第186話『〝王〟の生まれる日――――』
10月22日火曜日――――14時02分。
新都北区屯田町で清桜会結界構築部と広域探査部が、ほぼ同時に一つの霊力反応を感知した。
感知してから僅か数分後、清桜会新都支部支部長佐伯夏鈴は、すぐに新都全体へ厳戒令を発令。
半径5キロメートル圏内の周辺区域の避難を早々に開始した。
この迅速な対応には、とある裏付けが存在した。
出現した妖と思われる反応は七月二十日、新都に現界した伝説の妖、識別名『大嶽丸』に酷似した霊力出力をしていた。
つまり。
再度『大嶽丸』が現れたか。
もしくは、『大嶽丸』レベルの個体が現界したということを察知。
上記の佐伯夏鈴の判断に繋がった――――。
同時に佐伯夏鈴は現新都支部における最高戦力を小隊として組織。
『北斗』第一星「破軍」、速見幸村。
『北斗』第二星「武曲」、綿矢灯織。
『北斗』第四星「文曲」、嵯峨野樹。
『破吏魔』特別科学技術顧問、支倉秋人。
『破吏魔』隊員、宮本新太。
そして――――非番だった『至聖』、古賀宗一郎。
以上六名を、霊力反応のあった地点へと派遣した。
***
清桜会新都支部内は騒然としていた。
待機室の外――――廊下を誰かが忙しなく走り回る気配。
『破吏魔』も早々に招集され、後は出撃命令を待つだけとなっていた。
「……」
待機室の中にはウチしかいない。
新太さんも秋人さんも出撃命令により、先刻新都支部を出ていった。
虎先輩は結界班に合流。
古賀先輩とまほちゃん先輩は、同じ小隊と招集され、別室待機中。
何が起こる分からない現状、先遣隊とは異なる戦力として本部待機らしい。
「……これで、よし」
支部長からの命令通り、救急パックとウチ専用改造式神数枚を準備。
テストタイプの式神の起動シークエンス諸々の最終調整を行う。
いつ出撃命令が出てもいいように準備を整える、真っ最中。
「……新太さん」
手に持った護符を、強く強く握りしめる。
――――どうか、無事でいてください。
ウチも、すぐに。
昨夜のちよちよとの会話を脳内で反芻し、深呼吸をする。
――――助けるんだ。
ウチが、新太さんを。
不意に。
規則的な音が待機室へと響き渡る。
それがドアをノックする音だと、一拍遅れて気付いた。
「……?
はい、どうぞ」
……誰だろう。
皆、戦闘配置についているはずなのに。
まゆりの声に応えるかのように軋むドア。
その先にいる人物の顔を見て、まゆりの背中に冷たいモノが走った。
「まゆりちゃん……!!
元気だった!!?」
特徴的な金髪に、両の耳に大量に開けられたピアス。
濃紺色の制服は言うまでもない特権階級の証――――。
まゆりを見た瞬間、その眼光は一段と血走り、勢いよく部屋の中へと入り込んでくる。
明智流星――――。
何で、どうしてこんな時に。
「いやぁ、何か大変なことになってるみたいだねぇ……!」
「……明智先輩も、待機命令が出ていたはずですけど」
「……あぁ、何か。
そんなの出ていたねぇ」
背後で流星が部屋に鍵をかけるのを、まゆりは見逃さなかった。
確証はないけれど、嫌な予感がした。
「そんなことよりさぁ、もっと楽しい話しようよぉ。まゆりちゃ~ん」
「……楽しい、話……?」
後ずさりしながら、流星と物理的に距離を取る。
流星の様子が明らかにおかしいのは端から見ても分かった。
普段の軽薄な雰囲気はさることながら、どこか鬼気迫るモノを感じる。
「酷いよね、――――君の彼氏」
流星の鋭い眼光が、まゆりを捉える。
「この前の、演習の事ですか?」
「それ以外無いじゃーん!
本当に酷いことしてくれちゃってさぁ!!」
そう言いながら、スラックスをめくる流星。
両の足に未だに包帯が巻かれ、そこからはじんわりと鮮血が滲んでいた。
「すっごい痛いんだぜ!?
