第22話『格』
[第四修練場 13:41]
―――――第一から第八まで存在する修練場の中で、この第四修練場は最も校舎からのアクセスが悪く、授業で使われる頻度はほぼほぼ皆無に等しい。
それ故に、俺らはここを選んだ。
「ここなら邪魔されねぇよな、なぁ!? 宮本ぉ!!」
「……」
修練場の中を一瞥してみると、人があまり訪れないためか辺りは荒れ放題となっていた。
剥き出しの地面に、壁の舗装も所々剥げてしまっている。
物理的な緩衝材がない分、この前のようなダメージを負った場合、ダイレクトに痛みを感じることになるのは想像するに難くない。
「……おい、クソガキ。お前からやるかぁ?」
目の前には、肩を回しストレッチをしている真崎。
その背後では蓮司が護符をヒラヒラと振り、自分の番を待っていた。
一方こちらは指をバキバキと鳴らし、一周回って穏やかな笑みを浮かべている仁。
そして、―――――俺。
「……ふんっ、当たりま「―――――いや、俺から行く」
思わぬ横やりに、こちらを向いて驚いた表情の仁。
……仁、ごめん。
ここは一旦俺に譲ってくれ。
懐から『虎徹』の護符を取り出し、仁の前へと歩み出た。
「へぇ~、宮本君。まだ闘う気力があるんですねぇ~~?
あんなにボコしてあげたのに……ねぇ!!」
初手に出てくるのが俺だと分かった途端、恐らく今日一の笑みを浮かべる真崎。
もう一度いたぶれるじゃーん、と意気揚々式神をぶん回す姿が憎々しい。
でも、俺にもプライドがある。
こんな奴らに負けたままでは終われない。
終わるわけにはいかない。
「……」
俺と真崎、互いに無言で距離を詰める。
『起動、type虎徹!!!』
いち早く式神を起動し、剣先を真っ直ぐに俺へと合わせる真崎。
俺も……!
『起動、type虎徹』
音声コードを認証させ、自身の霊力を式神へと流し込む。
人工式神は音声と霊力の二段階認証を以て起動シークエンスを終える。
従って、『虎徹』は真崎の式神のように刀に姿を変える……はずだった。
「……?」
俺の式神の虎徹は未だ護符の形を保っている。
認証に問題はないはず……!!
なのに……。
「おい……何で……、……何で、起動しないんだ!!」
「…天ははっ、ははははははははっ!!! 見ろよ蓮司ィ!! 落ちこぼれって、更に落ちこぼれることあるんだなぁ!!!!」
目の前で繰り広げられている事態に、真崎は心の底から楽しそうに笑っている。
「っ……!」
式神にも異常は見られない。
となると、問題はもっと根本的なもの。
起動するのに必要な霊力が足りていない……!
霊力不足。
それは俺が一年生の頃からも指摘されていた。
―――――起動限界ギリギリレベルの微弱な霊力。
それ故の、最下位。
式神を起動することが全ての始まりである式神戦闘において、その土俵にすら立てない―――――。
無理矢理絞り出すことで起動要件の霊力を捻出し、何とか起動までこぎ着けたのは、一年の終わりの頃。
最近は調子が良く、起動させることに神経を使うことはなかった。
それなのに……。
「どうして……!」
また、逆戻りなのか……?
***
《仁》
「……」
《お前はアレをどう見る?》
「……見れば分かるだろ」
目の前で力んでいる一人の少年。
霊力を捻り出そうと頑張っている姿が、仁には酷く滑稽に見えた。
何故なら―――――。
***
「新太、交代」
「えっ……」
精神を統一し霊力を捻出する一連の流れの最中、仁に肩を叩かれる。
困惑する俺を横目に、真崎の方へと進んでいく仁。
「おっ、ガキ、お前が代わりにやるか? そこの落ちこぼれは、俺らと闘りあうに値しないクズだからよ!」
「……」
「パンピーに式神使わないのが規則なんだけど、お前は別。全力で潰してやるよ」
性格の悪そうな笑みを浮かべ、真崎は起動した『虎徹』を構えた。
「……ご託は良い」
ザリっと、仁が砂を踏む音が辺りに響き渡る。
「……!
