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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第五章『驕り高ぶる陰陽師達、“王”を名乗る。』
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第168話『擦れ、違い』



 同刻。

 清桜会新都支部第一尋問室。

 薄暗い部屋の中に、二つの人影。

 一人は小さな椅子に腰掛ける男性――――支倉秋人。

 もう一人は、秋人に背を向け、腕組みをしながらテーブルに寄りかかる白髪のパンツスーツ姿の女性――――清桜会新都支部支部長、佐伯夏鈴。


()、話すつもりはないの?」


「……話す?

 僕はもう洗いざらい話したつもりだけど」


「……アンタが、清桜会(アタシ)達を裏切っていたことは分かった。

 でも、何で?

 何でそんなことをしたの?」


 ――――――夏鈴の攻めるような目線の中に、すがるような色が見える。

 恐らく、僕の返答から、情状酌量の余地を何とか見出そうとしている。

 甘さを捨てたようで、まだまだどこまでも甘い。

 ()()()、僕一人切り捨てられないなんて……。


「……連日の徹夜で寝ぼけてた。

 重役だと思って話した相手がたまたま『狐』だったんだ」


「……ふざけないで。

 そういうのはいい!」


 夏鈴は語気を荒げながら、しばし僕の方を睨めつけていたが、やがて諦めたのか大きな溜息とともに対面の椅子に腰かけた。


「僕の性格を分かっているだろう?

 ……夏鈴」


「……知ってる。

 アンタって意外と頑固だもんね。

 それに向こう見ず」


 呆れたようにそう言う夏鈴の仏頂面を見ながら、秋人は静かに微笑んだ。

 お互いに肩書きが与えられ、どんなに遠くに来てしまっても、二人になればいつでも()()へと戻ることができた。

 でも、そんな僕らの関係を僅かに邪魔をする()()

 互いの信念や目指す道は、――――不変ではない。

 常に変化が生じ、その過程で秘めなければならないものもある。


「『狐』は敵。

 どうしたってもう……それは変わらない」


「……」


 もはや遠い過去の話のような気がする。

 支部長室で、『狐』へ清桜会への協力を懇願した、あの日あの時。

『狐』は……いや、黛仁は清桜会への情報を欲しがっていた。

 僕も、この「旧型」との戦争を何とかしてくれるのではないかと思い、仁の願いに極力協力の姿勢を見せた。


「『狐』はあの時、()を欲しがっていた。

 あれはどうして?

 アンタは知らないの?」


「……分からない」


 それこそ本人と声を交わすことももう、叶わなくなってしまった。

 いや、直接聞いたところで、仁が本音を喋ることはないだろう。

 徹底した秘密主義のあの少年のことだ。


「……僕は今でも、仁を信じているけどね」


 最初から根拠なんてない。

 信用ではなく信頼。

 この荒れた世を何とかするのは、僕達じゃない。

 次代の陰陽師であると、確信に次ぐ確信――――――。


「……馬鹿じゃないの。

 やっぱりね、夢想家には勤まらないわ」


「……元々、そんな気質でもないしね」


 ハハハ……と情けなく漏れる笑みを、夏鈴は鼻で笑う。

 そして―――――部屋中に訪れる静寂。

 頬をつきながら、こちらへと意識を向けているのは分かるけど、それでも言葉をかけてくることは無い居心地の悪さ。




「……第三世代(サード)は達者かい?」

「……アンタが期待している、()()()はどう?」




 二人とも、ほとんど同時。

 ……レディーファーストかなと一瞬頭をよぎったが、こういう時夏鈴は必ず後手を選ぶ。

 現に、お前が先に言えと言わんばかりに顎でこちらを指している。


「首尾はどうだい?」


「上々」


 目線を逸らしながら、ただそれだけを呟く夏鈴。

 謙遜や強がりなどではなく、ただただ心の底からそう思っていることが秋人には伺えた。


「対(あやかし)としては、破格の性能を発揮しているようだね」


「……間違いなく、彼ら彼女らは新世代の戦力足りうる存在よ」


「……そうか」


 第三世代の配備に()()()()()()秋人は、身柄の更迭と共にその任を解かれ、別の者へと引き継いだ。

 人体を式神の生体ユニットとして運用する故に、定期的なメンテや健康状態の把握が常。

 しかし、今秋人の心中を占めている気がかりは……。


「僕も囚われの身でありながら、風の噂が聞こえてくることがある」


 夏鈴の眉根が、僅かに動いた気がした。


「第三世代の――――――


「……」


「救える部隊を見殺しにした。

 他の陰陽師を盾にした。

 そして―――――救う一般人の意図的な選別。

 その他、権力にものを言わせた犯罪行為等々……」


「……何のこと?」


「……大方、()()()()()()んだろうけどね」


「……」


「君が目指す究極(アルティメット)・ワン……。

 その先にあるのは暴力による圧政、畏怖の対象が『暁月』から『第三世代(サード)』に代わるだけだ。

 それがどんな……「私は」


 最後まで、秋人は言葉を紡ぐことができなかった。




「私は、間違っていない」



 視線を逸らすことで感情を逃がしていた今の今までとは異なり、真っすぐに秋人を見据え、一つ一つ言葉を噛みしめるその様はどこか鬼気迫るものがあった。


「……」


「邪知暴虐の輩を殲滅できるのなら、その人間性なんてどこへでも捨て置けばいい」



 ――――――……。

 それが今の、夏鈴を支える哲学。

 今も彼女を支え得る希望。


 不意に、無音の部屋に鳴り響く機械音。

 電子機器の類を押収されている秋人のものではない。

 この部屋にいるもう一人。

 夏鈴はポケットから清桜会連絡専用のスマホを取り出し、通話口を耳に当てた。


「はい、私です。

 はい……修練場の演習使用?

 『破吏魔』の人間と?

 ……分かりました、日取りを抑えて手配します」


 俄かに騒がしくなる電話口。

『破吏魔』。

 それは現在秋人が籍を置いている部隊の名。

 演習……とその名の通り生易しいものであればいいが、恐らくそうではないだろう。

 秋人たちと戦闘を行いたい者など限られている。

 察するに『北斗』のメンバー……。


 「しかし、忘れないでください。

 貴方達の行動は妖の現界によって左右され……」


 そこで通話を切られたのだろう。

 憎々しげにスマホを見ながら、小さく舌打ちをするのを秋人は聞き逃さなかった。




「……アンタが期待する、()()()はどうなの?

 アタシは彼に期待するのはもう、辞めたけど」


 唐突な話題転換。

 夏鈴的にもあまり突っ込まれたくないことが伺えた。

 

「……」


 ―――――僕が期待を寄せている、もう一人の陰陽師。

 転瞬、脳裏に浮かんだのは、虚ろな目をした一人の少年。

 血戦前よりも格段に式神躁演、十二天将との同調において()に達した宮本新太。

 血戦以降更迭処分となった秋人は、宮本新太の指導者(メンター)として共に修練を積んでいた。


「……彼は間違いなく、我々にとって貴重な戦力だよ。

 後世に名を轟かす術者になると思う」


 秋人はほんの少し躊躇った後に、「……普段の新太ならば、ね」と付け加えた。


「痛々しいよ。

 とてもじゃないけど、見ていられない。

 修練に打ち込むことで、()()()()としている」


「……失った記憶、のこと?」


「多分。

 僕らが想像もし得ないものを、新太は抱えている。

 そして、それは僕らじゃどうにもならないことだ」


「……」


「彼自身が、何とかするしかない。

 自分で乗り越えるしか、先へは進めない――――」



「僕達と同じようにね」と秋人は少し哀し気に笑った。


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