第180話『竜笛』
「――――『破吏魔』の皆と、お近づきになりたくて」
妙な緊張感で包まれていた待機室の中。
呆気にとられていたのはウチだけじゃないと思う。
虎先輩も古賀先輩も目をまん丸にして、まほちゃん先輩を見ていた。
「「「……」」」
「……」
――――今、何て?
聞き間違い?
真穂ちゃん先輩から返ってきたのは、予想とは180度違う答え――――。
「あっ、でももちろん京香様と抜け駆けして仲良くなろうとしているわけじゃないよっ……!?
それはファンクラブの鉄の掟で禁止されててっ……」
顔を真っ赤にしながら、両の手をパタパタと振っているまほちゃん先輩。
咄嗟に「可愛い……」という場違いな感想が浮かんだけど、ウチ以上に混乱していると思われる古賀先輩がそれを遮った。
「鷹羽先輩……、ふざけないでください。
私は真剣に話をしているんです」
「ふざけてなんか……!!
京香様は、いつも修練場に籠もってるって聞いてたから……、今がチャンスだと思って……」
尻すぼみに言葉が弱くなる。
確かに……、古賀先輩と新太さん達が清桜会の修練場を連日連夜貸し切っているのは、有名な話。
一般の隊員の間でさえも耳にする機会が多いのはウチでも知っている。
そして。
古賀先輩が、待機室にいることがそもそも珍しい現状。
いやそれにしても……、たまたま古賀先輩がいる時にかち合う?普通。
「……『北斗』の人たち、怖いんだもん。
二年生は、自分達よりも下の序列の私のことを無視しているし……。
それに幸村君達も……、話しかけづらいし……」
「だから、寂しさを紛らわすために、俺らと親交を深めようってか?」
「……そ、そう!!
虎君凄い!!」
ズビシッと虎先輩を指さすまほちゃん先輩。
しかし、そう言う虎先輩も、未だに訝しげな視線を向けていることから、まほちゃん先輩の言っていることを一から百まで信用している……というわけではなさそう。
「私が『北斗』っていうのも、立場的に信用できない気持ち、分かるよ?
でも……それ以上の説明ができない……というか。
それが全てって言うか……」
再度目線を下に落とし、まほちゃん先輩の言葉尻が小さくなる。
その幼い見た目も相まって、ウチ達が何か悪いことをしているような気になってしまう。
「……」
「……」
「……」
そして、再び訪れる静寂。
皆一様に口をつぐんで、誰かが話始めるのを待っている……そんな様子。
「……」
――――知り合いになりたい。
それは別にウチは良いと思う。
話した感じ、他の『北斗』と違って悪い人じゃ無さそう。
ウチ達の前だから猫を被っているのかも知れないけど……、偉そうに他人を見下している流星とはえらい違い。
……それが信用するに足るのかと聞かれれば、それは……。
「――――古賀ァ、別にいいんじゃね?
そこまで警戒しなくてもさ」
「……!」
その言葉に、伏せていた目を上げ、驚いたように虎先輩を見やるまほちゃん先輩。
それは隣に座っている古賀先輩も同様。
ただでさえ大きい目をこれでもかと開き、パチクリと瞬かせている。
「……まほちゃん先輩は悪そうには見えねぇよ。
だって、そうだろ?
腹づもりを探るのもめんどくせぇ」
溜め息をつきながら足を組み、先ほどまでの疑いの表情から、諦めたような笑みを浮かべている虎先輩。
「先輩が、俺らと仲良くなりてぇって言ってくれてんだ。
だったらお言葉に甘えようぜ~」
「それは……」
「元々『破吏魔』は『北斗』の直援部隊、仲良くするのが本来在るべき姿だとも思うわけよ。
ところでさ、まほちゃん先輩って、学園の購買行く~?」
「……えぇ?
まぁ、たまに行くかなぁ……?
特製オムチョリソーパン好きだし……」
「マジで!?
俺もオムチョリめちゃ好きよ!!?」
「え、虎君も!?」
そうして、目の前で他愛もない雑談を始める二人。
ウチは……どうしよう。
普通に交ざりたい気持ちもあるし……。
何だか楽しそうだし……。
「……」
何気なく、隣に座っている古賀先輩を見ると、現在進行形で難しそうな顔をしている。
不機嫌、というわけではなさそうだけど、ウチと同じく「どうしたらいいか分からない」といった感じ。
深く刻まれた眉間の皺から明らかに納得のいっていない古賀先輩。
「まゆりちゃんは?
購買とか普段行くの??」
「あっ……こ、購買、ですか……?」
急に話を振られて、ドギマギ。
辛うじて咄嗟に頭をフル回転させ、「えー……と、スペシャルメロンパンとか好きですけど……」と答える。
すると、「私もそれ好き!」と言う声が部屋中に響き渡った。
「……古賀ァ、お前は購買のパン、何好きなんだっけ?」
「……へ?
