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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第四章《陰陽師―――――、消失。》
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第157話『裂き誇る戦鎌』



「……新太、一つ聞かせてください」


 支部長は、泰影と妖の方向を見ながら抑揚の無い声で呟いた。


が敵勢力の足元にいるのは、それを強制されているからでしょうか」


「……」


 しばしの静寂が、その場を支配する。

 支部長は俺の沈黙を「否定」と受け取ったのか、「……そうですか」と一言。


「所詮、『旧型』だった……ということですね」


 昏く、重く、その性質を陰の方へ―――――。


『『上位』より下の階級、そして学生は悪霊の殲滅。

 「一廉(ひとかど)」「至聖(しせい)」は(あやかし)に削りを入れる。

 狼狽えるな、全て


 支部長がインカムで呟くのと同時に、背後にいる陰陽師達が一斉に動き出す気配。

 そして。

 ―――――支部長自身も、自身の霊力を滾らせる。



 清桜会新都支部支部長、佐伯夏鈴は五日前である八月二十日。

 十二天将術者である宮本新太が、その消息を絶ったことを確認。

 事を重く見た佐伯は、本部の静止を半ば強引に押し切る形で新都中に厳戒令を発令。

 清桜会だけでなく、戦力になる泉堂学園の学生も巻き込み、戦闘態勢を維持していた。

 いつ()()()()()が訪れてもいいように。

 もう二度と()()()()ように。

 万全の状態を喫して、その刻を待っていた―――――。




『ヤスカゲ、アイツ、コロシテモ、イイ?』


 泰影の傍らにいる多様な姿形をしたあやかしの一体が、佐伯の方を指さしていた。

 生体光子(バイオフォトン)の収束体である悪霊とは異なり、(あやかし)は人語を操るほどの知性を有する。

 いつか聞いたような嗄れた声を、佐伯夏鈴は不快な心持ちで聞いていた。


「……あぁ、容赦はいらないよ。

 ―――――失礼。

 (きみたち)に、()()()は無用だったね」


 それは、ただ本能のままに。

 強者の牙はいつの時代も弱者へと向けられる。

 そして……、そこに躊躇いなど微塵もない。

 泰影の返答を聞いた四足歩行の獣の姿をした妖。

 本能に直接逃走を促すような、そもそも存在としての次元が異なる霊力。

 それが―――――、こちらへと向けられる。


「……!!」


 ほんの一瞬。

 新太が息を呑む、一瞬の間隙。


「……」


 妖の歯牙が、支部長へと肉迫していた。

 新太は咄嗟に自身の手に持った二枚の式神を同調させ、支部長までの僅かな距離へと跳ぶために演算。

 その結果、得られた一つ客観的事実。


 ―――――間に合わない。


 それほどまでに、眼前の妖は支部長の命を刈るために十分な距離を詰めていた。

 後はその醜悪な様相を呈した口を閉じるだけで―――――、支部長の細い体は。


「……!!」


 しかし。

 加速した意識の中聞こえた、一言の()

 普段の支部長の様子とは明らかに異なる、怨嗟の込められた言の葉。




「―――――ナメんなっつってんだろ」




 転瞬。

 妖が、宙を舞った。


「っ……!!」


 何が起こったのか、分からなかった。

 視覚的な情報としては、支部長の手にある鎌が、横一文字に振り抜かれている。

 薙ぎ払った、と考えるのが妥当なのは、新太にも理解していた。


 しかし。

 そのためには妖の速度を上回り、尚且つ、薙ぎ払うほどのが必要。

 眼前の光景に言葉を失っていたのは、新太だけではなかった。


 ―――――妖の動きに対応しうる『新型』。

 そんな奴はいない。

 いるはずがない。

旧型(おれら)』ですら、手を焼いてきた存在である妖に追随する実力をもつ『新型』の存在なんて、俺は。


 知らない。


 それは、泰影の()()の動揺だった。



『ナンダ……、オマエ』



 体勢を立て直した妖が、二つの眼で支部長を射すくめている。

 コイツにとっても計算外だったのだろう。

 たやすく屠れると思ったはずの目の前の得物からの思わぬ反撃。

 そして、その視線に応えるように動く支部長の小ぶりな口。

 

「十六年」


『……ナニ、イッテ』


(おまえら)()()()()()()

 私は、式神を振るい続けた。

 もう二度と、あんな思いをしないように。

 ()()()()()()()ために。

 (おまえら)を殲滅するためだけに、私は―――――」


「っ……!」


 新太は、ようやく理解した。

 支部長の、その柔らかな物腰の裏に見え隠れするモノの

 陰陽師として手段を選ばない支部長の心中。


 それは―――――、純粋なまでの激情。

 敵対する存在への、苛烈なまでの怨嗟。



『……!!』



 知性のある生命体が、始原に抱いた感情。

 一説によると、それは「恐怖」だったらしい。

 妖に、「感情」というおおよそ人間らしいものがあるとは新太には思えなかった。

 しかし。


 眼前の妖の瞳に映るモノ、それは―――――。





「―――――いくよ、骨喰(ほねばみ)



 支部長の霊力が、揺れた。


「……!!」


 いつの間にか。

 支部長は妖の足下に、いた。

 そして、振り抜かれる大鎌は妖の四足を()()()


 ―――――『加速』状態の俺と、変わらない速度……!


