第177話『盛者必衰』
「お前……、なんで……!!」
「……」
揺れる視界を気力で固定し、何とか眼前に屹立する怨敵を見据える。
目立った外傷はおろか、制服すら汚れていない。
嘘だろ。
零距離の「弾光」だぞ……!?
たったあれだけの霊力出力で防げるはずが……!!
「……対陰陽師相手における戦闘では、最大霊力出力を気取らせないために、常に一定の出力を心がける」
「……!!」
「お前が、勝手に俺の上限を決めつけた。
――――――ただそれだけのこと」
「なっ……!!」
―――――なんで、テメェにそんな講釈を……!!
「っ……!!」
歯を食いしばりながらも、流星は自身を諫める。
―――――落ち着け。
時間を稼げ。
仮に。
宮本新太が言っていることが全て真実だとしても、遠距離での制圧力では俺が圧倒的に上……!!
光閃を回避されても、俺自身、余力はまだある。
持久戦に持ち込みさえすれば勝機はこちらにある……!!!!
「……へぇ、凄いな。
一体誰からそんなことを教えてもらったんだ?
俺も是非、ご教授願いたいねぇ……!」
「……」
宮本新太に、流星の軽口に応える素振りはなかった。
一瞬の逡巡の後、新太はとった行動。
それは。
「……」
式神の解除――――――。
その手に握られた黒刀が跡形もなく消失し、その代わりに宮本新太の手に二枚の護符が出現する。
「っ―――――!!」
―――――もはや、式神を使うまでもないってか……!!
舐められている。
完全に、下に見られている。
その暗い瞳の中に、流星を嘲笑するような性質の色は見てとれない。
しかし、明らかに込められている感情がたった一つ。
それは、―――――「哀れみ」。
「……!!!!」
それに気づいたとき、努めて自身の冷静さを失わないよう自信を諫めていた流星の感情の制御が外れる――――。
「テメェ……俺を……!!
っ……上等だァ!!!!」
―――――俺は、君臨者。
次世代の〝王〟―――――。
それなのに……!!!
感情の爆発、それは付随して霊力の出力を大きく向上させる。
既に流星の視界はクリアに研ぎ澄まされ、一度は乱れた霊力も元の出力を取り戻していた。
〝王〟に反逆する不敬の輩を血走った目で以て凝視し、脳内で確殺の手順を反復する。
「俺だ……」
「……」
「勝つのは俺っ!!!!
俺でなくちゃいけないんだぁぁぁぁァァァァァァァ!!!!!!」
転瞬。
術者である明智流星を中心として、数多の光球が結界内を覆いつくした。
その数、百八―――――。
他でもない。
現段階の明智流星に成せる、最大最高の式神操演。
「……」
視界のどこを見ても、眩い光球が浮遊している。
もしも。
この数多の光球一つ一つから陽電子砲が発されるのであれば、安全地帯は存在しない。
それは、全方位なんてものじゃない。
結界内全空間を陽電子で満たしうる陰陽術になることは、新太には容易に想像がついた。
「―――――『六合』×『蛍丸』同調」
「……!!」
再度宮本新太の右手に一振りの日本刀が顕現するのを、流星は見逃さなかった。
先ほどは漆黒の刀身をしていたが、今手に握られているのは朱く輝く灼刀。
―――――だからなんだ……!!
今更何をしようとも、もう遅いんだよ……!!!
「っ―――――!!!」
流星は刀印を結び、陰陽術の発動を促す。
しかし、ついぞ陽電子砲が発されることはなかった。
なぜならば。
「…………え?」
燃えていた。
明智流星の左腕から豪炎が噴き出し――――その身を焦がす。
「っ―――――あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
―――――熱い。
熱い……!!!
熱いィぃィぃィィィィィィィィィィィィ!!!!
これまでに体験したことのない痛みに、ただ流星は吠えることしかできなかった。
「……」
視界を埋め尽くしていた光球が、一つ残らず立ち消えるのを確認すると新太はゆっくりと流星へ歩みを進めた。
「消して、くれっ……!!
頼む!!
消してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!!!!!」
「……」
流星がその場に崩れ落ちるのと同時に、その左腕を焦がしていた豪炎がたちまち霧散する。
「あっ……、あぁ……!!!」
左腕からは白煙が立ち上り、未だにその部位が熱を帯びていることが分かる。
流星は燃焼箇所と新太を交互に凝視し、そして――――背後へと後ずさる。
「うっ……クソがァ……!!!!
俺は、俺は……上に立つ者っ、お前らの頂点に君臨する……第三世代だぞ!!!!」
その目からは大玉の涙が零れ落ち、霊力はとてもではないが戦闘になる出力を維持できていない。
ただ、修練場に一連の一幕を見ていた観衆は、皆一様に言葉を失っていた。
「……蛍丸は、少し扱いづらい式神だったんだ」
「……!!」
接近する新太へと注がれる、流星の恐怖を内包した視線。
しかし、そんなことはお構いなしに、新太は言葉を続ける。
「……結界を構築し、解析した対象が結界内を侵した瞬間、自動で発火。
陰陽術自体は、勝敗の決定打になりうる。
でも、発火対象の解析までに有する時間的猶予は懸念事項だった」
「何……言って……!」
「解析までの時間的猶予は、自然発火という高難度の術を成立させる上での制約」
新太は、流星から視線を逸らすことはなかった。
「―――――だから、解釈を変えた。
X軸,Y軸の座標を指定、その直上にある物質全てを発火させる」
「はぁ……!?
意味が、分かんねぇ……!!
それが何だよ!!!!」
未知の痛みに支配された流星の思考は、正常な判断を既に失っていた。
故に、今の流星にできることは、宮本新太から発される言葉を言葉として認識できずに、ただ吠えることのみ―――――。
「お前がのけぞり、地面に伏した時、腕の燃焼は止まった。
『蛍丸』の発火範囲から出たから」
「……チクショウ……!!!
いてぇよ……いてぇ!!!!!」
「――――――蛍丸弐式、『平家火垂』」
猛き者も、ついひには滅びぬ。
ひとへに風の前の塵に同じ―――――。
***
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
修練場内に、流星の絶叫が反響する。
その一部始終を、皆言葉を失いながら見ていた。
支部長が明智流星の戦闘継続が不可能であると判断したのは、新太さんが流星の両の足を焼いた瞬間だった。
「あの馬鹿……!!
こういうのが一番嫌いなはずだったろうが……!!」
唇を噛みしめながら、虎先輩は眉間に皺を寄せていた。
先ほどまで同一人物を応援したとは、とてもじゃないほど思えない変わりよう。
左腕を焼かれた段階で、既に勝敗は決していた。
でも。
新太さんは流星に追撃をした。
相手をただ蹂躙するためだけに陰陽術を使用した―――――。
「……」
まゆりは虎ノ介と言葉こそ交わしていなかったが、同じ思いをその胸に宿していることを確信していた。
―――――アレは。
あの人は、本当に……新太さん?
いつの間にかウチの手は固く握られていて、小刻みに震えていた。
***
「最低ね」
破吏魔の下へと戻った新太を迎えたのは、京香のそんな一言だった。
「……」
しかし。
新太はそれに応えることもなく、京香と秋人の横を通り抜けて、修練場を後にしようとする。
「――――――アンタ、一体何がしたいの?」
「……」
突き刺さるような京香の視線を無視し、新太は式神を解除する。
同時に霧散する霊力。
その残滓を見ながら、京香は小さく舌打ちをした。
―――――たった二人の少年少女に、「北斗」が敗れた。
目撃した者も多く、裏も取れているその情報は本演習終了後、瞬く間に清桜会中を駆け巡った。
絶対的な力、象徴の崩壊。
新都支部の上役の中には破吏魔、「古賀京香」「宮本新太」両名を「北斗」へと昇格させる旨の提言書を本部へ送付した者もいたらしい。
しかし。
それに対し、渦中の両名は断固拒否。
新都支部支部長佐伯夏鈴もあくまでも現状維持を叫び、現体制を変えるつもりはないとした。




