第162話『惡の鼓動』
『夢現』は効果対象の脳波に作用し、幻覚を造り出す。
晴臣に式神が内蔵された当初は、妖に脳に相当する器官が存在するかは不明――――――。
低級妖での実証実験は終了してはいたが、それが実践レベルなのかは、神のみぞ知る状態だった。
しかし、眼前の光景がその結果である。
真名持ち――――――。
それは実際に伝承や物語の中の登場人物として日本各地にその名が残る妖。
対象に対する畏怖は、そのまま負の生体光子を供給することに繋がる。
故に。
真名持ちは、霊力出力、式神操演で劣る「新型」の陰陽師が相手取ることは現実的ではなかった。
しかし。
こうして、真名持ちを凌駕する存在が現れた。
「出力最大―――――葬槍、『罔象女神』」
有栖の右手に形作られる、一振りの巨大な水槍。
敵妖を一撃で仕留めるため、自身の持てる霊力を最大限まで込める。
轟音をあげて水流渦巻く槍の周囲。
それは焼け焦げた大地を浄化し、怨敵を滅する美波有栖最大の陰陽術。
しかし、『罔象女神』はその術効果範囲や高い確殺性能を持ちながら、術発動までのラグという制約を抱えている。
そこで、「工藤晴臣」発現事象『幻夢』――――――。
敵性勢力の正気を奪うことで、罔象女神発動までのラグを埋める。
戦闘面において、まさしく合理的なツーマンセル。
「もっと霊力込めた方がいいかなぁ?」
「……見た感じ充分だと思うけどね」
極限までに込められた霊力。
生体光子が周囲へと溢れ出し、大気を震わす。
溢れ出した生体光子は膨れ上がり、更にその槍を巨大にする――――――。
「……よっしゃ、じゃあニワトリちゃん!」
有栖の目が、今も狂いながら周囲を爆撃する妖へと向かう。
「いっちょ派手に散ってくださいなっ!!」
***
気が付くと。
メガネをかけた少年が、ぐったりと力なく項垂れている妖の首を鷲掴みにしていた。
「……一体、何が。
どうして、妖がやられている……?」
するとこちらの様子に気付いたと思われるメガネの少年は柔和そうな笑みを浮かべた。
「……すいません。
僕の発現事象「幻夢」は、一定の霊力出力以下の対象に自動で発動してしまうんです」
「『幻夢』……?」
すると。
これまで俺が見ていたものは、この少年によって作り出された幻……だったってことか?
敵妖に蹂躙される少年たち。
それは、我々によって作り出されたものだったってことか?
「……都合の良い現実を見せてくれる『夢現』。
その反応だと、僕達が負ける幻でも見たんでしょうが……。
それは貴方が心の奥底で、僕達第三世代の敗北を願っていたからです」
「……!」
決してそんなことはない、とすぐに言えなかったのはなぜだろうか。
「別に、いいです。
僕達も貴方達の存在を、最初から考慮して作戦行動を行っていません―――――」
妖の首を握る少年の手に力が入る。
同時に苦しみだす敵妖。
「名前は何だ?」
『ク……カ……』
「もう一度言う、名前は?」
『ア……ガハ……』
俄かにその表情に笑みが浮かび、俺は戦慄した。
「……!!」
コイツ。
愉しんでいる。
声が出るか出ないかギリギリのところで首を締めあげ、その反応を嘲笑っている。
確かにこの妖は怨敵。
俺の部下も大勢傷つけられ、小隊としての機能すら奪われた。
陰陽師として憎むべき相手なのには変わりがない。
しかし、それを全て差し置いて。
俺は、目の前にいる第三世代に恐怖を覚えていた。
「……おーい、何言っているのか聞こえない。
もっとハッキリ喋ろよ」
「ねえちょっと、早く聞き出してくんない?
封印術式出来上がってんですけど」
「……ごめんごめん。
よっと――――――」
スパンという音が周囲に鳴り響き。
妖の首が切断された。
いつの間にか。
メガネ少年の手に握られているのは、霊力が練りこまれた小刀。
流れ出す血液のような体液が地面に触れた瞬間に発火し、仄かな火の粉が宙を舞う。
「最後に聞く、――――――お前は誰?」
首より下が無い頭部だけとなった妖は既に戦意を喪失しているのか、静かに口を開いた。
『バ……、サン……』
「バサン?
……ふふっ、なぁんだ」
「やっぱり合ってんじゃん――――――――」
その顔に浮かんだ笑顔。
長瀬一廉の背筋に冷たいものが走った。
22:14。
対『暁月』特殊殲滅部隊『北斗』所属、「美波有栖」「工藤晴臣」両名により、長野県県道37号坂中トンネル付近の山中にて、『暁月』保有、真名持ち妖『バサン』封印完了。
以下――――――被害報告。
先遣隊である長瀬小隊は敵性勢力との交戦で、その小隊維持が不可能な状態までに壊滅的打撃を受ける。
隊長である長瀬一廉を含めた内訳は、死者一人、重体三人、重傷五人、軽傷五人。
この一件を受け、隊長である長瀬寛太一廉は責任を取ってその職を辞することとなる。
表向きの理由としては、先の戦闘による負傷による弊害。
しかし。
後に長瀬はこう語った。
『悪魔と共に闘いたい奴はいないだろう』と。




