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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第五章『驕り高ぶる陰陽師達、“王”を名乗る。』
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第195話『子』



「っ―――――新太ァ!

 下がれ!!!!」


「……!!」


 宗一郎の叫びを背中で受けながらも、新太は全身全霊の霊力を手に握る『閃慧虎徹』へと込める。

 ―――――生半可な霊力の充填じゃ、話にならない。

 十二天将と同調させ、全霊力を反撃へ回したところで、玉藻(コイツ)の足元に及ぶかどうか。


「はああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 裂帛の気合と共に、新太の全身から溢れ出す極黒の霊力。

 先ほどの重力を操る童、そして雷の陰陽師とは明らかに異なる、目の前の少年から溢れ出す異質の霊力に、玉藻は僅かに心を動かす。


「……それ、()()()()()


「っ……!!!」


 力任せに思い切り『閃慧虎徹』を振りぬき、玉藻の体を背後へと大きく飛ばす。


 ―――――『閃慧虎徹』、発現事象「加速」発動。

 僅かな時間の刹那の中、思考も身体も、今この場において新太こそが最速―――――。


 目の前に佇む玉藻へと肉迫、必中距離にして間合いの中。

 確実に、殺る―――――!!

 最大霊力充填。

 玉藻の細い首筋目掛け、下段から斜め上方に式神を滑らせた。




 ――――――しかし。




「なっ……!」


 今まさに、玉藻へと到達するかのように見えた新太の式神。

 それを真正面から防ぐ―――――玉藻の尾。

 発現事象発動下における超高速戦闘。

「加速」を、知覚して―――――。


「……ふふっ」


 驚愕に目を見開く新太が捉えたのは、愉しげに微笑みを浮かべる一匹の妖狐。

 その姿は、どこまでも美しく。

 どこまでも凛と、まるで愛玩動物と戯れるかの如く。


「―――――主たちにできることを、()()()()()()()()()()

 そうだろう? 人の子よ」


「っ―――――」


 ―――――俺達は。

 人ならざる存在に立ち向かうために、力を欲した。

 その力こそ、式神、発現事象―――――。

「伝説」はいともたやすく、()()()など、とうに超えた先に鎮座している。


「ほら、()()()()


 周囲に展開される、眩いまでの

 耳を劈く炸裂音を発しながら溢れ出す膨大なエネルギーの奔流。

 ()()を、新太は見たことがあった。

 何度も何度も、手合わせしたから分かる。


 これは―――――。


「『建御雷神(タケミカヅチ)』っ……!」


 新太の言葉を聞き、玉藻は馬鹿にするように雷撃を迸らせる。


「面白い。

 古の神の名を、簡単に語るなんて」


 転瞬。

 玉藻の姿が、新太の前から立ち消える。


「っ……!!」


 ―――――大丈夫。

建御雷神(タケミカヅチ)』とは、何度も闘り合った。

 攪乱から反撃までの時間的齟齬(タイムラグ)や、その熾りなど、頭だけでなく体が覚えている。

 玉藻(ヤツ)が俺たちの式神を完全に再現しうるのならば。

 対応しきれないはずが、ない。


 しかし。

 その思考こそ、「慢心」と呼ばれるものであることに、新太は気づかなかった。



 ―――――圧倒的なる格上は。

 格下に策を講じない。


 ただ純粋に。

「力」で捻じ伏せる―――――。



「っ……!!」


 自身の遥か直下、地面を縫う光の奔流。

 雷を纏う、数多の尾が新太の眼前へと迫っていた。

 霊力を注ぎ込み、すんでのところで式神を構える防御態勢。


 ―――――しかし。

 新太の黒刀、それは例え十二天将を同調させていたとしても。


「伝説」の前には、ひとへに風の前の塵に同じ。


「なっ……!!!」


 乾いた音と共に、砕け散る黒刀。

 宙を舞うその残骸は雷の光を乱反射し、そして消えてゆく――――。


 得物を失った陰陽師。

 それは反撃の手段を持たぬ、()()()

 空いた新太の腹部に迫る、玉藻の凶刃と化した尾―――――。


「っ……させんっ!!!!」


 今まさに新太を貫かんとする、その僅かな時間の間隙の中。

 烈火に舞うを、新太は見た。


「……!」


 大きく吹き飛ばされる玉藻の体、その先を見送りながら新太はの存在を視認した。


「父さん……!」


「勝手に先行するな!!

 お前は退却と言っただろ!!

 行けぇ!!!」


 決して目線は玉藻から外すことのないまま、檄を飛ばす宗一郎。

 その手に握られた式神の霊力が、瞬間的に爆発する。


「『朱栄(シュエイ)』、【終式】っ!!!!」


 ―――――【終式】。

 その存在を、新太は知っていた。

 陰陽師であり、「旧型」である父親の戦闘を、その鍛えられた数多の(わざ)を、これまでに幾度となく見てきた。


【終式】、それは言うならば「特別(オリジナル)」を扱う「旧型」の陰陽師における―――――式神操演の

 それを、いともたやすく。

 いや、……違う。


()()()()()()()()―――――。



「―――――燎原之火(りょうげんのひ)、『(しゃく)』!!!!!」


 宗一郎の全身を纏っていた炎が瞬時に立ち消え―――――『朱栄(シュエイ)』の刀身が紅く染まる。

 朱く、赫く―――――。


「―――――!」


 一瞬にも満たない微かな瞬きの中で、宗一郎は玉藻の懐へと飛び込んでいた。

 そして―――――。


 その手に携えた式神を、玉藻の煌びやかに彩られた着物へと()()



