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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第五章『驕り高ぶる陰陽師達、“王”を名乗る。』
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第184話『千切れた、アイ』



 あの日、あの時、あの演習の時と同じ冷たい性質をはらんだ瞳―――。

 温度という温度の感じられない冷たさで、新太は虎達の方を見ていた。


「……驚いた。

 何でここにいるのよ」


 眉間に皺を寄せながら、部屋の中へと入る京香。

 そして新太の傍らにあるソファにどっかりと座り込み、わざとらしく目線を逸らす。

 その声には怒気が含まれていて、突然の来訪者に明らかに不機嫌になっているのが分かった。

 その京香の問いに、新太は静かに口を開く。


「秋人さんと、待機室(ここ)で落ち合う約束をしたんだ。

 ただ……それだけ」


「……」


 ピリついた雰囲気を一身に受けながらも、虎ノ介は中へ足を踏み入れる。


「……親父と話したんだって?」


「……」


「随分な物言いだったみたいじゃない。

 ()()もここまで来ると、笑えるわね」


「――――別に。

 育ててくれなんて頼んでいないのは、本当のことだ」


「っ――――!」


 その場に立ち上がる京香。

 瞬間的に沸騰する感情を唇を噛むことで何とか押さえ込み、京香は「……そうね」とだけ返事を返した。

 何を話しているのかは、虎には分からない。

 恐らく……。

 二人の間にある「家族」としての在り方の話であることを察し、自分が出しゃばるべきではないと判断、それ故に虎は口をつぐんだ。


「アンタが何を考えているかは、知らない。

 ……知りたくもない。

 でも、()()に意味はあるの?」


「……」


()()()()()()ことに、本当に価値があるのかって聞いているの。

 ――――私達は……、別にいい。

 アンタのことを、今更どうこう言おうとは思わない」


「……」


 どんなに変わってしまっても、新太は新太だと割り切ることはできる。

 新太(コイツ)とは長い関係だから。

 苦楽を共にした間柄だからこそ、感覚的に分かることがある――――。

 あえて意図的に俺達と距離を置いていることも。

 それが、今の新太には必要なのだと言うことも。

 京香の思いは、虎と同じ――――。

 ――――そう。

 俺達は、別にいい。





「――――どうして、まゆりに何も言ってあげないの?」




 部屋の中を、静寂が支配した。



「アンタ……、彼氏でしょ?

 何も言わないのが優しさ、とか思っているのならお門違い。

 まゆりは多分、今のアンタを、凄く不安に思ってる」


「……」


「アンタが変わってしまった、って。

 何とかしてあげたいって。

 あの子は強いから……、それを外へと出そうとはしないけど」


「……」


「……そうやって、黙っているだけ。

 ()()()()ことが、一番の悪なのよ……!

 自分だけ不幸みたいな顔するな!!

 反吐が出るのよ……、今のアンタの顔を見ていると!!!」


 糾弾する、京香の鋭い目線。

 しかし。

 新太は、それを正面から黙って受け止めているだけ。

 感情のない表情は、動くことがない。


「……何とか言いなさいよ!!

 新太っ!!!」


 力ない新太の瞳が、僅かに揺れる――――。


「――――気持ち悪いだろ」


「……は?」


「記憶が無い奴と、一緒にいるなんて。

 そんな得体の知れない……だったら、距離を置いた方が良い」


「アンタ……、何言って……」


 力なく口角を上げながら、新太は再度京香と虎の方を見据える。

 そして。

 一言。


「――――別れた方が、いいのかもな」


 と、言った。



 転瞬。

 虎の頭に浮かんだのは、寂しげに微笑む一人の少女。

『……新太さんは、今辛いんだと思います』

 連絡すらまともによこさなくなってしまった、自身の彼氏を悪く言うこともなく、ただそれだけ。

 新太のことを一番信じていて、一番心の底から想っている。

 そんな少女の姿――――。


「っ――――!」


 虎の中で、何かが音を立てて弾けた。

 感情を昂ぶらせる京香よりも先に、虎は動いていた。

 固く握られた拳。

 それをただ、目の前のクソ野郎めがけて振り抜いた。


「ぐっ……!」


 背後へと思い切り吹っ飛ぶ新太を見下ろしながら、虎は今しがた頬を殴りつけた右の拳の痛みを感じていた。

 脈拍に合わせ生じる痛み。

 それすらも忘れさせてしまうほどの激情が、虎を支配していた。


「――――いい加減にしろよ、テメェ」


 虎は新太の制服を掴み、無理矢理持ち上げる。


「まゆりが、一言でもそんなこと言ったか!?

 お前を、「気持ち悪い」なんて言ったのか!!!?

 ……そんなこと言うわけがねぇ!!!」


「……」


「別れた方がいいって……それお前、まゆりの前で言えんのかァ!? あぁ!!?

 ぶっ殺すぞ、クソがァ!!」


「……」


 僅かに、吠える虎を見る新太の瞳に温度が宿る。

 そして。

 その場に立ち上がる。


「お前が、一番想わなきゃいけない奴は誰だ!!?

 忘れてるようだから教えてやるよ!!!」


「……お前に、俺の何が……!」


「あぁ!!?」


「何が……、分かんだよ……!!」


 新太は口の端に滲む血を拭いながら、敵意の込められた瞳を虎へと向ける。

 正に、一触即発。


 そんな空気感を切り裂いたのは、京香の嬌声だった。


「まゆりっ!!」


「「っ――――!」」


 虎が咄嗟に視線を向けたその先――――。

 部屋の入り口で佇む、長い黒髪にピンク色のハイライト。

 揺れる瞳で、対峙する二人を呆然と見つめている少女。


 それは正しく、渦中の人物。

 ――――来栖まゆり。

 一体いつから、虎ノ介と新太のやり取りを聞いていたのか。


「まゆり……!」


 虎の叫びに、瞬間的に表情を歪め、そして――――。


「っ――――」


 少女は部屋の外へと飛び出していく。


「京香っ!」


「分かってる!」


 言うが早くまゆりの後を追う京香を確認し。

 そして、虎は。

 目線を下へ落としながら、唇を噛んでいる新太へと向き直る。


「お前は、追わないのか?」


「……」


「どうして、ここで動けないんだよ。

 お前、本当に新太なのかよ……!?」


 虎の蔑むような、すがるような目を受けても尚、新太はその場に立ちすくんだまま動こうとはしなかった。


「――――俺は行く。

 見損なった、ただそれだけだ」


 そして。

 虎ノ介は京香の後を追って部屋の外へと跳びだしてゆく――――。





「……」



 誰もいなくなった部屋で、只一人。

 新太は唇を噛みしめていた。

 何度も何度も、頭の中で反芻させたこと。

 考えても考えても、分からないこと。


 ――――()()、こんな時どうする。



 新太のその問いに答える者は、誰もいない。




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