第182話『四人の小康』
[10月21日(月) 清桜会新都支部第二修練場17:45]
「疲れたぁ~~~」
そんな声と共に、ドサッと地面に横たわる虎先輩。
同時に全身を包んでいた霊力が霧散し、大気中へと溶けてゆくのが見えた。
「おーい!!
ちょっくら休憩にしようぜ~~?」
広い修練場内には、ウチを含めて四つの人影があった。
まず、「制御破壊」の不可逆性問題解消を目的としたテスト式神の試射を行う、ウチ。
そんなウチの目の前で、大汗をかきながら息をあげている虎先輩。
何か、 詳しいことはよく分からないけど結界強度を高めるための修練をしているとか何とか。
前の演習で発動した、反転式神の局所的発現の修練を行っている古賀先輩。
そして――――。
「京香様ぁ~~~~~~!!」
黄色い声援を上げながら、手を叩いている――――泉堂学園三年、まほちゃん先輩こと……鷹羽真幌。
まほちゃん先輩は始めて言葉を交わしたあの日以降、破吏魔の待機室をほとんど毎日訪れている。
最初聞いたように、よっぽど『北斗』内の居心地が悪いのかな。
とにかく、まほちゃん先輩は時間があれば差し入れを片手に、世間話をしに顔を出していた。
そして、今も何やらビニール袋持参でわざわざ修練場まで来てくれている。
……今日は何をもってきてくれたんだろ。
微かな楽しみとなっているまほちゃん先輩の差し入れに思いを馳せていると、再度虎先輩の声が修練場内に響き渡った。
「……おーい、古賀ァ!!
俺、疲れた~~~~」
「……一人で休めばいいのに」
そう言いながら霊力の充填を解除している辺り、古賀先輩は優しいな、と思う。
ウチの方も大体のデータは取れたし……、虎先輩の言う通り休憩にしてもよさそう。
「皆、お疲れ様ですっ!」
そう言いながら手に持ったビニール袋の中身を渡してくれる、まほちゃん先輩。
そして、中から一つずつ手渡してくれる。
「……あ、コレ……!」
「おっ、まゆりちゃん分かる~?
新作なんだけどさ、すっごく美味しかったんだよね!」
まほちゃん先輩から渡された、それ。
栗やら芋やらの可愛いイラストがプリントされたカップ状のもの――――。
それは間違いなく、ウチも行きつけの大手飲み物チェーン店の飲み物に他ならない。
というか、普通に飲みたかったやつだよ、これ……!
秋の新作が出てるのは知ってたけど……、まだ飲んだことはなかったから嬉しい……!!
「えー、まほちゃん先輩ありがとうございます!!」
「……?」
テンションが上がっているウチに対して、首を傾げている古賀先輩。
こういう俗っぽい飲み物やファストフード類は、確かに古賀先輩には合わないように感じる。
そもそも、店にも行ったことも無さそう……。
「虎君もどうぞー」
「……あざす。
新作っすかぁ、アンテナ高いっすね~~~」
「甘いもの好きなんですー」と言いながら、人懐っこい笑みを浮かべるまほちゃん先輩。
可愛いなぁ……。
人当たりも良いし、気遣いもできる。
オマケに笑顔も素敵。
とてもじゃないけど、あの『北斗』のメンバーとは思えない。
『北斗』はアクも強く、自信もプライドも兼ね備えた集団――――明智流星のような猿はともかく、他の人もあまり良い噂は聞かない。
きっと、「まほちゃん先輩」は唯一と言ってもいいほどの良心なんだと思う。
「……あ、美味しい……!!」
ストローで吸うと、口の中には栗とサツマイモの濃厚な味が広がる。
アールグレイティーベースに、カスタードとか芋のペーストとか……キャラメリゼされたサツマイモ本体などなど、とにかく色々と重ねて層になっているらしい。
でも、百聞は一見にしかず。
……ウチ、これ好き……!
「これ美味いっすね!
何か甘くて良い感じっす!!」
いかにも「バカ舌」という感想を嬉々として語る虎先輩。
こんな人に飲ませるのはもったいない……、とウチは人知れず思ったけど、さすがまほちゃん先輩。
虎先輩へ満面の笑みを返しているのは、もはや人の良さというレベルじゃない。
例えるなら……女神?
