第158話『第三世代』
刻は遡り、夏も隆盛を迎えた七月上旬。
支部長室では、佐伯夏鈴の側近である橘累が卓上に数枚の書類を広げていた。
「―――――序列戦『朱雀』を終え、素体として有力なのはこれらの学生です」
支部長である佐伯夏鈴は、その一枚一枚を吟味するように目を通し、そして満足そうに頷いた。
来栖まゆりによる一連の騒動こそあれど、こうして序列戦自体を中止にしなかったのには大きな理由があった。
それが……、これ。
式神躁演の技術、霊力出力、素の身体能力、生来備わった勝負カン諸々を勘案し―――――明らかになった明確な序列。
「ありがとう、累。
これで……我々は今よりも、更にその先へと進むことができます」
眼前の書類に書かれている名。
泉堂学園序列戦『朱雀』―――――最終結果。
泉堂学園三年、序列七位、「鷹羽真幌」。
同学園所属二年、序列六位、「明智流星」。
同学園所属二年、序列五位、「美波有栖」。
同学園所属三年、序列四位、「嵯峨野樹」。
同学園所属二年、序列三位、「工藤晴臣」。
同学園所属三年、序列二位、「綿矢灯織」。
同学園所属三年、序列一位、「速見幸村」。
いくら非人道的と非難されようが、『旧型』に対抗するには必要なこと。
拮抗ではなく、凌駕するための力を得なければならない―――――。
真夏の昼下がりの支部長室で、夏鈴は静かに腹心の部下に向かい、微笑みを浮かべた。
第六感である「磁覚」を発現させるために、後天的に「調整」を受けた者達を第一世代。
生まれながらに「磁覚」をもって生まれてきた、あるいは生後間もなく「調整」を受けた第二世代。
そして話は変わるが、十六年前から『新型』陰陽師の戦闘様式は変わらない。
それは……、使い手を選ばない人造式神の利用。
現代陰陽道は技術的には進歩こそあれど、陰陽師を取り巻く環境は停滞したままだった。
佐伯夏鈴は、その場で足踏みしている現代陰陽道の歴史を、自らの手で強制的に先へ進めようとした―――――。
黛仁の有する陰陽術『成神《・》』から着想を得た、それはもはや人体実験と言っても過言ではない禁忌。
「彼らには、第三世代として、次代の礎となってもらいましょう」
佐伯は目の前の書類に添付されている、まだうら若い少年少女の写真へと再度目線を落とした。
***
「……頼みましたよ、北斗の子達」
清桜会に新設された、第三世代陰陽師の対『暁月』部隊――――――『北斗』。
人造式神を直接その身に宿すことで、発現事象の更なる深化及び――――――理解を促す。
佐伯夏鈴の提唱する、「究極の個」を生み出す計画。
現状を大きく打破しうる一手となるように。
時代を変える変革者となってくれるように。
かつて自身が身を置いた、現代陰陽道黎明期という激動の時代を生きた組織と同じ名を命名した。
「―――――行くぞ」
泉堂学園の制服に身を包んだ、男女七人の集団。
その先頭に位置する、目が隠れるほどの長髪を携えた少年が静かに呟く。
すると、それに応えるように、後ろを歩く六人が制服の腕をまくった。
そして。
七人の霊力が、一斉に鳴動を始める。
「「「「「「「―――――起動」」」」」」」
上腕二頭部付近、護符の形に発光する箇所。
新太の脳内にフラッシュバックしたのは、護符が直接縫い付けられている黛仁の腕。
『成神』発動の第一原則。
式神との物理的な融合―――――。
「有栖、樹、流星は支部長の支援。
俺、晴臣、灯織、真幌で四時の方向を片付ける」
長髪が呟くと同時に、四人の姿が瞬時にして立ち消え……そして、その場には新太の見知った三人が残っていた。
そこで、新太は眼前の少年少女達の既視感の正体に気付く。
それは――――――それぞれが、泉堂学園内において最大の知名度を誇っていたからに他ならない。
―――――序列戦の、最上位者達。
目の前の三人の中には、新太の同級もいた。
アッシュブラウンのパーマがかった、マッシュの少女。
眠たげな瞳でカールした毛先を弄っている。
そして。
その隣を歩く金髪頭。
キラキラと光るピンに、耳たぶに開けられた数多のピアス。
お世辞にも素行が良いという学生の風体ではない。
双方ともに新太とは同じクラスではなかったが、式神操演の実習では何度も姿を見かけていた。
そしてその二人の後ろを、恐らく三年生であろう前髪を逆立てた、かなりの高身長が追従する。
「樹さん、ノルマはどーします?」
「……一人二十匹でいいんじゃないか?」
「了解了解ー、ウチはそれでいいよー。
りゅーせーは?」
「俺もオッケー。異論無し」
転瞬。
溢れ出す『新型』の陰陽師に似つかわしくない――――――莫大な霊力。
それはもはや『旧型』のそれと言っても差し支えないほどで。
新太はただ、息を呑んだ。
「強そうな奴はウチがもらうからねぇー」
――――――『北斗』第五星「禄存」。
泉堂学園2-2所属、美波有栖。
内蔵式神『水天』。
「よしっと……。
それじゃー、やりますかぁ」
有栖が言葉を発した瞬間、周囲の地面から際限なく湧き出る水。
突如出現した激流は霊力を内包し、有栖を中心に渦を作る――――――。
「とりあえず……、敵さんのレベルはどんなもんかな」
刀印を結ぶ有栖。
それに呼応するかのように、有栖の周囲を取り囲んでいた激流は、眼前の妖へとその流れを変える。
