第159話『そして、終局への一手を』
「――――――!」
宮本新太は、目の前で行われている蹂躙劇を、ただ言葉を失いながら見ていた。
既知の制服を着た泉堂学園の学生が、未知の式神を使用し妖を圧倒するその様は、どこか現実離れした光景だった。
――――――支部長は、このために。
六月に行われた序列戦『朱雀』。
突如として、学園全体にその序列を拡張しようとした理由も。
『暁月』構成員による襲撃を受けた夏の合宿『明星会』に序列上位者達がいなかったのも。
支部長は序列上位者達を使って、何かをしようとしていた。
その結果が、これ――――――。
突如として繋がる点と点に奏多は喉を鳴らした。
転瞬。
茫然と立ちすくんでいる新太のすぐ傍を、一筋の閃光が薙ぐ。
「だ~か~ら~、そんなところにぼーっと突っ立ってんなよ!!」
不機嫌そうな表情でこちらを一瞥する明智流星。
「……!」
流星の周りに散在している何か。
異質な匂いが周囲に充満していた。
肉が焦げる匂い。
妖の肉体を構成していた生体光子が、その結合を解く。
一体どれほどの熱量があれば、妖を焦がすことができるのか。
現在進行形で、眼前の三人は各々の式神で数多の妖と対峙し、圧倒している。
しかし。
周囲の妖へと目線を送ると、切断面や形象崩壊している身体の欠損箇所から淡く発光させ徐々に再生を始めている。
――――――そう。
いくら手傷を負わせたところで、妖相手に修祓は不可能。
「封印」という、その存在を封じることによってのみ、戦闘不能にできる―――――。
「――――――それじゃ、そろそろやっちゃいますか」
「……!!」
美波有栖の手に握られた数多の白符。
残りの二人の手にも同様のモノを取り出し、己が霊力を込めていた。
清桜会新都支部支部長佐伯夏鈴によって提唱された『第三世代計画』。
本計画は仮想敵を妖と定め、二つの開発基本理念をもつ。
一つ目。
数的有利をものともせず、味方のアドバンテージを確立できる戦況を生み出せる戦闘力。
そして、二つ目。
第三世代単一での封印を可能とする陰陽術の完成―――――。
対妖の戦闘において、修祓を担う人員と封印を担う人員は別であることがこれまでの定石だった。
これは、妖との戦闘に置いて、致命傷を与えるクラスの霊力出力を発揮しながら、封印の術式を構築し、あまつさえ封印を完遂するという、その難易度によるものである。
有り体に言えば、「現実的でない」。
中には例外はあれど、これまでの清桜会ではそれぞれ修祓部と封印部に所属を分けて対処していた。
「……!!」
三人の手から、白符が周囲へと撒かれ宙を舞う。
夜光を受けながら反射するそれはさながら、紙吹雪のよう――――――。
『『『封詞―――――』』』
周囲に散らばった白符が、死屍累々、原形を留めていない妖らへとその距離を詰める。
『祓え給へ、清め給へ』
樹が口にするそれは、魔を鎮め清め祓う神代に伝わりし言霊。
転瞬。
白符に淡く浮かび上がる五芒星。
そして、急激に虚弱になる魑魅魍魎達の霊力。
『―――――封じ給へ』
祓詞の亜型。
清桜会固有の封印術。
「……っ!」
妖の姿形が生体光子に変異し、大気へと霧散してゆく。
『『『尽未来際』』』
尽未来際。
―――――未来の果てに至るまで。
妖の生体光子が収束し白符に吸い込まれ、その色を極黒へと変える。
「すご……い……」
『新型』が、ここまでの進化を遂げた。
これはもはや……意地。
日本国における治安維持機構として、清桜会として、『新型』として。
清桜会新都支部支部長佐伯夏鈴のどこまでも真っ直ぐな意地。
不意に目線を向けた先―――――。
温度の感じられない瞳で、相対するのは。
こちらを静観している土御門泰影。
泰影は周囲を一瞥すると、そのまま傍らで苦しげにうずくまっている近衛奏多を見下ろした。
***
『奏多っ……!』
奏多の顔色は青白く、異常なほどの汗を滴らせている。
鼻からは鮮血が伝い、今も尚、苦しそうに息を切らしていた。
奏多からの供給される霊力は、ほぼ皆無――――――。
当たり前だ。
慣れていない土壇場の『空相』に、広範囲全域を補足した大質量の『位相』。
いくら同じ十二天将の術者である一条寧々の霊力を得ていたとしても、限界はある。
――――――こんなところまで、連れてきてしまった。
関係ない者を、こんなどうしようもない世界まで連れてきてしまった。
『すまぬ……!
