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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第六章《序列最下位の陰陽師は只一人、玉座に座る。》
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第207話『閑寂転変』



 極黑が、焦土と化した樹林の中を這い――――暮夜の大気を震わした。


「っ……現着っ!!

 『八重桜』、宮本新太っ……!!」


 頭部から鮮血を滴らせる陰陽師が、掠声で叫ぶ。

 それは紛れもなくその瞬間、その場にいた誰もが待ち望んだ報告に他ならなかった。

 狩衣を身に纏い、満身創痍の陰陽師達の視線の先に佇むのは。

 その手に白銀の刀を携え、静かに霊力ともつかぬ巨大な力を滾らせている――――一人の制服姿の少年。



「……下がっていてください」



 転瞬。

 爆発的に増幅する新太の周囲に漂う、黑。

 周囲に点在する物質を分解、そして再構成し、己が力として収束させる。

 そして、迎える臨界。


 その『黑』を本能的な恐怖として認識したのか、陰陽師達が相手取っていた眼前の異形――――妖は臨戦態勢を解除し、逃走の体勢を整えたのも束の間。


黑威(ごくい)、閃慧虎徹』


 妖の傍らで聞こえる声。

 刹那の間に肉迫していた少年の攻勢を知覚する暇も無く、黒刀が妖の身体を撫で――――。


『っ……!!』


 ――――そして。

 横一文字に分かたれる異形の身体。

 轟音と共に周囲へと放出される、爆発的な煌めきを伴う黑――――。


「っ……!!」


 眼前の圧倒的なまでのに、一部始終を見ていた陰陽師達は静かに息を呑んだ。



 ――――これが、現清桜会の〝王〟、宮本新太。


 式神の性能はもとより、次元が違う。

 新太が「力」として振るうのは、霊力ともつかぬ()

 妖という化け物を、一撃で屠る去る――――



「――――封印をお願いします」


「っ……あ、あぁ……!」



 新太の声に陰陽師複数人が封印の術式を編むことで応える。

 今の今まで破壊の限りを尽くしていた、しかし、今は見るも無惨な姿へと成り果てた妖を取り囲む淡い光と数多の呪符。

 その消えゆく光の残滓を視界の先で追いながら、新太は自身の発動した陰陽術を解除した。

 霧散する黑色、光り輝く微細な粒子は大気中へと溶けてゆく――――。


「……ここまで持ちこたえてくれて、ありがとうございました。

 要救助者数の把握、そして介助を――――」


「「「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」


「っ……!?」


 既に意識を失っている陰陽師の一人を肩で抱えた新太を包みこむ、野太い声の大合唱。

 皆一様に、笑みと涙を滲ませ、拳を高らかに宙へと掲げているその様を見て、新太はただ一人、困ったような顔で周りを見回していた。

 しかし、勝利の喜びに打ち震える陰陽師達の顔を見て、困惑の色は次第に仄かな笑みへと変わる。

 自身が今しがた守った者たちの笑顔。

 それが、何よりのであることを、新太は知っていた――――。





『暁月』による宣戦布告以降、急激にその数を減らした妖の現界。

 その事実は、『暁月』が人為的に妖を制御する(すべ)を有することを裏付ける証拠となりえた。

 妖という一災害に匹敵しうる伝説に名を連ねる存在を操演しうる術式、およびその術者。

 勝負の鬨は12月31日、新月の時候―――――。

 そこに、保有しうる妖を含めたを投入するという意志の表れなのか。

 真偽はともあれ、今や発生しうる妖は『暁月』とは関係のないであろう自然発生と思しき個体にとどまり、清桜会も対『暁月』特殊強襲部隊『八重桜(やえざくら)』、特記戦力「宮本新太」と「古賀京香」を筆頭に抗戦を継続。

 一時は第三世代(サードステージ)という精神的支柱を失った清桜会。

 しかし、特記戦力である少年と少女の獅子奮迅の戦闘を間近で見た陰陽師達は、皆一様にその胸に希望を抱いた。




 そう。


 少年は名実ともに、〝王〟となった―――――。





 ***





[11月14日(木) 泉堂学園屋上 12:36]