 転瞬。

 眩い閃光が新太の視界を満たし―――――轟音が轟く。

 宗一郎の発揮しうる『朱栄(シュエイ)』の最大火力、その

 行き場を失った(ほむら)が、清桜会の陰陽師を束ねる長としての矜持が、今まさに「伝説」へと放出。

 数刻のラグを経て、爆風と轟音が大地を揺らす―――――――。

 呼吸をも妨げる熱波を全身に受けながら、新太はただ爆心へと意識を向けていた。








「……!」


 やがて開けた視界の中。

 焦土と化した爆発地点を中心に、倒壊した周囲の建物の瓦礫が未だ炎上を続けている。

 その、同心円状に抉れた地面の中心地。



 そこには。


「っ……!!」


「……(ひとえ)が、汚れてしまったな」


 信じられない表情を浮かべている宗一郎と、軽く着物に付着した煤を手で払う―――――玉藻。



 ―――――【終式】を、以てしても。

 脂汗を浮かべる宗一郎に、ただ玉藻は微笑を浮かべる。





「っ……!!」


 ―――――式神をいともたやすく破壊し、父さんの「奥義」を意に返さない。

 そんな()が、存在する。

 父さんの言うように、退却するべきなのは目に見えて明らか。

 いともたやすく式神を破壊し、有象無象を蹴散らす力を持つ。

 言ってしまえば、奴の力は既に―――――

 人智の行き届かない、そんな遥か彼方の高み。


「ぐっ……!!!」


 そんなこと、どうだっていい。

 まだ俺は、立っている。

 式神を振るえる。

 そうだ。


 ()()()、絶対に諦めない……!


 だったら。

 俺は。





「―――――まだ、俺はっ!!!!!」


 再度、新太の手に顕現する一振りの灼刀。

『蛍丸』と『六合』を同調させ、玉藻へと肉迫―――――。


「……新太っ!!」


 驚くように見開かれた父の横をすり抜け、刀を振りぬく。


 ――――――俺が、玉藻(コイツ)をっ!!!!







「―――――――え?」


「―――――童。

 遊戯(ゆげ)は終いと、言ったはず」


 ただ、事も無げに。

 玉藻は指で『蛍丸』をつまみ、つまらなげな表情を新太へと向ける。


 そして。


 ――――――砕ける『蛍丸』の刀身。


 それとほぼ同時。

 新太の瞳に映る、自身へと迫る()

 濃密に凝縮された時間の中で、感じ取る命の終焉。

「死」への音―――――。

 いずれ来るその時を思い、新太は瞳を閉じた。



















「―――――」


 何かが、新太の顔に滴る。

 一粒、また一粒と、温かいそれは絶え間なく新太へと降り注ぐ。

 その正体を確かめるべく、ゆっくりと瞳を開ける。



「……!!」


 父の狩衣が、血で濡れていた。

 その腹部からは強靭な尾が貫通し、夥しい鮮血が零れ落ちる。


「とう……さ……」


「ぐっ……」


 口内から絶え間ない血を滴らせながら、()()()()()()()は、新太へと目線を合わせた。


「……、何で……、何でだよっ……」


 ―――――何が、起こった。

 新太の心が、魂が、現状の理解を妨げる。

 理解したくない。

 分かっちゃいけない。

 ―――――それだけは、確か。


「……馬鹿者。

 ()()()()()()()()()



 子。

 誰が。

 ―――――俺?


 違う。

 俺は。

 古賀宗一郎の、子じゃ、ない。


「……俺はっ、父さんの、子じゃっ……!!」


「息子だ」


 宗一郎は、顔を歪め言葉を紡ぐ新太を遮る。


「お前は、()息子だよ。

 ――――新太」


 穏やかな笑みを浮かべる宗一郎を、新太は信じられない心持で見やる。


「父……さ……っ―――――――!」


 突如として身を焦がす豪炎が、新太を遥か後方へと誘う。

 それは他でもない、『朱栄(シュエイ)』の発現事象によるものだった。


「……っ!!」


 地面を何度も転がり、そしてようやく慣性を思い出したかのようにその体が止まる。

 起き上がり、再度父の方を見やると。


 父の全身を包む―――――()



「っ……父さんっ!!!!!」



 叫ぶ我が子の声。

 宗一郎は、その顔に浮かべた穏やかな表情を崩さなかった。

 そして。

 その身へと、自身の最後の霊力を漲らせる。

 最後の一滴。

 僅かな微量も残さない霊力の充填。

 周辺の温度が、上昇を始める―――――。


「……お前」


「……最後まで、付き合ってくれよ」


 訝し気な表情の玉藻へと笑みを向け、そして―――――宗一郎は、陰陽術を発動。

 それは、正真正銘、最後の―――――。





 ―――――京香、新太、すまん。





 燐の焔が揺らめく中、新太は。


「生きろ」と。

 父の口が、動いたような気がした。









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