ホントにムカつくガキだ……!! お望み通りブチ殺してやるよ!!!!」
何も考えていないのであろう真崎の適当な構え。
しかし。
式神の力を以てすれば、それはいともたやすく―――――技術を凌駕する。
それは俺自身が実感してしまったこと。
「……一つ聞いてもいいか?」
「何だよ、早く闘らせろよ!」
ただ、仁はつまらなそうに真っ直ぐに真崎を見据え、そして。
「―――――お前にとって、『陰陽師』って何だ?」
と、呟いた。
「……」
しばしの静寂。
それを割いたのは、仁の疑問をぶつけられた張本人。
「……愚問だな」
「……」
「『陰陽師』ってのは特別! 選ばれし者のことだ!!
非力なパンピーとは違う、力を持つことを許された存在……!
俺にとって陰陽師とは、それ以上でもそれ以下でもないね!!」
陰陽師は特別。
だから、―――――優れている。
だから、―――――力を奮える。
だから、―――――陰陽師以外は虐げられるべき。
真崎達のカフェテラスでの発言が明確な意味を持って、「真の意味」で理解した。
―――――「陰陽道」を他人ではなく、自分の面子を保つためだけに行使する。
酷く選民的で……歪んだ思想。
「陰陽師なんてそんなもんだろ!
そこの落ちこぼれのように、陰陽師になれない奴だって世にはいるんだぜ!!
だったら陰陽師になれた奴が正義だ!!!」
「……」
血の味が、口内に広がる。
きっと強く唇を噛みしめたからだ。
俺には何も言い返すことが……できない。
否定しうるだけの説得力が、俺にはない。
「……これで満足か。 中学生君?」
「……」
仁はただ黙って、真っ直ぐに真崎を見据えている。
しばしの逡巡の後。
馬鹿にするような、おちょくるような、人を見下しうる最大限の表情を浮かべ、声音を潜めた。
「ぜんっぜん違うね」
「……そうかい」
一瞬の間隙。
体感にして、ほんの刹那。
「っ……!」
真崎の凶刃が。
今まさに仁の顔面へと肉迫していた。
「加速」―――――。
一切の情けをかけることのない、無慈悲な一閃。
しかし、一瞬でも仁の体を案じた自分を恥じる。
なぜなら。
真崎の体が、背後へと吹き飛ばされたから。
「……あがぁっ!!!!」
真崎の背後、余裕綽々で控えていた蓮司のすぐ横を通り過ぎ―――――。
二、三回体を地面にバウンドさせ、ようやくその慣性を失う。
―――――カウンター……!
人間離れした速度で突っ込んでくる真崎の動きを、コンマ数秒単位で見切らない限り不可能な芸当。
「あれ? 何かしたか??」
「う……あ……」
真崎の顔面が青黒く腫れ上がっているのが、遠目でも分かる。
霊力の供給も失っているのか、虎徹は既に護符の状態へと戻っていた。
「……おいおい。そんなもんか、『新型』?」
「……」
余りの衝撃と痛みで動くことができないのか、真崎は呆然と虚空を見つめ体を痙攣させている。
「……っ!! てめぇ!! 何しやがった!!?」
一拍遅れて事態を把握したのか、蓮司が式神を顕現させ構える。
その表情には、焦りが見える。
当然だろう。
ただの一般人に見えていた少年に、たった一発で仲間がノされた。
蓮司の心中を想像するのはたやすい。
「てめぇも……、陰陽師か……!?」
「てめぇ『も』、か……。何で「新型」が陰陽師の代表格みたいになってんだよ」
……!!