全てを包み込んでくれる……、慈悲深い女神……。
「京香様のお口に合えば幸いですっ!!
どうか、どうかご賞味くださいっ!!!」
――――これが無ければ、もっと素敵な人なんだろうけど……。
ストローに口をつけようかつけまいか躊躇っている様を、「……可愛い……!!」と目を輝かせながら見守っている。
それはまさしく、限界オタクそのもの。
「……あの、そんなに見られていると、飲みづらいんですけど……」
「っ……ごめんなさいっ!!
どうしても「秋の濃厚栗&安納芋キャラメルラテ」を飲む京香様、という一大レアショットを視界に入れたくて!!!
いやでも、それは他のファンクラブ会員からしたら重篤な反逆行為っ……!!
どうすればいいのっ!?
一体、私はどうしたら!!?」
頭を抱えながらあーでもないこーでもないとブンブンと振っているまほちゃん先輩。
端から見る分には可愛いんだけどなーー……。
しかし、そんな自分に注目していないこの状況をチャンスと思ったのか、意を決して古賀先輩はストローから中身をすすり、口に含んだ。
「……!!」
転瞬。
古賀先輩の大きい瞳が大きく見開かれる。
煩悶するまほちゃん先輩に対して、ウチと虎先輩は固唾を呑んでその様子を見守っていた。
鬼がでるか……蛇が出るか……!
「お」
「「……お?」」
「お、美味しい……」
驚いたように手に持ったカップを凝視する古賀先輩。
そして、間髪入れずにズコーズココーと何度もストローを吸い始める。
一心不乱に甘い甘いラテを口の中へ流し込む古賀先輩。
その横で、未だ悶えているまほちゃん先輩。
目の前の混沌とした様子を横目に、虎先輩とアイコンタクトをとると。
虎先輩は半笑いを浮かべながら、やれやれと首を振る。
「鷹羽先輩、これどこで売っているんですか……!?」
「……へ!?
あ、え、えっと……。
買ったのは南平橋駅前ですけど……。
お店自体は色んな所にありますよ?
チェーン店なので……」
怖い……、怖いって……。
あまりの形相で詰め寄る古賀先輩に、まほちゃん先輩は若干引いていた。
「チェーン店……!?」
ドッギャーンと、古賀先輩の背後に雷のエフェクトが走った。
「こんな美味しいモノが、チェーン店……!?」
カルチャーショック。
まさにそう言わんばかりに目を見開き、わなわなと手に持ったカップを震えさせる古賀先輩。
「……」
手元のカップを口につけながら、そんな古賀先輩へ訝しげな視線を向ける虎先輩。
「お前さぁ……」
「?」
「いつまで、鷹羽先輩って呼ぶの?」
「え……?
何、いきなり……」
それは古賀先輩も予期していなかった質問だったのか、瞳を右往左往させながら、明らかに焦っている様子。
まぁ……、虎先輩の疑問も、確かに……。
古賀先輩は頑なに、「鷹羽先輩」という呼び名を変えることはない。
知り合って一週間とはいえ、そこそこ言葉も交わし、その人となりも分かってきた今も。
「まほちゃん先輩でいいじゃん。
本人が良いっつってんだからさ」
「いや……、でも……。
さすがに先輩をそんな……」
律儀なのか、何なのか。
これまでにそんな砕けた呼び方をしてこなかったのか。
頬を赤らめて、「失礼じゃない……?」と口の中でモゴモゴと言い訳をしている先輩は、戦闘時に見せる気品に満ちた凜々しい姿ではなく、年相応の女子――――といった感じ。
「ねぇ?
まほちゃん先輩。
古賀にも、そう呼んで欲しいっすよねぇ?」
「呼んで欲しいです」
食い気味。
当の本人は目を赤く充血させながら小鼻を広げ、はぁはぁと呼吸を荒げている。
「ほらほら、本人のお墨付きだぜ?」
「……!!」
もう「まほちゃん先輩」と呼ばなければ、終われない。
そんな空気感の中、古賀先輩は躊躇うように口を開く――――。
「ま……」
「「「……!!」」」
「まほちゃん……先輩」
「――――――!!!!!!」
顔を赤くした古賀先輩が、手で顔を覆いその場にしゃがみ込むのと。
鼻から鮮血を滴らせたまほちゃん先輩が床に倒れ込むのは、ほとんど同時だった。




