第163話『背信者には、汚名と徒花を』
下記の説明をするにあたって、便宜上、α世界線(基礎世界線)、β世界線(陰陽師の存在しない世界線)と呼称する。
8月25日に勃発したβ世界線での第一次新都血戦、同日α世界線での第二次新都血戦から早一カ月が経過した。
敵勢力である『暁月』を退けたのは、「第三世代」と呼ばれる高校生達である――――――とマスコミが大々的に報道したことにより、世論は新たな世代に胸を躍らせた。
圧倒的なまでの戦果。
既存の「新型」の枠を大きく逸脱する存在感。
それも全て、第三世代が式神との同化によって誕生する生物兵器であるという異論反論から大きく目を背けるためのスケープゴート。
各報道機関に清桜会新都支部支部長佐伯夏鈴の息がかかっていたのは言うまでもない。
全国配備を進める上での障害は、「倫理」を持ち出してくる馬鹿どもであることを佐伯夏鈴は重々理解していた。
8月25日以降、全国で妖の観測が爆発的に増大した。
最初に発見された個体が『暁月』により封印が解かれたものであったことから、一連の異変の元凶を『暁月』によるものであると断定。
故に、対『暁月』特殊殲滅部隊『北斗』へと対処・封印の命が下っていた。
否、真名持ちと呼ばれる妖は、『北斗』でなければ対処不能だった。
時代は移ろいつつある。
「新型」と呼ばれた者たちが「旧型」に代わる――――――。
そんな日も遠くないように思われた。
***
[10月1日(火) 清桜会新都支部 18:45]
数カ月ぶりの泉堂学園の冬服に袖を通した来栖まゆりは、伏し目がちに目的階へのエレベーターに乗っていた。
――――――今日も、足が重い。
行きたい気持ちと行きたくない気持ち半分半分。
ウチに拒否権がないのは分かりきっている。
それでも、いつまでこんな日々が続くんだろう、と思い塞ぐほどには精神的に疲れていた。
目的階への到着を告げる電子音が鳴り響き、目の前の扉が開く。
「……」
いつも通り、ウチはエレベーターを降りて、とある部屋へと向かう。
コツコツとローファーが奏でる無機質な音。
溜息をつくごとに幸せが逃げる、と言うけれど自然にこみ上げてくるものを我慢することはできない。
突き当りの角を右に曲がると突然現れる鉄製のドア。
それが今ウチの所属する部隊の控室。
「っ……」
意を決してドアノブを回し、中へと入る――――――。
そこに広がっているのは、いつも通りの光景。
ウチ専用の研究デスクに、パンツスーツ姿の女性が一人デスクに腰かけてパソコンを叩いていた。
「……本日も、定刻通りですね」
清桜会の見張り役である女性はただそれだけ言い、「では始めてください」と自分のパソコンへと向き直った。
「……」
ウチは色々な部品やら、書物が散乱している机上を一瞥し、再度女性へと向き直った。
「あの……、橘さん」
「何か?」
「皆は……?」
すると女性はため息を一つつき、メガネを指で上げる。
心中を察するに「またその質問か……」といった様子。
「宮本新太、支倉秋人、共に第二修練室。
古賀京香、古賀宗一郎は第四修練場です。
蔦林虎ノ介は結界構築部に合流しています」
「……そうですか」
いつもと変わらない橘さんの返答。
きっと頼み込んだところで皆に会えないのは分かりきっている。
意味のない努力をするのはもうやめたんだ。
「20:00から支倉が来ます。
20:10制御破壊不可逆性回避のための論証実験を開始します」
「……はい」
皆頑張っている。
―――――――ウチは、ウチのやらなきゃいけないことを。
そう自分自身に言い聞かせて、自分のPCを立ち上げた。
ウチが今身を置いている部隊。
新都支部支部長直轄第三世代直掩部隊『破吏魔』。
表向きには「第三世代」の技術的戦力的サポートを目的とする部隊として設立されたが、その実、ウチたちを一ヵ所にまとめた清桜会による監視目的の部隊。
構成員は宮本新太、支倉秋人、古賀京香、蔦林虎ノ介、そしてウチ――――――来栖まゆり。
早い話、『狐』が『暁月』の構成員と断定されたことで、関わりのあった者たちに疑惑がかけられた。
尋問の末に、『狐』との接触手段が絶たれていることは確認できたけど、清桜会に対して反旗を翻す可能性。
それが払拭できない以上、こうして常に監視の目があるところでの研究や修練を余儀なくされている。
支倉秋人に関しては、実際に『狐』に清桜会の機密情報を横流ししていたみたいだった。
何でそんなことをしていたのかは分からないけど、それは明確な反逆行為。
処分が決定されるまで、その身柄を更迭。
本部からの通達があった日以来、この建物から出ていないらしい。
数日前、安倍晴明の宿敵である蘆屋道満が住んでいたと言われているのが「播磨」というところだったと知った。
その時、ウチはただ思いしらされた。
「――――――敵だと思われているんだ」と。