「……何が「新型」だよ。はっ、……ふざけんな」
これまでに聞いたことない、質の違う圧のこもった仁の声。
「おもちゃで遊ぶのがそんなに楽しいか?」
「……っ、何なんだ!? てめぇはああっ!!!」
虎徹を振りかぶり、仁へと斬りかかる蓮司。
しかし、その刀身は空しくただ虚空をきるのみ。
「クソっ!! この野郎!!!」
何回も。何回も。
ただ無様に刀を振り続ける蓮司と、それを難なく避ける仁。
その剣の軌道には冷静さは存在せず、「焦り」のみが込められていた。
「死ねぇ!!!」
裂帛の気合いと共に放たれた上段からの一撃。
それは無慈悲にも地面に吸い込まれ、周囲に砂塵を巻き起こす。
「―――――パンピーが、いっちょ前に陰陽師の真似事か?」
いつの間に。
蓮司はただ、唖然としていた。
目線を、仁の声のする方―――つまりは上方へと動かす。
すると。
仁は俺らの遙か彼方上空に浮遊していた。
ただひたすら不遜に、眼下の虫を見下すように。
仁は嗤っていた。
「ここまで届くか?」
「……!」
巻き起こった砂塵の中。
蓮司は目を見開き、何かとんでもないモノを見るような目線で以て仁を視認している。
「ほら、何とかしてみろよ。お前らお得意の「科学」とやらで」
この状況がさぞ面白可笑しいというように、仁はただ口の端に笑みを浮かべていた。
「……まぁ、無理だろうな。他人の研究成果に胡座をかいているような連中には」
「おっ、お前はっ! いっ、一体……何なんだっ!!」
仁はゆっくりと空中を歩き、やがて―――――その姿が消える。
「ちょっとは自分で考えろよ」
取り乱した蓮司のすぐ横。
その耳元で、仁は静かに囁く。
転瞬。
「~~~~~~!!?」
固い音と共に、蓮司の体が宙を舞った―――――。
ただの裏拳。
勢いよく踏み込んだ気配は……ない。
霊力もそこまで込められていなかった。
宙を舞った蓮司の体はやがて自由落下の結果、地面へと激突。
ズドオオォン、という腹部に響く音が周囲に鳴り響き、再度砂塵が周囲に霧散する。
「やっべ、やりすぎか……?」
「……」
「……人呼んだ方がいいかもな……」
「……」
「おい、新太?」
「……! あ、あぁ」
しばしの間、俺は呆然と目の前の光景を見ていた。
ごくごく当然のように、式神と素手で戦闘を行い、そして何てこともなく勝利する。
『陰陽師』としての格の違い。
―――――そして、頭の中に残る仁の言葉。
『おもちゃで遊ぶのがそんなに楽しいか?』
『……何が「新型」だよ。はっ、……ふざけんな』
『ほら、何とかしてみろよ。お前らお得意の「科学」とやらで』
普段の仁とは違う。
ただの挑発でもない。
それらの言葉には、並々ならぬ感情が込められていた。
―――――恐らく、それは本音。
『旧型』。
現代陰陽道において、仁はそう定義される。
旧型、新型、言葉では簡単に説明できる。
現代陰陽道も。式神も。陰陽師も。
科学で、科学の言葉を持って解釈することが可能になった。
しかし。
始めて聞いた「旧型」の本音。
目の前でノびている真崎と蓮司への怒りは、いつの間にやら霧散していた。
それよりも―――――。
「……」
先ほどとは違い、年相応の表情で慌てている仁の横顔。
この陰陽師が何を考えているかは、いまいちよく分からない。
でも、何か確たるモノを持っていることは分かる。
仁という人間を構成する要素。
少しは仲良くなれた気でいた。
分かったつもりになっていた。
でも、俺はきっと。
仁のことも。
陰陽師のことも。
式神のことも。
陰陽道も。
―――――何も、知らない。




