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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第五章『驕り高ぶる陰陽師達、“王”を名乗る。』
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第175話『色狂』





「――――はぁ?」


 流星は、古賀京香によるその蹂躙劇をただ呆然と見ていた。

 ――――「第三世代(おれたち)」と、その他有との圧倒的な差を知らしめるための「演習」という名の公開処刑。

 未だに自身が最上位に君臨していると()()()()()クソムカつく女を、大勢の前で()

 完璧な筋書きだったはず。

 それなのに……何だよ、これ。


 何で。


 何で、()()()()が負けてんだよ……!!




「――――『赤竜』発動」


 言葉を発した瞬間。

 古賀京香の周囲に発生する――――業炎。

 一面の凍結した氷柱に乱反射し、うねりを上げながら周囲を旋回する焔。

 修練場内を支配していた冷気が引き――――それと同時に、全身の汗腺がその役割を思い出したように働き出す。

 急激に上昇する修練場内の気温。

 眼前に顕現した氷の世界は少しずつ、その姿を元の姿へと回帰する。


 そして。

 氷柱が融解し、その場に佇む二人の達。

 両者共に虚無の表情を浮かべていて、瞳の中に渦巻いている感情は諦観、いや――――絶望。

 ただそこに在る無情なまでの結果に、観衆の中の一員と化していた流星同様、ただただ呆然と眼前の焔を視界に収めていた。

 そして。

 若干の熱を残しながら踵を返す、古賀京香。


「っ……!!

 おい!!

 何だよ()()!!!」



 流星は、自分の隣で事態を静かに見ていた支部長――――佐伯夏鈴へと詰め寄る。

 ――――有り得ねぇ。

 有り得ねぇだろ、こんな……!!


「……口を慎んで下さい」


()()()()()じゃなかっただろうが!!

 支部長さんよぉ!!!

 大体、俺らは他の陰陽師連中に劣るはずが……」


 目の前で吠える流星だったが、次第にその語尾が尻すぼみになっていく。

 それもそのはず。

 自分が今しがた噛みついたはずの直属の上司である佐伯夏鈴の両の手が、()()()()()()()ことに気付いたから。

 佐伯夏鈴は第三世代(サードステージ)直属の指揮官であるのと同時に統括責任者。

 このような、呆気ない短期決戦の敗北。

 流星以上の激情をその胸に抱いていることは、想像に難くない。

 だからこそ。

 流星はその心中を悟り、口をつぐんだ。


「……第三世代(サードステージ)は特別。

 それを、が示してください」


 声音にはらむ怒気。

 今、この場において取り乱したいのは他でもない、この女――――――。


「っ……クソが!!!」


「……状況終了。

 医務班、二人をお願いします」


 佐伯夏鈴の声に応え、結界内へと足を踏みいれる医務班。

 そして、未だに呆けたままの二人へと声をかける。


「……」


 流星は、今しがた結界内へと足を踏み入れた医務班の後を追うようにして、前へと歩みを進める。


 ――――――俺が負けるわけねぇだろうが。

 相手は元々の雑魚だぞ?

 それよりは多少マシにはなった……という話は耳に入っていたが、所詮俺達に比べたら()()に変わりはない。


「……!」


 晴臣と目が合う。

 どこか気まずそうな、複雑な感情を抱えている。

 そんな性質の視線―――――。


「……ごめん、りゅうせい。

 アタシ達……」


「……」


 目を大きく見開きながら言葉を紡ぐ、栗色の髪の少女。

 しかし、二人の姿は既に流星の視界に入ってなどいなかった。


「っ……、宮本新太ァ!!!」


 未だに若干の冷気が充満する修練場の地を踏みしめながら、自身の抱える感情を発散するかのように流星は対岸へと大声を張り上げた。


「……()()()()!!!