 上空は透き通るような雲一つない蒼穹が広がり、時折穏やかな風が頬を撫でる。

 11月に入ってからというもの肌寒い日が続いていたが、今日は暖かな陽光が降り注ぎ、まさに小春日和といった様相を呈していた。


 新太は屋上のフェンス越しに、遥か遠くの眺望―――――中央区付近に林立するビル群を眺めていた。

 平等に降り注ぐ陽光を反射し、キラキラと輝く数多のガラス。

 それは、いつもと変わらない光景に他ならなかった。


「……」


 ただ特別な感情もなく、ただぼんやりと同じ景色を視界に収める。


 まさしく――――「平穏」。

 絵に描いたような小康。

 陽光が届けてくれる温かさも相まり、新太は微かな眠気を覚え、目を細めた。

 そして……、自然とこぼれ出る欠伸。






「……おっ、いたいた」


「……?」




 屋上の錆びたドアが軋んだ音をたてたかと思うと、それと同時に聞きなれた声が新太へと投げかけられる。

 声の方向へとゆっくりと視線を移すと、そこには改めて見ても、やっぱり「前衛的」という言葉が相応しいツンツン頭と、ダルダルに制服を着崩した幼馴染の姿があった。


「……虎」


「お前、昼飯食ったか?」


「いや……、まだだけど」


 すると新太の返答を聞いて、虎は満面の笑みを浮かべると、両手に握られた()()を高く掲げた。


「職員室から、湯かっぱらってきた。

 飯食おうぜ~」


 その両手に握られたのがケトルと二つのカップラーメンであることに気付き、新太は小さく息をついた。




 ***




「俺のクラスもほぼほぼ全滅、出席率は一桁前半ってとこだな」


「……」


 虎は現在進行形ですすっている麺へと視線を落としながら呟いた。

 それに答えることもなく、新太はお湯を入れた自身のカップラを黙って見つめる。


「……新太(おまえ)んとこも似たようなもんだろ。

 みーんな

 誰も、いなくなっちまった」


「……うん」


 既に、片手で()()()()()()()()()()()()()()()()クラスメイト達へと新太は思いを馳せた。





 ―――――『暁月』による宣戦布告以降、一般人を取り巻く状況も大きく変わった。

 それは、新都(このまち)を後にする者達の急激な増加。

 新たなる戦禍が予期される現状、この地に残る判断を下しているのは相当な物好きか陰陽師にとどまっていた。

 かつては100万人都市と呼ばれたこの「新都」も、今や多くの人間が疎開し、その総人口の85パーセント以上が流出した、らしい。

 しかし、それはあくまでも現在進行形の統計、総数で言えば今後も増加の見込みであるという。

 連日の報道でコメンテーターが唾を飛ばしながら、熱弁していたことも記憶に新しい。


「みんな、いなくなっちまうなぁ」


「……一番大切なのは自分自身。

 誰も彼も望んで命を捨てようとは思わないよ」


 割り箸を割り、新太は自分のカップラの蓋を開ける。

 少しかき混ぜ麺を持ち上げると、若干まだ固そうな見た目。

 虎の持ってきたお湯がぬるくなっていたのか、それともまだ既定の時間に達していなかったのか。

 新太は別にその固さを気にすることなく、虎同様にズルズルと麺をすする。

 味噌の風味が口内に広がり、食欲が刺激されてゆくのを感じながら、新太は蒼色の支配する遥か上空へと視線を送る。


「虎は……、疎開しないのか?」


「……。

 まぁ、正直学園(ここ)に居ても仕方ないとは思うけどな」


 そう言いながら、虎は汁をすする。


 陰陽師養成校である泉堂学園生の扱い。

 それはあくまでも生徒各自の判断に委ねられていた。

「陰陽師候補生」という身分である以上、在籍している生徒に与えられた選択肢は()

