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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第六章《序列最下位の陰陽師は只一人、玉座に座る。》
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第203話『招集』




 なぜ、まだ生きているんだろう。



 その問いに答えてくれる者などいないことは分かっていた。

 僕にそんな資格など、もう無いというのに。

 

 罪を背負いながら生き続けなければいけない。



 それは、「地獄」でしかない――――。





 ***


[10月26日(土) 泉堂学園2F廊下 15:46]



 休日と言うこともあって、学園の中は閑散としていた。

 と言っても、()()()()が理由じゃないことを新太は知っていた。

 先の一件で、陰陽師という存在の脆弱さ、血塗られた道。

 そもそもとして自身の命を懸けるという前提を思い知らされた若人が、それをどう感じたかを想像できない新太ではなかった。


 目指すのも自由。

 ならば、それを()()のもまた――――自由。


 同級は、まだ身分の上では高校生。

 未来の可能性の選択肢は、まだ無数に存在する。

 新都を去るという決断をすると同時に、「退学」を願い出る者達が急増した、ということを、新太は虎ノ介から聞いていた。



「……」



 招集場所である理事長室のドアノブに手をかける。

 これからの身の振り方。

 それを話し合う場ではないか、と京香は昨日語っていた。

 どうであれ、客観的に見て今現在清桜会陣営が立たされている現状は、芳しいものではないのは明白。

 加えて、昨晩にかけて『暁月』側に動きがあったとも聞いている。


「……」


 気を抜くと憂鬱になりそうな気持ちを何とか奮い立たせて、新太は中から話し声が聞こえる一室へと歩みを進めた――――。




「……!」


 新太自身、理事長室に入るのは初めてだった。

 清桜会の支部長室を彷彿とさせるような、そんな内装。

 中央に背の低い荘厳なテーブルが鎮座し、その周囲を囲むようにベルベット生地のソファが配置されている。

 そして――――部屋の中には、思い思いに佇むいくつかの人影。


「……おっ、来た来た」


「新太さん……!」


 部屋に足を踏み入れた新太を出迎えたのは、旧友である蔦林虎ノ介。

 そして、目を輝かせて近づいてくる――――新太にとって()()()大切な存在、来栖まゆり。


「随分遅かったな~。

 多分、お前が最後だぜ~?」


「呼ばれた人は、多分これでだと思います」


 辺りを見回すまゆり。

 それに合わせて、新太も部屋の中にいる者を確認する。



 向かって右側のソファに腰掛けているのは、京香。

 若干目が腫れているのは気のせいではないだろう。

 昨日の一件もある、敢えて触れないようにして軽く声をかける程度に留めた。


 そして、京香の対面。

 向かって左側のソファに座る、傍らに松葉杖を携えた眼鏡姿の男性。


「秋人さん……!」


「……やあ、新太」


 京香同様生傷の目立つ顔で、穏やかな笑みを浮かべる秋人へと新太は駆け寄った。


「もう動いて大丈夫なんですか……!?

 意識が戻ったって聞いてはいたんですけど……」


 すると、秋人は自嘲気味な笑みと共にギブスに固定された左足をプランプランと動かしてみせた。


「医務班には大分お世話になってね。

 自己治癒力を強化させて全身を無理矢理治してはいるけれど……、左足(こっち)はもうダメっぽいね」


「……!」


「『制御破壊(リミットブレイク)』による全身負荷。

 それを短期間に二回も、だ。

 大なり小なり後遺症が残るって言われてしまったよ」


 ――――『玉藻前』との交戦で、秋人さんは自身の固有式神を『制御破壊』させ応戦した。

 来栖からは、その尋常ではない身体的負荷を聞いてはいたものの、これほどまでに……。


「……」


 表情を暗くした新太に、秋人は手を振りながら笑いかける。


「大丈夫だよ。

 足が言うこと聞かなくても、それでも何とかなる。

 ……何とかするよ」


「秋人さん……」


 笑っている秋人の瞳に、一瞬見えた()

 それが、やせ我慢とか強がりといった類いのモノではないことに気付いたのと、正面のソファに座るが声を発したのは同時だった。


「えーっと……、宮本君……ですよね」


 おずおずと手を挙げながら、緊張した面持ちでこちらへと視線を送っている小柄な金髪の少女。

 しかし、その()の色が何を表しているかだけは、新太でも分かった。


 濃紺色の制服、それ即ち――――。


「『北斗』の……」


「……はいっ、そうです!

 『北斗』第七星、鷹羽真幌(たかば まほろ)と言います!

 よろしくお願いしますっ!!」


 その場にすっくと立ち上がり、礼儀正しくペコリとお辞儀する少女。

 余りの勢いに面食らい、「あぁ……、どうも……」と、これまた当たり障りのない返答しかできない自分が恥ずかしい。

『北斗』にこのような明朗快活な少女が在籍していたことを、新太は知らなかった。


「……(じー)」


「……?

 えっと……、何ですか……?」


 顔をまじまじと覗き込んでくる真幌に、思わずたじろぐ新太。

 そして、不思議そうな表情のまま、真幌は言葉を紡ぐ。


「宮本君は、まゆりちゃんの彼氏……なんですよね?」


「っ……!!」


「えっ、ちょっ……まほちゃん先輩、急に何……!?」


 唐突に予期していなかったことを聞かれ、新太は自然と顔が熱を帯びてくるのを感じる。

 そして、それは傍らにいるまゆりも同様らしかった。


「うん……あぁ……、えっと……、そう……だね。

 俺は、来栖の……彼氏です」


 たどたどしくも真実を伝えると、真幌の表情がぱっと明るくなる。


「やっぱり、そうなんですねっ!?

