ」が存在しない。
家族に対して強気になることはあっても、「デレる」ことはないと思う。要はそんな感覚。
「そんなことよりも……実習前に聞かせてよ。新太が入院中に言ってた陰陽師のこと」
「それこそ今でなくていいだろ……」
京香は俺が入院している最中に事の経緯を話していた。
あの夜のこと。出会った悪霊のこと。その悪霊に殺されかけたこと。
そして、あの俺を助けてくれたあの陰陽師のことも。
「最近かなり話題になってる。私の部隊でも見かけた、って人が何人もいるの」
「…………! それって……」
「正規隊員の中に『狐』はいない。まだ数人にしか話を聞いていないから、よく分からないけどね」
「そっか……」
あの時のお礼をちゃんと言いたかったんだけど……。
そうか。正規隊員じゃないのか。
……と言うか、正規隊員じゃない陰陽師なんて今時存在するのか?
「何度も言うけれど、新太の見間違いじゃないのよね?」
「それはないよ。俺、ちゃんと殺されかけたし……それで、助けられたし……」
「……まぁ、アンタに悪霊を祓えるわけないもんね」
馬鹿にしているというわけではなく、京香の言っていることはただの事実だ。
俺は悪霊を祓えない。
故に、あの晩の状況を脱するためには第三者の存在が必要だった、ということになる。
「……本当に誰なんだろ」
俺達が今どんなに頭を捻らせたところで答えが出るわけじゃない。
でも……。
「京香は……どう思……あれ」
今の今まで目の前に居たはずの京香がいなかった。
と言うか、教室には誰も居なかった。
一応重ねて言う、誰も居なかった。