「休学」もしくは「自主退学」し、学園のみならず新都(このまち)を後にすること。

 そして、もう一つ――――。

 それは、来る『暁月』とのXデーに向け、学園で研鑽を積むこと。

 しかし、重ねて言うがその身分ゆえに、陰陽師候補生は戦力として計上されていない。

 あくまでも民間人の救援や避難誘導、有事の際の戦闘が関の山だろう。

 加えて、相手は『暁月』。

 清桜会ですら、抵抗できるかどうか定かではない相手。

 まともな思考回路をしている者ならば、()()()は自ずと分かる。

 現に、在学している多くの生徒は前者であることを選び、学園内は酷く閑散としていた。

 


「―――――ぷはっ」


 割り箸を今しがた汁を飲み干したカップの中に乱暴に投げ入れ、虎はその場に立ち上がった。


「……みーんな、いなくなっちまうなぁ」


「……」


 生徒数の減少、そして陰陽師である教師陣は自身のことで手一杯なのは目に見えていた。

 授業という授業もなく、黒板に書かれていた文字は「自主修練」の四文字。

 それは、もはや「教育機関」という体裁すら危ぶまれる有様。


「皮肉なもんだよな」


「……」


 空を仰ぎながら、大きく伸びをする虎。

 そして、先ほどの新太同様、大きな欠伸を一つついた。


「人がいなくなればなるほど、新都(ここ)はどんどん平和になっていく――――」


 そして。

 虎が視線を向けるのは、屋上から望む新都の街並み。

 いつの間にか牛乳のパックを片手に、ストローで中身を吸っている虎ノ介の横顔を一瞥し、新太は親友の臨む眺望へと視線を向けた。


「……」


 人由来である負の生体光子(バイオフォトン)が、悪霊の発生要因。

 つまりは、そも大元である『人間』がその数を減らしている新都では、悪霊の現界がここ数週間で激減。

 それに加え、『暁月』による布告以降、妖による襲撃もなりを潜めている。


 ――――それ故の、『』。

 清桜会陰陽師の出撃自体も、悪霊の減少に合わせて最低限の稼働率を維持。

 特記戦力へと認定された新太自身も、ここ数日はまともな戦闘もないまま、秋人との修練を重ねていた。

 爆音や衝撃波の聞こえない夜を。

 久しく感じていなかった、静穏を。

 新都に残る決断をした者達は、皆等しく享受していた。


「――――こんなにゆっくりしてて、いいのかな」


 極々自然に新太の口から零れた呟き。

 それは、一種の「焦り」のような感情に端を発する。

 ここ数日の自身の行動を鑑みると、あまりにも平和ボケしすぎているというか……なんというか。

 何かできることがあるのでは、という思いだけが先行し、かといって戦況的には特段大きな動きもない。

 悶々、沸々とした思いだけが、不安と共に募ってゆく―――――。


「っ……ふはっ」


 すると新太の言葉を聞いた虎ノ介は口角を上げ、笑みを向けてくる。


「……別に、いいんじゃねぇか?

 現状できることもねぇしな」


 それに、と虎は大きく息をついた。




「――――束の間とはいえさ。

 平和(これ)を、俺達はずっと求めてたろ?」




「……」




「なーんにも状況は良くはなってない。

 でも、焦ってもしょうがねぇじゃん?


 ……いや、まぁ、本当は焦んなきゃいけないのかもしれないけどさぁ」


 ――――頭をガシガシと掻きながら、バツの悪い表情を浮かべる虎。

 でも虎の言いたいことは、ニュアンスで何となく分かる……ような気がする。

 そして、その葛藤も。

 多分、虎も俺と()()()を抱えていながらも、どこか前向きに捉えようとしている。

 ()()を、虎ノ介の言葉の節々、そしてその態度から新太は感じ取り、静かに頷いた。



「……そう、かもな」


「おっ」


「焦っても仕方ない。

 なるようにしかならないし……、うん」


「……何なら、久しぶりに古賀誘って遊びにでも行くかぁ?

 カラオケとかどうよ!!?」


「……ずっと京香の盛り上げ役で終わると思うけど、いいのか?」


「あー……そっかぁ……、そういやそうだったわ……。

 なかなかしんどいよなぁ、アレ」


 かつての記憶へと思いを馳せているのか、露骨に眉間に皺を寄せて腕組みをする虎。

 そんな様子を見ながら、新太は静かに笑みを浮かべる。


「……でも、行こう。

 ってか、久々に行きたい」


「……おぉ?

