第211話『日々のほとり』
[11月19日(火) STARcoffee 15:59]
「遊びに行きてーーーーーーーー!!!!!」
「……」
――――ここは駅前にある、全国展開しているコーヒーチェーン店内。
突然、虎の叫びが響き渡り、店の奥で働いている店員が訝しげな視線で新太達の方を見ていた。
新太の目の前には不機嫌全開の表情で、自身の注文したラテをストローで啜っている親友の姿。
そして、すぐ隣には――――。
「……声デカすぎ。
普通にお店に迷惑だし、あとうるさい」
ジト目で虎を見やる――――一人の少女。
肩ほどの金髪を指で弄りながら、「秋の濃厚栗&安納芋キャラメルラテ」を飲んでいる京香。
店員さんの問いかけに食い気味で注文していたことから、よほどこの商品が気に入っているのだろう。
既に一つ目のカップを空け、今飲んでいるのは二つ目――――。
「……それ、マジで気に入ったんだな。
前にまほちゃん先輩が買ってきてくれたやつっしょ?」
「……だって美味しいんだもん」
口を尖らせながら、すまし顔でストローを加える京香。
既にゴロゴロ聞こえることから、飲み終わりも近いものと思われる。
「……ってかさ。
俺、遊び行きたいんだけど」
「今来てるだろ」
「今来てるじゃない」
新太と京香の見事なまでのシンクロを聞き、虎は眉根を潜め、ため息交じりに「だ~か~ら~」とテーブルに上体を投げ出す。
「……お前らさ、感覚麻痺ってんだよ。
俺らの遊びっつったら、こんな店で飲みもん飲むだけじゃねぇだろ?」
「……まぁ、そうだけど」
そう言われれば、虎の言うことも一理ある気がする。
ちょっと前まで、それこそカラオケ行ったり、ゲーセンやら映画観に行ったりと、なかなかに充実した日々を送っていたような……。
「……そんなこと言ったって、新都はもう遊ぶ場所なんてないじゃない」
「……うぬぅ」
虎が言葉に詰まったのは、京香の言っていることが図星だから。
連日多くの人の疎開が続いている現状、それに伴って商業施設の臨時的な休業や店舗自体の撤退が相次ぎ、街を歩いていても、営業している店の方が少ない有様。
カラオケボックスや映画館など、もとより多くの人が住んでいる前提での娯楽施設は軒並み営業を取りやめていた。
「……ここも、いつ店が閉まるか」
寂しげに店内を見回す京香。
――――そう。
時刻は丁度ティータイムと言った頃合いであるはずなのに、店の中には新太達の姿しか無い。
普段であれば、仕事中のサラリーマンや制服姿の高校生などで席が埋め尽くされているはず。
比較的まだ新都内でもやっているのが確認できるチェーン店だが、営業時間の短縮などを行い始めたようで、そのまま休業になるのもどこか遠い未来の話ではないのではないかと思う。
「……何か、どっか店やってねぇかな」
スマホを弄りながら、何かを調べ始める虎。
望み薄だな……と、新太は窓の外をぼんやりと見つめながら、ストローを咥えた。
――――寒々しい出で立ちで、外で歩みを進めている者は僅か。
逆にこの街に残っているのは、行政職の人間と役割のある者達くらいだろう。
あの時、まゆりと訪れた店のマスターが言っていたように、「引き際」なのだと思う。
今年に入り、多くの人間がこの街で命を落とした。
今や身の安全も保証できなくなってしまった現在、「離れる」というのはある意味合理的であるように新太には思われた。
「……」
不意に。
道路を走る異質な車両と、迷彩柄の服を着た屈強な人間の姿が視界に入る。
「何か、また増えたね。
自衛隊」
「11月末までに大方の戦闘配置を完了させるみたい。
……意味があるかは分からないけどね」
「……」
――――内閣府は11月5日付、諸々の『暁月』に係る軍事行動について、自衛隊の治安出動を閣議決定。
国会の承認をあっという間に取り終えたと思ったら、防衛省は早速新都への自衛隊の派遣を開始した。
『暁月』による宣戦布告、その軍事行動決行日である年の瀬までに、先方を迎え撃つ準備を進める腹づもりらしかった。
上層部の下した判断としては、『妖』には新太達陰陽師を。
そして、敵性勢力の陰陽師に対しては、「自衛隊」という対人戦のエキスパートを充てる。
悪意には、現代兵器という名の更なる悪意を以て迎え撃つ――――と、つまりこういうことらしい。
「……陰陽師と言っても、同じ人間なのに」
「……もう、四の五の言っている場合じゃないってことでしょ。
それもこれも、国家存亡の危機云々言われている中で、色々天秤にかけた結果」
「……」
「国内でのゴタゴタは、諸外国にとって大きな付け入る隙になる。
……できる限り迅速に鎮圧しないといけないってことよ」
上空を見上げると、轟音と共に輸送機が二機駆けてゆくのが見えた。
「おいおいおいおい、そんな辛気くせぇ話してる場合じゃねぇぞ!!
これ見ろ、これ!!」
「「……?」」
ドン!とテーブルの上にスマホを置き、画面を指さす虎。
言われるがままに覗き込むと、その画面には西区にあるとあるボウリング場の画像が映し出されていて、尚且つ「営業中」と書かれていた。
「これ行くっきゃねぇだろ!!
もちろん行くよな!?」
唾を飛ばしながら熱弁する虎に対し、新太と京香は訝しげな視線を向けたまま。
「……虎、これちゃんと読んだ?
確かにやってるっぽいけど……、何か人数制限あるらしいよ」
「んなにっ!?
えー、どれどれ……。
『現在団体のみ受付可。四人から学割パック適用』……ふむふむ」
新太、京香、そして最後に自分を指差し確認し、「一人足らん……」と項垂れる虎。
しかし、その瞳にはすぐに希望の色が灯る。
「……誰かすぐ来てくれる人にあてもないしな」
「いや待て、――――俺に任せてくれ」
言うが早く、スマホを持ち上げ何か画面をスワイプする虎。
誰かにメッセージを送っているようだけど……。
そして、僅か数秒後。
「ふひひひっ!!」という気持ちの悪い笑い声と共に、虎は勝ち誇った表情で意気揚々とスマホの画面を再度見せてくる。
「……?」
誰かとのトーク画面……。
『今から遊びに行かないッすか?』
『京香と新太とボウリングなんすけど』
それに対し――――。
『何ですかその魅力的なイベント死んでも行きますぜひ行かせて下さい何時にどこ集合ですか爆速で向かいます』
ものすごい熱量の返信。
虎がメッセを送った先の人物の名を見て、新太は一人納得。
隣の京香は一転、眉根を潜め大きな溜め息をついていた。
送り先は――――鷹羽真幌。