 ぶっ殺してやるよ!!!」


「……」


 流星のその咆哮を、熱のない瞳で以て応える――――茶色がかった髪色の少年。

 その手には、互いに色の異なる()が握られている。


「……人語を覚えたてのがお呼びよ」


 新太の傍らに戻ってきた京香が、顎で流星の方へと促す。

 唾を飛ばしながら叫び、現在進行形で青筋を浮かべている……これから一戦を交える相手―――――明智流星。

 妖を対峙する姿は、あの日、あの時に新太の視界に焼き付いていた。


「……」


 新太はゆっくりと、明智流星へ歩みを進め始める。

 その脳裏でリフレインする、先日秋人と交わした会話――――――。





 ***



「―――――以上が、第三世代(サード)の実態だよ」


「……!」


 指導者(メンター)の支倉秋人から語られたのは、傍若無人な第三世代の悪行と重ねているの数々。

 にわかには信じがたい言葉の羅列に、嫌悪感よりも先に秋人の冗談であることを疑った。


「これらを許容しているのが―――――現清桜会。

 そして、そのトップ……佐伯夏鈴」


 伏目がちに、そう話を閉じる秋人。

 ――――――話の内容こそ理解できる。

 清桜会が第三世代(サード)の横暴を見て見ぬふりをするしかない

 それは……。


「彼らしか、妖に対処できない現状があるからね」


「……」


 ―――――それは、分かっている。

 だとしても。

 人を守るはずの存在である陰陽師が、自ずからそのような非道な行いをしていいはずがない。

 第三世代の存在意義を天秤にかけたとしても、守らなければいけない矜持があるはずだ。

 そして。

 同時に新太の心中に芽生えたのは、眼前の人物への失望―――――。


「……どうして、第三世代(サードステージ)なんかを認可したんですか」


 ―――――明確な力の誇示は、個の増長を生む。

 目の前のが、それを予期できなかったわけがない。

 責めるような性質をはらんだ新太の目線を、真っすぐ正面から受け止め、秋人は軽く息を吸う。


「……何でだろうね」


 秋人はただ静かに、手に持ったペットボトルへと目線を落とした。

 その心中を、新太は読み取ることができなかった。


 ***



 医務部に晴臣たちが運ばれていくのを確認すると、結界内は新太と流星の二人だけとなった。

 その邂逅を邪魔する者は誰もいない。

 二人だけの空間が、ただそこにはあった。


「―――――本当なのか?」


「……あ?」


 唐突に切り出された、会話の糸口。

 当の本人である新太は、無表情で地面に目線を落としたまま―――――。


「……何の話だよ」


 流星の眉間には青筋が現在進行形で浮かんでいて、先ほどの仲間の大敗に続き、急に訳の分からないことを問われたことに対するイラつきが見て取れる。

 そんなことは構わずに、淡々と新太は言葉を続ける。


「お前らの、()()

 真実かどうかは分からないから、今、聞いた」


「んだよ、()()()()()か」


 転瞬。

 今の今まで激情を抱いていた流星の表情が僅かに緩み、そして卑しさを内包した笑みへと変容する。


「……最っ高。

 第三世代様々って感じだ……!」


 その言の葉が意味するのは――――――。


「……本当、なんだな」


 新太の手に握られた護符が、くしゃりと音を立てて握りつぶされるのを、相対している流星は気づかなかった。


「俺達が正義……!!

 世間では救世の陰陽師扱いだ!!!」


「……だから、何をやってもいいと?」


「ったりめぇだろうがぁ!!

 こちとら命助けてやってんだ!!

 ちょっとは()をよこせって話だろ!!」


「……」


 吠える流星を、未だに新太は直視することなく、ただそこに佇んでいた。


「……大体、なんだ? てめぇ。

 雑魚のくせに、何俺と対等に口利こうとしてんだよ。

 その無表情も気に食わねぇ……」


 ―――――を前にして、臆する様子も見えねぇ。

 一見、感情の揺れ動きの感じられない新太に、再度不機嫌そうな表情を浮かべる流星。

 しかし、不意に流星の頭をよぎったのは、もう一つの()()()()()()―――――。





「……まゆりちゃんも、馬鹿だよなぁ。

 ()()のために、()()()起こすなんてよぉ」




 ――――――……!!!


「……ははっ、ようやくこっち見やがったな」


 来栖まゆりの名前を出した瞬間、新太は真っすぐに流星を見据えた。

 ――――――つまりは、()()()()()()


「……あの一件で、俺のダチもまゆりちゃんにボコボコにされてさぁ……。

 そりゃあ酷い状態だったんだよ。

 それが、お前みたいなクソ雑魚を決勝に行かせるためだったってんだから、驚きだよなぁ!!」


 明確な悪意を以て新太へと放たれる、挑発。

 流星は、感情の機微のない、目の前の格下を徹底的に嘲笑し……逆上を誘う。


「……まゆりちゃんみたいな子、オマエにはもったいなさすぎる」


 流星は何か考え込む姿勢をつくり、そしてわざとらしく「……そうだ」と口の端を上げる。



「――――――俺が勝ったら、()()()()()()()()()()()()()()()



「そうだ! それがいい!!」と大仰に手を広げ、堪えきれないというように笑い出す流星。

 にわかに修練場内を響き渡る流星の嘲笑。

 どこまでも愉しそうに目の前の少年を嗤う、品性の欠片もないその姿を、周りの観衆はただ静観していた。


 ――――――まぁ、別にそんな取り決めを交わす必要はないんだけど。

 欲しくなれば、()()()()だけ。

 ()()なら今この瞬間にでも、自分のモノにできる。

 土壇場で流星の頭に浮かんだ一つの


「……それじゃ、面白くねぇよな」


 体だけでなく、も欲しい。

 恐らく、今もこの修練場のどこかにいるはずの「来栖まゆり」に、彼氏である宮本新太の()()()

 第三世代として圧倒的なまでの差で以て、蹂躙する。

 そうすれば、きっとまゆりちゃんも……俺のことを認めてくれる。

 目の前のこの宮本新太(クソ)なんてすぐに捨てて、俺と寝てくれる。


 そうだ……!


 俺は間違っていないっ!!!



「ふひっ……!!」



 まゆりの艶やかな肢体を想像し、流星は下卑た笑みを浮かべる。

 これまで拒絶してきた女が、屈服し、その身を自ら差し出す……!!

 ――――――最高だ。

 最高のシナリオ……!!



「……来栖が、欲しいのか? 

 お前」



 次々と変わる流星の表情を、新太はやはり冷めた目で見ていた。



「……ははっ!!

 いっちょ前に彼氏面かァ!?

 もう遅ぇよバァァァァァァカ!!!

 ブン嬲り確定!!!

 死ぬギリギリのところを攻めてやるよォ!!!!」



「……」



 転瞬。

 流星は、自身と匹敵する―――――いや、遥かに凌駕する霊力の奔流を感覚的に感じた。

 始めは、先ほど戦闘を終えた古賀京香の霊力残滓を感じ取ったのだと思った。


 しかし――――――。



「……俺を嬲る、か」



 ――――――……!!!

 自身と対峙する男から、見たことのない()が溢れ出すのとほとんど同時――――――。

 それまでほとんど沈黙を貫いていた宮本新太の口が、静かに動く。



「――――――嬲られんのは、テメェだよ」







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