第28話『君が、嘘を、ついた』
何を、言ってるんだ。
俺が、十二天将を……?
それに、「抱えてた」ってどういうことだよ。
俺の幼いころ。
俺は捨て子で。
古賀家に養子として引き取ってもらって。
そして……。
「……その様子だと、覚えていないようだね。
でも、それも仕方がない。その時の君は、まだ年端もいかない小さな子供だったから」
「本当に……何言って……」
出所の分からない汗が、背中を伝う。
過去の事、それ自体に意味はない。
京香がいて、父さんがいて。
それだけでいい。
それが、俺の全てなはずだ。
「……俺は……親を、早くに亡くして、父さんに……」
「ということになっていたね」
「……!」
「十五年前、……僕もまだ若かった。清桜会新都支部が発足し、少し経った頃。君は僕たちの前に現れた。
コレを持ってね」
――――――六合。
「単なる迷子と思い清桜会は君を保護したが、ついに君の親は現れなかった。
君自身、身寄りはない。
……しかし、持っている物は伝説に等しい代物だ。
どのような発現事象が巻き起こるか分からない未知の式神を、そのまま野放しにはできるわけもなく、十二天将の封印が決定。
……そして、本当に困ったのは君自身の処遇だった」
「俺……の……?」
「早い話、十二天将の術者である疑いがかけられた。……まだ幼い君にね。
清桜会は半分に割れた。
……君を処分するべきか、判断を遅らせるか」
「処分って……まさか」
「殺すってことだろ」
「っ!」
黙って支部長の言葉に耳を傾けている――――――仁。
その瞳は閉じられていて、今彼が何を考えているのか分からない。
「前者は、術者を失った式神からのフィードバックを考えて否決。
……かといって、君をそのまま解放するというのも気が引けた。最終的に議会が出した結論、それは監視を近くに置くという条件付きの下――――――釈放が認められた」
「あの、支部長……」
「……何だい? 京香」
声の方向を見ると、焦りをその表情に滲ませている京香の姿があった。
「それは禁則事項、のはずです」
京香の声はうわずり、その声音からは冷静さが失われているのが如実に分かる。
「……そうだね。しかし、新都がこうなってしまっては、もう新太は知らなければいけない。自身の業を」
「……っ! で、でもっ……!!」
「……京香、いいんだ。支部長……続けて下さい」
京香の制止は、意味がある。
恐らく今から支部長が話そうとしているのは、俺を決定的に変えうるもの。
俺の本質に迫る何か。
京香は既にそれを知っていて、話を遮ったのだと思う。
―――――でも、それじゃダメなんだ。
今新都で巻き起こっている事態について、「俺」という存在が関係ある証拠。
俺自身ずっと分からなかったことが、ようやく明らかになろうとしている。
支部長の言った通り、俺は知らなければならないんだ。
例え、それで傷ついたとしても。
支部長は、俺の決意を感じ取ったのか、真っ直ぐに俺を見据え言葉を紡ぐ。
「……監視を買って出たのは、当時清桜会への協力の姿勢を示した名門の当主だった。
……『古賀宗一郎』」
「……!」
「……そう、君たちの父上だ」
「父……さん?」
「彼はあくまでも監視役。君が何か我々に仇なす動き、もとい裏切り行為を発見した段階で君を処分するよう命を受けていた」
「っ……!!
違う!!
違うよ、新太……!
親父はっ、……お父さんは最初は命令だったかもしれないけど、ちゃんと新太のことを息子として接していたよ!!
アンタが一番それを知っているでしょ!?」
「京香……」
不意に。
一昨日会ったときの父さんの姿が浮かんだ。
あの時交わした会話も、一言一句覚えている。
陰陽師として、俺が最も尊敬しうる偉大な……。
「……今、新都で起こっている異変。新太、君が狙われた段階で、僕は十二天将も同時に狙われていると踏んでいた。
その事実を知る者のが、今回の霊災を引き起こしている張本人」
「俺が、十二天将に関係あると知っている者……」
清桜会の上層部であれば、情報は共有されている。
いや、待て。
外部の者でも、清桜会の隊員と通じてさえいれば情報は得られる。
となると……。
ちょっと待ってくれ。
その前に父さんのことだ。
そもそも十二天将って何なんだよ。
その時から、父さんは上層部に居たのか?