 まぁ、お前がそう言うなら……」


 言い出しっぺのくせに釈然としないのは、今後自分の身に降りかかりうる京香とのカラオケを具体的に想像できてしまうからだろう。

 遊びにおいての「古賀京香」という少女は傍若無人。

 ましてや、同行人が俺や虎ならばなおさらだ。

 最早家族同然の付き合い故に無理難題を吹っ掛けられ、そして俺らも何やかやそれに応えてしまうから(タチ)が悪い。


「……」


 久しく忘れていた、京香に振り回される感覚。

 ウンザリするほどに同じ時間を共にした友人達との時間。


 それは。

 ――――もう、遙か遠い記憶。




「また三人で、馬鹿やりてぇよな」


「っ……」




 虎は明後日の方向へと身体を向けていて、どんな顔をしているのか分からない。





「ついこの前まで、普通に駄弁ってたのに。

 ……一緒に遊んだり、飯食ったりしてたのによ。

 知ってるか?

 オマエら、巷では『黑王』と『戦姫』って呼ばれてるんだぜ?

 ……んだそれ、カッコよすぎだろ」



「……」



「お前も、古賀も、いつの間にか手の届かないとこにいっちまった」



「……虎」



 気持ちの良い秋風が頬を撫で、新太の背後へと吹き抜けてゆく――――。




「辰巳さんに、言われた。

 俺には……、『八重桜』への強制入隊義務がないってさ」



「……」



「……そりゃそうだよな。

 元々『狐』関係で、オマエらと一緒くたにされてただけ。

 新太や古賀ほどの実力が無いのも……知ってる。

 役者不足であることは、俺が一番知ってんだ」



 ――――虎には、闘う意義も理由もない。

 それこそ、新都での血戦、その勝敗が決するまで――――他の新都を離れていった者達と同様に「疎開」という決断もできる。



「……どうするんだ?」


「……」


 その場を支配する、束の間の静寂。

 ――――逡巡。


「――――」


 それが、虎の心中を表しているようで、新太は虎ノ介から視線を逸らした。







「――――ダチが命懸けてんのに、俺だけ逃げるわけもいかねぇよ」


「……!!」



 再度、虎へと視線を向けると、虎ノ介は真っ直ぐに新太の方を見据えていた。

 普段の軽薄な雰囲気は、すでになりを潜めている。



「できるかどうか分からんけど、俺もオマエらと同じところまで――――」


「っ……」



 転瞬。

 その場の空気感に似つかわしくない音が、二人の間に流れる。

 それすなわち、スマホがメッセの到来を告げる通知音。



「「……」」



「……んんっ!!

 できるかどうか分からんけど」


 ……なるほど、テイク2。


「俺もオマエらと――――」



 ……~~~♪

 全く同じ音が鳴り響き、虎は「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」と頭を搔きむしる。



「んだよ、タイミング悪ぃ!

 せっかく格好良くキメようって時に!!!

 おい、こういうときは通知切っとけ!!」


「緊急の招集もあるから……、仕方ないよ」


 ポケットからスマホを取り出し、そして画面を見る。

 すると、そこに表示されているのは見知った名前。


「……来栖だ」


「っ……かーーーーーーーーー!!!

 彼女かい!!

 おいおい、俺がかっちょいいこと言ってるときにメッセ送ってくんなって後で言っとけ!!」


「……」


 虎のアホ丸出しの発言を流しつつ、今しがた送られてきたメッセを確認する。


「っ……!!」






『新太、助けて』






 ただ、それだけの文字の羅列。


「……おいおい、どうしたんだよ?」


 表情を強ばらせている新太へと訝しげな表情で近づき、スマホの画面を盗み見る虎。

 そして……次第に、新太と同じく緊迫感を伴ったモノへと変わる。


「……コレってヤバくねぇか……?」


 そして――――。


「「……!!」」


 二人の目の前に唐突に表示される、()()()()

 それが新都内であることと、学園(ここ)からそこまで離れた場所ではないことを確認したのも束の間――――。


 新太と虎は顔を見合わせ、ほぼほぼ同時に駆けだしていた。








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