「―――――こんなもの?」


『ア……!』


『グ、ギャ……!!!』


 断末魔と共に、戦場に舞うモノ。

 縦横無尽に振るわれる大鎌の軌跡を、新太はただ見ていることしかできなかった。

 視界に入った妖の四肢を、片っ端から切断してゆくその

 赤子を捻るような、そんな華麗な式神躁演。

 黛仁の『成神』を始めて目にしたときと同じような、そんな現実離れした光景。


「呆気ない」


「っ……!!」


 式神を振るいながら、佐伯は敵勢力の頭領、土御門泰影へと視線を向ける。

 そして泰影が歯を食いしばるのを、夏鈴は見逃さなかった。



 ―――――佐伯夏鈴固有式神、『骨喰(ほねばみ)』。

『新型』の陰陽師として、第一線で戦闘を行ってきた夏鈴が、そのから振るっている式神である。

 特筆すべき点として、その式神自体に()()()()()()()

 これは、夏鈴が『発現事象』という奇跡に頼らずとも、魔を滅することができた現状に依るものである。


 かつて。

 支倉秋人が、佐伯夏鈴の本領を『』と『』と称したように。

 人間離れした上記二つの力だけで、佐伯夏鈴は清桜会東京支部修祓部隊部隊長まで上り詰めた。


 故に。


 彼女に余計な小細工は、必要なかった。

『骨喰』に搭載されたのは、清桜会の現在保有しうる技術力を最大限つぎ込んだ、圧倒的なまでの―――――

 夏鈴による、純粋なまでの暴力の奔流に絶えうる式神、それが『骨喰』。


「―――――遅い」


『……!!』


 背部からの一撃を交わし、『骨喰』の柄で喉元に突き立てるカウンター。

『加速』の発現事象を発動しても尚、知覚しきれない高速戦闘。

 直撃、それはすなわち死を意味する妖の連撃の手をかいくぐり、(くう)を諸共薙ぐ戦技―――――。



 ***



 泰影の額に、一筋の汗が伝う。

 支部長(コイツ)だけじゃない。

 周囲へ視線を向けると、そこには式神を起動し悪霊と対峙する者達。

 そして―――――。

 善戦と言わないものの、『新型』の中にも妖と戦闘を行うに値する霊力出力を携えた者達もいる。

 戦場は、……まさに混沌。


「……」


 泰影が新都外縁に待機させていた妖は、


「……泰影さん」


「……どうした?

 椿」


「俺、()()()()()()()?」


 泰影の傍らで、憎悪を込めた瞳で苦しげに喘いでいる仁へと目線を送っている椿。

 その手には護符が握られていて、見る限り、既に臨戦体勢―――――。

 しかし、泰影は静かに頭を振った。

 そして今しがた妖相手に奮戦している大鎌を携えた陰陽師を指さす。


「――――()()に、椿は勝てないよ。

 自分でも分かっているんだろう?」


 泰影の言葉に、椿は静かに顔をうつむかせた。


「大丈夫。

『究極の個』が戦況を変えるなんて、ただのロマンチシズム。

 所詮はだよ」





 ***




 遠くで火柱が立ち上るのを、新太は見た。

 それは見覚えのある霊力の揺らめき。

 見紛うはずの無い、古賀の躁炎術。

 父さんか、京香かは分からないが、恐らく二人ともこの戦場のどこかで闘っている。

 二人だけじゃない。


 虎や来栖、秋人さんも。


 きっと、学園の皆も、ここにいる―――――。



 支部長が圧倒しているとは言え、奏多の『位相』によって転移された数多の妖は、未だ健在―――――。



「……」




 ――――――闘わなくていいのか?



 皆が、命を張っている。



 そんな中で、俺は。





「……何してんだ」






「―――――ホントに、何してんだよ。  



 闘う気がねぇんだったら帰れ」




「……!」




 俺の脇をすり抜けて、前方へと歩みを進めていく()




「怖いんだったら、逃げれば良いじゃん」


「普通に邪魔だからどっか行ってて欲しいんだけど」

 

 俺の顔を不機嫌そうに覗き込みながら、歩みを進める男女―――――――。

その顔には、どこか()があった。

 彼ら、ないし彼女らが身に纏うは、()


「……!!

 行ってはダメだ……!

 (アレ)は、普通の悪霊とは違う……!!」



 しかし。


 俺の制止を振り切り、距離を詰めてゆく泉堂学園の生徒達。

 その数、―――――



 時を同じくして、佐伯夏鈴も戦闘の最中(さなか)()()を視認した。

 そして、浮かべる仄かな笑み。



「……待ちわびましたよ。



 ―――――第三世代(サードステージ)










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