歩くのも一苦労でさぁ……。
無駄に宮本新太が焼いてくれたおかげだよぉ!!」
「それは……」
「ねえねえ、どうしてくれんの?
俺、『北斗』なんだけど……、「清桜会の切り札」って呼ばれてんだけど!!」
そう言いながらも徐々に距離を詰めてくる流星。
後ずさりしようにも、そこまで広い部屋でもない。
「……心中、お察しします」
「そういうのはぁ、いらねぇんだよ!!!」
突如として吠える流星。
その舐め回すような下劣な視線は、まゆりの全身を捉えている。
「……俺を、慰めてくれよ」
「っ……!」
「だって、そうだろうがぁ!!
彼氏の過失は、彼女が責任取るのが相場ってもんだろ!?」
――――この人、正気じゃない。
瞳を血走らせながら、肉体を差し出せと吠える様は、まさしく獣。
「……この部屋は監視されてます。
そういうことをすれば、明智先輩の立場が……」
「んなの、関係ねぇ!!!!」
「……!!」
「俺はぁ、クソムカつく宮本新太に一泡吹かせられればそれでいいんだよ!!
大切な彼女を寝取れば、さすがのアイツもダメージ受けんだろ!!!!」
「……実力で勝てないからってっ……!!」
「るせぇ!!!」
転瞬。
勢いよくまゆりの方へ距離を詰め始める流星。
「ちょっ……!
来ないでよっ!!」
「そういうのも、上がるねぇ……!!」
抵抗するまゆりの両の手を拘束し、そして全身で覆い被さる流星。
霊力を熾し振り払おうとするが、それ以上の霊力でもって押さえつけられる。
腐っても末那識を備えている――――『北斗』。
霊力出力で、一般生徒同然のまゆりが勝てるはずがなかった。
「いやぁ!!
止めてっ!
やめてよぉ!!!」
「っ……うるせぇ口だなあ!!」
片手で簡単にまゆりの両手を押さえつけ、もう片方の手で口を塞がれる。
「~~~~~~!!!
っ~~~!!!」
「大丈夫だって……、すぐ終わるからさァ」
カチャカチャとベルトを外し、そして――――。
「まゆりちゃん……!」
馬乗りになり、流星の体がまゆりに密着する――――。
「ぷはっ……、止めてって言ってんでしょ……!?」
「……止めねぇよ、バァカ!!!」
「っ――――!
嫌ァっ……!!」
制服の上から不躾にまゆりの体を愛撫する、気持ち悪い手。
足を執拗に撫で回し、そして太ももへ這うように移動する。
「や……だ……!
新太さん……助け……!!」
「っ!!!!
うわ、それマジでたまんねぇ……!!!
もっとアイツの名前呼んでくれよ!!」
瞳から涙が溢れてくる。
こんな奴に。
こんなクズに何もできず、なされるがままになっているのが悔しくてたまらない。
唇を噛みしめ、涙ながらに睨むことしかできない力の無い自分がただただ情けない。
「……良い表情すんじゃん!!
最高だよ、まゆりちゃん!!!
アイツのことなんか、すぐに忘れさせてやるからさぁ!!!!」
――――ごめんなさい、新太さん。
これから始める恥辱に耐えるが如く、まゆりは強く瞳を閉じた。
そして。
流星の手が、まゆりのスカートの中へと這おうとした。
まさに、その時。
――――劈くような轟音と、爆風が部屋の中を満たした。
非常事態を告げる警戒音が、鳴り響く――――。
「っ――――!!
一体何だっつうんだよ!!!!」
乱れた制服を元に戻しながら、まゆりの視界に入ってくる風景。
砂塵と吹き飛ばされたガラス片の間を縫って、見える青空。
その先に浮かび上がる、どこかで見たような、真っ白の狐の面――――。
いや、違う。
その白い面をつけた、全身黒い少年を。
「っ――――!」
まゆりは、見たことがあった。
「――――――お取り込み中、だったか?」
面のせいでくぐもった声。
間違いない。
うっとおしいように、砂塵を手で振り払う――――その人物。
「―――――狐……」
清桜会の仇敵であり、まゆりが過去に邂逅した陰陽師がそこにいた。