あ……、えっと……」
古賀先輩もまさか自分に矛先が向けられるとは思っていなかったのか、複雑な表情のまま、目線を右往左往させている。
見た感じ、このまま話に参加するのか、それとも警戒を続けるのか、葛藤の最中――――。
最初こそ、こめかみを押さえながら難しい顔をしていた古賀先輩だったけど、やがて諦めたのか……深いため息を一つついた。
「……ウニパン」
「え」
――――変わり種すぎ。
場が凍る、とはまさにこのことなんだ――――と、ウチは苦笑いを浮かべた。
***
[同刻 清桜会新都支部第三修練場]
「――――例のモノだよ」
そう言いながら支倉秋人が差し出したのは――――一振りの日本刀。
それはまさしく、数日前に荒れた近衛の家で新太が見つけた式神に他ならなかった。
「とにかく、風化が酷い。
錆びた刀身やら柄やら……修繕できるところはできる限り、原状回帰を試みた」
「……ありがとうございます」
差し出された日本刀を受けとると、重厚感のある重さが新太の右手にかかる。
「近衛奏多」に繋がるものの可能性を捨てきれず、こうして支倉秋人に解析を依頼したのは『北斗』との演習前のこと。
しかし。
今しがた式神を手渡した支倉秋人の浮かない表情から察するに、あまりよい返事は聞けなさそうであることを、新太は半ば直感的に悟った。
「――――機構、及びその術式に至るまで不明。
それが現段階で僕の出せる結論だ」
「……」
「……現代陰陽道では解析不可能。
それを作った古の者達の技術の結晶にして、まさしく――――秘伝。
故に発動することすら、僕には叶わなかった」
「君なら別かも知れないけどね」と、秋人は付け加え、新太の手に握られた日本刀を一瞥した。
「……」
「――――最後の検証だ。
新太、それを発動してみてくれ」
「……!」
「特定の人物、霊力にのみ発動しうる可能性は捨てきれない。
君の古巣にあったというのなら……もしかしたら」
「……」
新太は自身の手に握られた日本刀へと視線を落とした。
「竜笛」。
そう、頭の部分に彫り込まれているのは健在。
旧近衛邸で拾った時よりも鮮明に読めるようになった言葉の羅列。
恐らく秋人が直してくれたのだろうが、もちろん新太自身、その言葉の響きに聞き覚えはない。
未知の式神。
現代陰陽道では解析不能。
「近衛奏多」へと繋がる一縷の望みをかけて、こうして持ち帰り、秋人へ解析を依頼した。
この式神が、何をもたらすのか。
新太に今後、何を明示してくれるのか――――。
「――――『竜笛』、発動」
新太の霊力が滾り、そして。
日本刀へと収束を始める――――。
その様子を見ていた秋人は、唇を湿らせながら口角を上げた。
――――新太の霊力に反応している。
やはり、僕の仮説は正しかった。
「――――!」
淡い光で包まれる刀剣。
鞘から抜くこともなく、ただ新太はその光を行く先を見ていた。
新太の心の中を支配してた、感情。
それは純粋なまでの、――――「旧懐」。
温かく、どこまでも心地よい。
そんな新太の全身を包み込む懐かしさ。
「……検体番号、D-14の発動を確認した。
やはり君が、その式神の術者だ」
眼鏡を元の位置に戻し、改めて秋人は目の前で展開されている事象へと思いを馳せる。
「特別」の式神の中には特定の術者にのみ、使用を認可する術式が存在する、ということを知識として知っていた。
しかし、こうして実物を見るのは始めて。
……霊力だけじゃない。
恐らく使用者本人の遺伝情報なども、発動条件に組み込まれているのだろう。
「――――!」
目の前の少年は、手に持った式神を驚いたように見つめている。
発動へと至った以上、『竜笛』の使用者はこの「宮本新太」。
発現事象を扱うにはもっと研究を進めていく必要があるとは思うが……。
「秋人さん」
「……ん?
何だい?」
「これ、使ってみても、いいですか?」
唐突にそんなことを言う新太に、秋人は思わず吹き出してしまった。
「……発現事象は式神への解釈を深めなければいけない」
「それは、君もよく知っていることだろう?」そう言いかけたところで、秋人は言葉を失った。
なぜならば。
「――――っ!」
新太の霊力が収束し――――そして掌に顕現する、一つの球状の何か。
情けない表情をしていたのかもしれない。
「霊力」という無形の存在から物質を創り出すその様に秋人は全身に悪寒が生じるのを感じた。
――――有り得ない。
発現事象を発動させた、ことではない。
眼前で巻き起こっている事象に対して、である。
支倉秋人は、陰陽師として非凡な才をもつ。
それは戦闘技術もさることながら、式神に対する深い造詣をもつという意味でもあった。
「こんな……、ことが……」
「霊力」の物質化は、これまでの歴史の中で観測されたことがない唯一無二の事象。
それを、秋人は目の当たりにしていた。
――――俺は、コイツの使い方を、知っている。
新太の手に握られた、一つの球。
何の変哲もない、特別な効力もない、ただの「玩具」として存在するモノ。
何度も創ったから、分かる。
でも、どうして。
どうして、俺はそれを知っている?
恐らく――――「近衛奏多」だった頃の、記憶。
その残滓が、この現象を生み出して――――。
「――――面白そうなことを、しているな」
「……!」
突如として修練場内へと響き渡る声。
声の主は、その姿を見れば一目瞭然だった。
新太達の方へと腕を組みながらゆっくりと歩みを進める、痩身の男性。
その佇まいからは、並々ならぬ貫禄を漂わせていて、それは秋人も既知の人物。
「……父さん」
古賀家現当主にして、新太の育ての親。
――――古賀宗一郎。




