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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第五章『驕り高ぶる陰陽師達、“王”を名乗る。』
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第192話『塵芥』




 傍らに投げ捨てられる狐の面。

 その奥から現れた()()を見て、流星はにわかに笑みを浮かべた。


「……んだよ、()()じゃねぇかァ!!!」


 髪や睫毛は白く染まっているが、それでも、幼い顔立ちであることは優に分かる。

 これが――――『狐』。

『暁月』に与する、薄汚い旧型陰陽師の正体。


「ツラ見せて、同情誘おうってかぁ!?

 残念だったなァ!!!!

 お前は俺がガキでも関係―――――」


 そこまで吠えたところで、流星はある一つの事実に気付く。

 白銀の重たい前髪と睫毛に隠された―――――流星を射すくめる『狐』の瞳。

 その瞳に込められた、


 敢えて言語化するならばそれは、()()

 例えるならば、そう。

 人ではない、何か()()へと向けられる類のモノ。


 そして、流星はそれを向けられるのは初めてではなかった。


 あの日、あの時。

 ()()()()に向けられたモノと、全く同じ。


「っ―――――!!」


 転瞬。

 ()()()に焼かれた左手と両の足が、痛みを思い出す。

 拍動に合わせ、未だ完治しきれていない鈍い痛みが全身を駆け巡る。


 ―――――同じ目。

 宮本新太(アイツ)と、全く同じ目をっ……!


「っ……!!!」


 流星は、歯の根が軋むほど噛みしめ――――そして、咆哮する。


「っ――――何で、テメェも、そんなで見やがるっ!!?

 アイツと……と、同じあの目っ!!!!」


《新太……》


 引っ掛かりを覚えたのか、眉根をひそめる『狐』。

 しかし、そんなことはお構いなしに流星は自身の中に蠢く怨嗟を叫ぶ。


「クソがっ!!

 その目ェ、思い出すんだよ……!!

 アイツに、焼かれた痛みをよォ!!!!」


《―――――焼かれた?

 ……何だお前、新太と闘り合ったのか?》


「……!!」


《そして、負けたのか。

 ふんっ、相変わらず、()()()()()()


「っ……!!!!」


 ―――――殺す。

 原形すら残さないほどに。


「俺は……、俺はァ、負けないっ!!!!!!!!!!」


 激情に呼応し、昂りを見せる流星の霊力。

 それは、発現事象発動の()に他ならなかった。

 周辺一帯に展開された、数多の光球。

A.A.A.(トリプルエー)P.C.アマテラス』最大の陰陽術発動の僅かな刻の中で―――――。



 流星の左腕が、宙を舞った。



《――――安心しろ。

 ……俺は、アイツのように甘くない》


 背後から聞こえる狐の声。

 振り向きざま、左の肩に生じる

 宮本新太に焼かれた時と同じ、もしくはそれ以上。


 それ以上のが、流星の正常な思考を阻害する。


「っ――――――ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!

 腕がァ!!!!

 俺の、俺の腕がァーーーーーーーーッ!!!!」


 ない、ない、ない、ない、ない。

 そこにあるはずのものが、ない。


 右手は虚しく虚空を掻き、滴る鮮血だけが、ただ流星の右手を汚す。

 何度確認しても、()()にあるのは夥しい量の血液―――――。


「っ―――――!!」


 そして。

 背後に佇む『狐』の手に握られた、()()

 それが()であることを認識するのと、『熱』が『()』に変化するのは、ほぼ同時だった。


「っ―――――ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 制御を失い、昂った流星の霊力が暴走―――――。

 光球からは陽電子の奔流が照射され、捲れたコンクリートの地面や、復旧作業が進められていた中央区を焦がす。

 抉られた地面からは水道管や地中に埋められた電気供給のパイプ状のモノ―――――インフラの基点が露出し、ショートを始めている。

 陽電子砲のいくつかは傍らの清桜会本部へと吸い込まれ、先の戦闘のごとく炸裂音と共に着弾点から倒壊を誘発する。


「はぁ……、はぁ……!!」


 体温が急速に低下していく感覚を、流星は味わっていた。

 激痛でトびそうな意識を全身を纏う霊力で誤魔化し、無理矢理立ち続けていた。


《お前は、……()()


 流星のすぐ隣で聞こえる声。

 それは、神経を逆撫でするような。

 嘲笑をはらんだ、性質を内包していた。

 目の前に投げ出される―――――それ。

 切断された自身の左腕が視界に入った。


 同時に、流星の中で()()()()



「っ―――――ははっ」


《……?》


「ははっ……ははははっ!!!」


 硝煙と砂煙の入り混じる中、反響する笑い声。


「……仕方、ねぇよな」


《……》


「俺の方が、お前よりも、よえぇんだ。

 ()()()()のは、仕方ねぇよな」


 流星は、鮮血で濡れた右手を虚空へとかざす。

 何かを掴むような流星の右腕が、発光を始める。


「『狐』、……お前も。

 宮本新太も、俺が―――――」




 殺してやるよ。





「―――――制御破壊(リミットブレイク)







 ***




「総員、本部から撤退……。

 指揮系統を新都第二へ……!

 繰り返します、撤退を……!!」


 流星の発現事象が清桜会本部を穿ち、炎上を始めている各フロア。

 被害状況もろくに掴めないまま、状況を継続することは危険。

 佐伯夏鈴はただインカムへ向かって言葉を発していた。

 ―――――味方であるはずの「北斗」。

 最高戦力と銘打ち、世に出した挙句の果てが()()か―――――。

 ()を視界に入れながら、佐伯は状況を伺っていた。


 第三世代(サード)の暴走。

 明智流星が明らかに正気を失っていて、敵味方の区別がついているのかどうかも分からない現状。

 我々が参戦することは、リスクが高い。


 佐伯は人知れず、静かに唇を嚙んでいた。

 式神をその身に宿す。

 神との同化を促す術式―――――。

 ()()は、その代償……?



