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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第五章『驕り高ぶる陰陽師達、“王”を名乗る。』
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第198話『溢れ、零れ、それでも尚――』


 崩れかかった階段を上りきり、埃臭い匂いの充満する廊下走り抜け――――辿り着いた場所。

 天井は既に無く、最早「建物」という形ですらなくなっている一室。

 無骨なコンクリートの骨組みが剥き出しになり、一筋差し込む陽光が、砂塵や部屋中に散乱する瓦礫を照らしていた。


 ――――そして。

 部屋の最奥。

 壁に寄りかかるようにして項垂れ、膝を抱えている()の姿。

 その傍らに置かれた一振りの日本刀。


「……新太、さん」


「……」


 息も途切れ途切れのまゆりの声に、新太からの反応はない。

 ただ真っ直ぐに下を見つめながら、うわごとのように何かを口にしている。


「っ――――新太さんっ!!」


 明らかに異常な、ただならぬその様子に、まゆりは声を荒げた。


「……!!

 来……栖……?」


 唐突に部屋中に反響するまゆりの叫びに、新太は驚愕に目を見開き、声の方を見た。

 そして。

 来訪者の存在が「来栖まゆり」であることが分かった瞬間。


 新太は、その表情を歪める――――。


「新太さん、大丈夫……ですか……?

 ウチ、すごい心配して……」


 一歩、踏み出したまゆりだったが、「来るなっ!!!」という新太の鬼気迫る声に、その身体を硬直させる。


「新太……さん……?」


「っ……来ないで、くれっ……!!」


 涙。

 新太の頬を伝う、幾重の涙の軌跡。

 しゃくりあげながら、歯を噛みしめ――――それでも溢れ出るモノ。

 新太はそれを拭うこともせずに、目の前に立ちすくむ少女を真っ直ぐに視界に収めていた。


「俺には、()()()()()()()……!」


「っ――――!」


「父さんも、死んだ……。

 俺を守って、消えてった……!!

 それを()()()()()()、俺にはっ、できなかった……!!」


「……」


「ずっと……俺の、憧れだったんだ……。

 父さんのような、陰陽師になりたくて……」


「……新太さん」


「でも……それは、違う……!

 違うんだよ!!!

 俺は、宮本新太じゃない!!

 ()()()()を持つことすら、許されない!!!」


「っ……!!」













 ――――「近衛奏多」なら、どうする。

 ()()から、ただそれだけを考えていた。


『――――――お前、誰だよ?』


 網膜にこびりつく、攻めるような仁の視線。

 宮本新太(オレ)じゃない、「近衛奏多」の名を叫び、光の中に消えていった少年の顔を、今でも鮮明に思い出す。

 どこまでも悲哀に満ち満ちていて、子供のようにすがるような――――。


 俺が「近衛奏多」だったなら、きっと。

 仁にあんな表情をさせない。

 揺らぐことのない確固たる信念の元、「()()、ただひたすらに前進し続ける。



 そう、ならなきゃ。

 皆が求めているのは、宮本新太(オレ)じゃない。

 泰影の言葉で動揺し、()()()()()()()()俺とは違う。


 ――――だから。

 あの日から俺は、汚名を被ることも、自分の手を汚すことも厭わない覚悟で式神を振るった。



 自分の感情を殺し尽くし、ただ「近衛奏多」として在ることを望んだ。



 でも――――。







「それは、どうしようもなくっ……(つら)かった……!!」


 新太の咆哮。

 それをただ、まゆりは口をつぐみ、静かに聞いていた。


は、嫌なんだよ……!!

 「近衛奏多」としての在り方が……、でも仕方が無いだろ!!?

 そうするしかないんだ、だって、俺は――――!!」




 その先の言葉が、新太から発されることはなかった。


「っ――――」


 不意に。

 身体の一部に生じる、()()

 それが、まゆりに()()()()ことに起因するものであることに、一拍遅れて気付く。


「……!」


 まゆりの両の掌で包まれる、新太の右手。

 そこから、まゆりの熱い体温と()()()を感じながら、新太は涙で濡れる瞳を目の前の少女へと向けた。






「――――新太」



「っ――――」



 涙をその大きな目に貯めながら、まゆりは口角を上げる。

 力強い意志を感じさせるその瞳から目を逸らすことなく、新太は静かに息を呑む。



「あの日……、第二修練場でね?

 ……そう、序列戦の初日で第一試合。

 始めてウチは新太を見たの」


「……!」


「二年の序列最下位が闘うって聞いてさ。

 半分……冷やかしのような気持ちだったんだよね」


「……」


「会場にいた人たちも皆、新太を馬鹿にしてて……雰囲気も最悪。

 可哀想だなって、ちょっと同情しちゃったくらい」


 まゆりはどこか遠い昔の記憶を思い出すかのように笑みを携えながら、滔々と語る。


「――――でも、新太は違った」


 まゆりの瞳が新太の視線と交錯する。


「……」


「そんな空気なんてモノともせずに……、ただ新太はそこに立ってた。

 真っ直ぐに前だけ見て……」


「っ……」


 まゆりの瞳から、涙が零れる。





「そんな姿を見て、ウチは――――新太のことが好きになったの」



「……!」



 溢れ出るモノを拭うこともせずに、まゆりはただたどたどしくも必死に言葉を紡ぐ。



「新太に、助けてもらって。

 一緒に闘って。

 何度も守ってもらって。

 ……付き合って。

 どこまでも優しい新太のことが、ドンドン好きになって……」


「でも……。

 俺は来栖に……酷いことを……」


 昨日。

 それは記憶に新しい、明確なまでの来栖まゆりへの拒絶――――。

 しかし、まゆりは新太の言葉に、首を横に振ることで応える。


「正直……、悲しかったよ?

 あんなこと、言われると思ってなかったもん……。

 有り得ないくらい泣いちゃったし」


「来、栖……」


「でも、改めて気付いたの」


 握られた新太の手に、ほんの少しだけ力が込められる。



「そのくらい、――――ウチは新太さんのことが、大好きなんだって」



 涙で濡れるまゆりの顔に、浮かぶ笑み。



「他の誰でもない、のことを。

 ウチも、助けてあげたいって……」


「来……、栖……」




「大丈夫、だよ。

 貴方は、「近衛奏多」じゃない。

 

 ――――



「っ――――!!」



「世界の誰もが、新太のことを認めなくても。


 ……ウチだけは。


 ()()()だけは、新太が必要なの」




 だから、お願い。


 

 ――――宮本新太(じぶん)を、否定しないで。




 そう、まゆりの口が動くのを新太は静かに見ていた。





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