奏多、本当にっ……!!』
眼前の怨敵を叩くこともできず。
ただ、こうして奏多の背中をさするだけ。
不甲斐ない。
無力な自分に、ただただ腹が立つ。
「うっ……、がはっ……!!」
『奏多!!!』
一転、口内から血の塊を吐く奏多。
奏多を纏う霊力……もとい生体光子が、徐々にその勢いを失ってゆく―――――。
霊力の源である生体光子。
それは言い換えれば、生命力と同義。
無茶な陰陽術の発動で、奏多の生体光子は既に生命活動維持できる限界まで、減らしていた。
これ以上は、もう――――――。
「―――――――奏多、『位相』だ。
残っている妖、そして俺、仁、椿を新都範囲外に跳ばせ」
『……!!』
その声の主に、慈悲などない。
泰影はただ無機質な瞳を以て、奏多を見下ろしている。
『もう……、奏多はっ!!
これ以上は死ぬぞ!?』
「――――――別に、死にはしない。
二度と意識を取り戻すことはないかもしれないが、『貴人』があればいかようにでもなる」
『――――――っ!!』
こやつは、一体何を……。
一体、何を言っているんじゃ?
「奏多。
『位相』」
「……うっ……!!」
地面に這いつくばっている奏多の霊力が、僅かに燻ぶりを見せたかと思うと、徐々に増幅してゆく。
その感覚を天后は知っていた。
発現事象『空間転移』の熾り――――――。
「……いい子だ」
『奏多っ、ダメ……!!
本当に死ぬぞっ!!?』
覆いかぶさったところで、霊力が収まるわけじゃない。
それでもなお、歯を食いしばりながら、奏多は自身の命を削って――――――。
『奏多。
もう、やめて……!!』
天后の声は、『貴人』の強制隷属化にある奏多に、届かない。
「っ……!!!」
転瞬。
風が頬を撫で、一つの影が傍らに現れる。
死角の外からの一撃。
それが日本刀によるものであることに気付いたのは、一拍遅れてからだった。
『……新太!!』
距離を取った泰影に剣先を構えている、奏多と同じ顔をした少年。
――――――宮本新太。
***
「独活が今更、何の用かな?」
物理的に距離を取った泰影の不敵な笑みを、真正面から受け止める。
――――――間に合った。
剣をもつ手が震えている。
何とか気力で立っているが、それでも、気を抜くと力が抜けてゆく。
歯を食いしばり、天后と奏多を背にして、泰影へと向き合った。
二人だけは、守らなければならない。
そして、『暁月』に絶対渡してはいけない――――――。
『空間転移』という奇襲性の高い発現事象は、これからの清桜会にとって十分すぎるほどの脅威となる。
実利を踏まえた上での判断に他ならない。
『新太……!
奏多は、奴に操られてっ……!!』
「……」
天后の縋りつくような瞳を横目に、新太は歯を食いしばった。
――――――今の俺に、できることは何だ。
人に式神を向けるのが、怖い。
怖くて怖くて……たまらない。
俺の一挙手一投足で、誰かが傷つく可能性が頭をよぎる。
だからと言って。
式神を握らなければ、誰も守れない。
目の前で、奪われるのを黙って見ていることなんて、できない。
だから。
「天后」
『……?』
ガチャリと。
起動した『閃慧虎徹』が、金属音を伴って地面へと落ちる。
涙で濡れる天后の額に、俺は静かに右手を。
未だ苦し気に喘いでいる奏多に左手を置いた。
これは、賭けだ。
奏多が俺と同等の存在であるならば。
「――――――『天后』×『六合』同調」
そして。
奏多へと自身の全霊力を流し込んだ。