 ―――――私は、間違ってなどいない。

 そう、進むべき道を確信した、第二次新都決戦での初陣。

 ()()()()()()()、とでも言うの?


「っ……支部長っ!!」


 不意に。

 佐伯の傍らで様子を伺っている、来栖まゆりの金切り声が響き渡る。


 促されるままに、まゆりが指さす方向を見ると。


 声高らかに笑いながら、莫大な霊力をその身に纏い始めている一人の壊れかけの人間、明智流星。

 瞳孔は完全に開かれ、その表情は狂気そのもの。






 ―――――秋人。

 ()()に、人は前へと進めないの?


 ねぇ、教えてよ。

 アタシにはもう、分からない―――――。







 ***





 ()()を、流星は知っていた。

 夏ごろから清桜会正規隊員の間でまことしやかに囁かれていた、人造式神に()を搭載させるための実証実験が行われているという噂。

 ―――――制御破壊(リミットブレイク)

 既存の枠を人為的に破壊し、人造式神を次の段階へ強制的に進める術式―――――。

 支倉秋人(うらぎりもん)が処分されない理由の一つとして、『第三世代』の開発と『制御破壊』の技術開発に関わっていることが大きいらしい。


 ―――――しかし、そんなことは今はどうでもいい。



 なぜならば。




「っ―――――――ひゃはははははははははあっ!!!!!」


 ―――――なんて、心地のよさ。

 全身を包んでいた窮屈だったモノが、外されていく感覚。

 痛みも、熱も、何も感じない。

 あるのは、ただ全能感のみ。



「すげぇっ!!!

 すげぇよ、これェ!!!!!

 こんな()()()()()、何でみんなやらねえんだ!!?」



 急激に、その霊力の総量を増幅させる流星を、『狐』―――――仁はただ冷めた瞳で見ていた。



「これが、『制御破壊(リミットブレイク)』っ!!!

 ……ははははははっ!!!

 殺せるっ!!!

 『狐』を殺せるっ!!!!!」



 再度周囲へと展開される―――――光球。

 しかし、その数は先ほどのではない。

 半径30メートルに及び、『狐』を取り囲むかのように宙へと浮遊。

 回避行動を阻害し、塵殺するがごとき布陣。

 陽電子砲をひとたび発動させれば、周辺一帯が灰燼に帰すことは想像に難くない。


「……俺は、〝王〟!!!

 いずれ「第三世代」を統べ、全陰陽師の頂点に立つっ!!!!!」


《……》


 耳障りな嬌声を発しながら、流星は自身の全霊力を充填。

 その霊力の奔流が、『狐』に牙を向く今まさにその時。





 乾いた音が、辺りに響き渡った。








「―――――――あ?」


 視界が、赤い。

 全てが紅く……。

 何だ?

 急に音が遠く―――――。


 立ち消える光球。

 そして―――――体制を崩し、その場に()()()流星の体。



《……身体許容上限を遥かに超えた力。

 人の手に有り余るモノを掌握しようとするから、()()()()



 仁は、ゆっくりと倒れこんだ流星へと歩みを進める。

 ()()()()()()()()()()()()()()()その様子を、仁は無表情で見下ろす。



《―――――それが、〝王〟とやらの力か?

 制御することもできてないようだけど》



 ―――――紅い視界が、徐々にその明度を落としてゆく。

 水の中にいるかのように、音も聞こえづらい。

 声も、でない。

 体も……動かない。 

 寒い。

 寒い。

 寒い――――――。



《自分を〝王〟と称する奴は得てしてろくな死に方をしない……、どうやら、()()()()()



 昏い。

 何も見え。

 聞こえ―――――。















《……》


 数秒前まで命の宿っていたものが、ただの肉塊へと成り果てる。

 仁は目を開けたまま事切れている明智流星の遺体を、ただ見下ろす。


 同情も、悲哀も、憐憫も。

 その瞳には、何の感情も宿ってはいない―――――。






「――――――仁」


「……」


 名を呼ばれ、ゆっくりとそちらへと目線を送る。

 聞き覚えのあるその声に、仁は抑えていた霊力を熾す。

 焦土と化した地面を、踏みしめながら歩く―――――()()

 それぞれの手には、各々の得物。

 その()()()を、仁は真っすぐに視界に収めた。

 静かな霊力を立ち上らせ、先頭を歩くは黒い手袋を嵌める。

 悠然と仁との距離を詰め―――――そして、仁の間合いの手前で歩みを止めた。



《……》



「……何で、アンタ()()()にいるのよ」



《……》



「一体、どうして?

 ……答えなさいよ」



《……》




「―――――答えなさいっ!!!!!」



 転瞬。

 激情に身を任せた霊力が京香の全身を包み、やがてそれは万物を焦がす紅蓮へとその姿形、組成を変える―――――。

 ―――――古賀家相伝式神、『赤竜』。

 呼吸すらままならない、そんなうねる豪炎を爆発させている目の前の術者から、仁は静かに目線を外した。



《―――――言うことは、何もない》



 ――――――仁の顔へ顕現する、一つの狐の面。

 その面で顔を覆い、仁は再度京香へと向き合う。



「……そう」



 手袋に包まれた京香の手に結ばれる、刀印。




「……だったら、ね」







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