第199話『宮本新太』
「――――っ」
――――まゆりの言葉が、染みこんでいく。
それはまるで、温かい陽だまりの中にいるような。
繋がれた手から伝わってくる来栖の体温が、それを更に加速させる――――。
何を言えばいいのか。
何を伝えれば良いのか。
今の新太には、分からなかった。
だからこそ、ただ新太は――――。
「っ――――」
「あっ……」
――――まゆりの身体を、抱きしめた。
「新、太……?」
拍動が急速に上昇してゆくのを感じながら、まゆりは自身を抱きとめる少年へと目線を向ける。
どんな表情をしているのかは分からない。
でも、全身に込められる力から伝わってくるモノに、まゆりはしばし身を委ねる。
新太の山吹色の制服に顔を埋めると、漂ってくるのは硝煙と好きな人の混ざり合った匂い。
頭に触れる新太の手は、燃えるように熱い。
「――――俺で、いいのかな」
「……!」
頭上から振ってくる声。
この声音は、どこか震えていて――――。
「……」
ゆっくりと離れる身体。
そして、明らかになる新太の表情。
涙の跡の残る新太の顔に浮かぶ――――不安の色。
「――――新太は、どうしたい?」
「っ……」
まゆりのその問いに、口を引き絞る新太。
声に出していいものか――――そんな迷いを感じさせる静寂の中、ただ外の爆ぜる音だけが部屋中に響き渡る。
「……俺は」
「……」
やがて。
覚悟を決めたように、新太は震える唇を無理矢理動かす。
「――――大切な人たちを、守りたい」
そう。
自分の中にあるのは、ずっと昔からたった一つ。
宮本新太の祈りはたった――――それだけ。
「――――その『願い』で、傷つく人がいたとしても?」
「っ……!!」
まゆりの言葉に、新太は口をつぐむ。
それを考えないようにするために、俺は「近衛奏多」に徹することで、結論を出すことを放棄した。
考えないようにした――――。
目線を右往左往させ、必死に答えを探そうとしている姿を。
まゆりはどこまでも「愛しい」と、心の底から想う。
――――良かった。
新太が、ここで即答できない人で。
やっぱり、この人は。
ウチの知ってる、どこまでも優しい――――新太さん。
「――――いいんだよ」
「……!」
「いっぱい迷って、いっぱい考えて、いっぱい悩んでも……きっと答えは出ない。
……でも。
多分、それで……いいの」
「……」
「――――大丈夫。
……新太なら、できるよ。
だって……、もう何回もウチのこと守ってくれたんだもん」
「っ……!!」
恥ずかしそうに頬を赤く染めるまゆり。
自身に向けられる柔らかなその笑みに、新太は思わずまゆりの身体を抱き寄せた。
――――離したくない。
この人を、俺は絶対に失ってはいけない。
だったら。
俺がやるべきこと、それは――――。
「――――まゆり」
「……えっ?
あ……は、はい」
新太に抱きしめられながら、呼ばれる自身の名に、まゆりの心臓は一際大きな音を立て始める。
「君は、俺が絶対に守るよ――――」
そう、耳元で聞こえた声を最後に――――身体が、離れる。
新太は傍らに無造作に置かれた一振りの日本刀を手に取り、全身に霊力を充填――――。
そして。
部屋に空いた大穴から、外へと飛び出してゆく一人の陰陽師の姿――――。
「……行ってらっしゃい、新太さん」
去り際に見えた、新太の瞳。
それは、どこまでも真っ直ぐで。
始めて見たときと何も変わらない、強い意志の込められていた。