いや、違う。そこは思考する所じゃない。
では俺は……?
俺は一体何者なんだ。
まとまらない思考。
これまで当たり前だと思っていた古賀での日々が、崩れていくような。
父さんは、命令で俺を育てていたのか……?
しばしの間、北斗宮の中を支配する静寂。
「……なぁ、そろそろいいか?」
それを打ち破ったのは―――――、一人の狐面を付けた少年の声だった。
「封印は解かれた、な」
《……仁、往くぞ》
転瞬。
殺気と共に爆発的に濃密な霊力が周囲へと溢れ出した。
「……仁?」
「茶番に付き合うのは終わり、だな」
「一体……何言って……」
醜悪。
と言う言葉でしか表現できない笑みを、面をずらした仁は浮かべていた。
「新都に十二天将があるのは分かっていた。
そして……陰陽師を統括している組織に封印されているのも。
本当ならば無理矢理奪取してもよかったんだ」
「何言ってんだよ……仁!!」
「うるせぇよ!! 新太ァ!!!!」
仁が吠える度に、発している攻撃的な霊力が風圧となって俺らを襲う。
何だ。
何が起こっているんだ。
仁は最初から十二天将が狙いで……?
「お前について行けば、なし崩し的に十二天将を抱えている組織に接近できると考えたから。
……それだけだよ、新太」
「じゃあ、あの晩……! 俺を助けたのも……」
「……ただの気まぐれ」
面で顔を隠す仁。
そのせいで今の仁の表情は伺えない。
しかし狐の面の奥で、瞳が爛々と邪悪な輝きを放っているのは分かった。
仁が、今回の全ての黒幕―――――?
「じゃあ、封印も解けたことだし……。天、疑わしきは殺せ」
『……承知』
その姿からただならぬ神聖を感じる白虎が、仁の傍らに出現する。
しかし、普段と明らかに異なるのは殺気に満ち満ちたその霊力と出で立ち。
仁同様に、明らかな臨戦態勢―――――。
「天……」
《……新太、すまない。こちらにも「目的」というものがある》
一瞬の間隙。
地を駆ける音が鼓膜を振るわし、衝撃が部屋中に轟く。
天が俺に、仁が支部長の持ちうる『六合』にそれぞれ肉迫していた。
俺の喉笛へと伸びる天の鉤爪。
時間が酷くゆっくりと感じた。
ほんの刹那に頭をよぎったのは……あの晩のこと。
本来であれば俺の命は既にあの悪霊に刈り取られていた。
それがほんの少しの猶予を以て、命を救ってくれた恩人達に殺されようとしている。
仁。
天。
俺らが一緒に過ごした時間は、嘘だったのか?
目的のために、仕方が無いものだったのか?
京香に振り回され、俺達の前で見せてくれた、あの表情は全部嘘っぱちだったのかよ。
記憶に新しいラウゼでの時間。
くだらない会話に笑い合った時間。
それら全て……。
抵抗する時間なんてなかった。
だから、俺は委ねてしまった。
一瞬でも心を通わしたと思った友人を。
―――――疑いたくはなかった。
「―――――っ」
おかしい。
痛みがない。
不思議に思い、つむっていた目をゆっくりと開けると。
俺の目の前で、天の鉤爪が静止していた。
《……新太、すまない》
一体……何が……?
「……おいおい」
仁の声。
それは十二天将を持った支部長がいる方向からした。
「……?」
目線を向ける。
すると、そこには。
―――――京香?
支部長と仁の間。
正確には十二天将を狙った仁の一撃を、その身一つで防いでいる京香の姿があった。
「……決まりだな、クソメガネ」
「……そうだね、協力ご苦労。『狐』君」
状況が分かっているのは、恐らく支部長、そして仁。
目を見開き、呆気にとられているのは……俺だけ。
京香は。
ただ一人、眉間にシワを寄せ、その場に無言で佇んでいた。