それはさながら、戦場の最中に突如出現した流麗な大瀑布。
「っ―――――!」
回避行動により、上空へと距離をとるその場に点在する支部長を含めた陰陽師達。
白波が立ち、そして有栖によって生み出された激流は妖たちを呑みこんでゆく。
「よいしょっと……」
有栖による激流は込められた霊力と共にやがて収束を始める。
そして生まれる、妖を封じる水牢。
水牢の中では現在進行形で水流が渦巻いていて、妖の身体の自由を奪う。
抵抗することもなく、成されるがままの妖を一瞥し、有栖は笑みを浮かべた。
――――――相手は自身の霊力出力を遥かに下回る相手。
「顕現」
宙へとかざされた有栖の右手に収束してゆく激流。
そして、次第に形作られるモノ。
「あれは……」
―――――槍。
新太の視界に入ってきたのは、激流で形作られた一振りの槍。
有栖の右手に顕現し、流速、霊力、そしてその密度を維持したまま、さらにそのスケールを増加させる―――――。
『葬槍――――――『罔象女神』』
投擲体勢に入り、充分に充填された霊力での跳躍。
振りかぶった先には、水の牢獄に囚われた――――――妖達。
「んじゃ、弾け飛んで」
夜光を反射しながら、有栖から放たれた水槍は一直線に大気を割く―――――。
転瞬。
轟音と共に、飛沫が周囲を白く染め上げた。
雨の如く、水滴が地面に降り注ぐ中、何かの肉片らしきモノが混ざっているのを有栖は視認する。
「うっへぇー、きんも……」
「……やりすぎ」
目の前の蹂躙劇を横目に、樹は霊力をその身に充填する。
「―――――覇下、行ってこい」
樹の声に合わせて、足下が光り輝き、傍らに姿を現す魚鱗を伴う一匹の竜。
樹の身長を遥かに超える体躯で、眼前の悪霊を静かに睨めつけている。
――――――『北斗』第四星「文曲」。
泉堂学園3-1所属、嵯峨野樹。
内蔵式神『竜生九子』。
それは、竜から生まれし九つの霊獣を使役する操演術。
耳を劈く咆哮をあげながら、覇下は有栖が発動した激流へとその身を投じる。
「水を得た魚」という言葉の示すところ、縦横無尽に魚竜は妖へと肉迫し―――――。
「咬め、覇下」
異形の四肢が。
宙を、舞った。
「……!」
新太が目にした光景。
それは激流に呑まれる妖を、すれ違いざまにその顎で食いちぎる一匹の獰悪獣。
体の自由を奪われた者達を、ただ本能のままに蹂躙する牙。
「ちょっとちょっと~、樹さん。
手抜いてんじゃないっすか~~~?」
「……別に、抜いてはない。
ただ、美波の水牢で拘束できるレベルならば、そこまで本意気でなくてもいいだろ」
「あぁ~~~!
イツキさーん、ウチのことバカにしてるでしょー!?」
その問いかけに樹はガン無視を決め込み、自身の式神を躁演する。
「……じゃあ、俺は本気出しちゃうよ~~?」
――――――『北斗』第六星「巨門」。
泉堂学園2-2所属、明智流星。
内蔵式神『A.A.A.P.C.アマテラス』。
Anti-Ayakashi Accelerated Positron Cannon――――――対妖加速式陽電子砲。
『北斗』のメンバーが使用する式神の中で、最も現代陰陽道―――――もとい、現代科学を踏襲した式神である。
人の身を式神に変質させることにより、その体は陽電子砲における重要箇所、加速器の役割を担うとともに、自身の霊力を電力に転化。
地磁気を含めた変数要素演算を脳の前頭葉のみならず側頭葉まで拡張し、全て自動化に切り替える。
それにより。
可能となった発現事象。
流星は不敵な笑みを浮かべながら、人差し指を真っすぐに敵性勢力である妖へと向けた。
「……避けんなよ?
避けれるとは、思えねぇけど」
瞬きを忘れるほどの刹那。
――――――光が、音を置き去りにする。
『……ア?』
二足歩行型の妖の頭部に、円状の穴が開く。
発現事象――――――『光閃』。
荷電粒子である陽子に霊力を織り込み、一点集中で打ち出す、まさに「光速」の業。
「よっしゃ!!
ど真ん中ァ!!!」
嬉々とした表情を浮かべたのも束の間、流星を纏う霊力が急激に肥大化する。
発現事象の成立条件に、「特定の身体の一部からの発射」という条件はない。
「お次は~、乱れ撃ちといきましょうか!?」
流星の周囲に出現する数多の点。
鈍い光を放つそれは、光閃を発射するための「砲」であり、陰陽術発動の起点。
重ねて言う。
周囲に出現した「砲」は、光閃発射のための起点。
今しがた、流星の周囲には数十を超える「砲」が浮遊していた。
それが―――――何を示すのか。
『――――――三千光彩』
一瞬の霊力のタメの後、周囲へと発射される数多の光閃。
適正勢力の霊力感知、それは流星が元より得意とするところだった。
顕現できる「砲」数にはよるが、全方位に対応した制圧力を有する『三千光彩』。
妖の身体を構成する生体光子ごと焼き尽くす光。
それが戦場を光陰の如く、駆ける―――――。
「……素晴らしい」
佐伯夏鈴はただ、高揚した表情で笑っていた。
新部隊が妖を蹂躙する様も、見ていて愉快だった。
しかし、それ以上に佐伯の心中を占めていたのは。
――――――やはり私は、間違ってなどいない。
自身の行いの正しさ。
その証明が、今まさに。
骨喰を握る手に力が入る――――――。
 