 やっとご本人に会えました……!

 まゆりちゃん、凄かったんですよ!?

 新太さんを助けに行くーって凄い勢いだったんですっ!!」


「……?」


「ちょっと、まほちゃん先輩……!

 その話は……!!」


 顔を真っ赤に染めた来栖。

 何の事を言っているかは分からないけど……、「助ける」という言葉から察するに……、先日の一件のことか……?


「ホントに、まゆりちゃんは宮本君のことが好きなんだなーって、そう思いましたっ!」


 小学生の作文のような締めくくりでそう言うと、真幌は満足したように笑みを浮かべた。


「……一応言っておくけど、鷹羽()だからね。

 幼く見えるけれど……三年生よ」


「……っ!?」


 一連の様子を見ていた京香が満を持して口を開いたと思ったら、何たる爆弾。

 この子、年下じゃないのか……!?

 今日一の驚きに目を思い切り見開くと、目の前の少女は「まほちゃん先輩と呼んでくださいっ!」と元気に声を上げた。


「……!」


「まほちゃん先輩……、ですよね?」


「うん、まほちゃん先輩だな」


 来栖が虎へと声をかけると、うんうんと頷きながら虎もそれに同意する。


「まほちゃん先輩だろ?」


「……っ!!」


 そして。

 虎が視線を向ける先にいるのは……、京香。

 まさか自分がこの一連のくだりに参加すると思っていなかったのか、目をパチクリしながら「え……」と言葉を失っている。


 しばしの静寂。

 やがて覚悟を決めたのか、京香は顔を真っ赤にしながら蚊の泣くような声で呟いた。


「……まほちゃん先輩」


「~~~~~~~~!!!!!

 京香様ァ!!

 ごちそうさまですっ!!!」


 ――――京香、様?


「……あー、新太。

 言い忘れてたけど、まほちゃん先輩は古賀のガチオタ」


「……なるほど」


 学園の中に一定数、京香を病的なまでに崇拝している人たちがいることは()()()は知っていた。

 でも確かに……、思い返してみれば演習の時とかに同性から黄色い声援を受けている京香の姿を見たことがあるような気がしないでもない。


 でも、こうして「実物」を間近で見るのは始めてだった。


「……なんか、すごいね」


「「すぐ慣れる(ますよ)」」


 虎と来栖の声がシンクロし、部屋の中はにわかに活気で満たされる。

 先ほどまでの陰鬱とした空気感が、一瞬でも立ち消えていた。

 明るく誰にでも人当たりの良い笑顔を向ける少女。


 ――――()()『北斗』にも、こんな子がいたということが率直に驚きだった。



「そろそろ時間か……」



 ひとしきり他愛のない言葉を交わし合い、久方ぶりに笑ったような気がする、そんな暖かい時間を経て、秋人さんが壁に掛かった時計へと視線を向ける。


 定刻――――、つまりは16:00(ヒトロクマルマル)

 招集目的は明かされていない。


「……()()()()()に、わざわざこんな所にまで来るなんてね」


 ただ。

 秋人さんだけは、新太達を招集した人物に心当たりがあるようだった。

 口には普段の笑みではなく、例えるなら――――そう。


 ()()()()()()()()()()ような、そんな類いの――――。



 定刻を迎え、理事長室のドアが開かれる。



 そして、部屋の中に入ってくる()

 既に集まり、自身に注目している新太達を一瞥する。



「――――制服姿の少年少女ばかり」



 その女性は、小麦色の肌に身に纏った白衣がよく映えていた。



「どうして昔も今も……こんな若人達を、戦地に送り出さなければいけないんだろうね。

 ――――


 そう言いながら、その女性は懐から一本のタバコとジッポを取り出し、慣れた手つきで火をつける。



「あのー……、多分、この部屋禁煙……」



 一連の様子を見ていた、まゆりがそう呟くと、「……理事長には許可を取っているよ」と優しげに微笑みを浮かべる。


「秋人さんのお知り合い……ですか?」


 新太の問いに対して、秋人は静かに首肯する。


「……そうだね。

 『昔馴染み』……といった方がいいかな?」


「……ふふ、随分フランクな言い方だ」


「……今更、朱里さんに気なんて使いませんよ」


 ――――二人の間に流れる空気感。

 秋人さんの言うように、この女性とは気心の知れた仲であるのは目に見えて分かった。

「朱里さん」と、そう呼ばれた女性は先端から紫煙立ち上るタバコを咥え、足を組み――――「失礼するよ」という言葉と共に京香の隣へ腰を下ろした。


「……この人は、現代陰陽道の黎明を支えた技術者であり、現清桜会技術開発班()


 ――――統括責任者。

 その響きに、新太は聞き覚えがあった。


「それって……」


「……うん。

 新都支部はもちろん……東京本部に至るまで、()()()()役職」



 誰かが、息を呑む音が聞こえた。





「――――辰巳朱里(たつみ あかり)

 僕の昔の戦友にして、()()()張本人だよ」











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