第155話『カワルセカイ』
テレビの画面が、真っ白に染まっていた。
それと同時に音割れするほどの爆発音。
一拍遅れてカメラの周りにいる人たちの嬌声――――――。
そして、暗転する画面。
「ちょっと、何!?
どうしたのよ!!」
うんともすんとも言わなくなってしまったテレビを鷲掴みにし、感情をぶつけている古賀先輩。
「落ち着いてください……!
多分すぐに復帰しますから……!!
あ、ほらほら!」
心配な気持ちはよく分かる。
ウチだって大切な彼氏が、この画面の中の場所にいる。
心配すぎて今にも駆け付けたい。
「……」
でも。
それは、―――――ウチだけのエゴ。
はやる気持ちを何とか唇を噛むことで押さえつける。
古賀先輩だって分かっている。
何もできないことを悔しく思っているのは、ウチだけじゃない。
「皆……」
映像が復帰すると、カメラマンの身を案じているリポーター。
避難するように呼び掛けている人の怒声が聞こえた後、変わり果てた中央区の様子が映し出された。
「何これ……」
それはウチたちの知っている中央区の光景ではなかった。
***
爆風が地を薙ぎ、そして視界を月白へと染める。
乱れ切った霊力では、風圧に耐えるのもやっとの有様。
歯を食いしばり、暴力的な霊力の奔流に耐え数刻――――――。
「っ――――――」
夥しい破壊の痕が、目の前にあった。
白煙を漂わせながら倒壊する商業ビル。
傍らのアスファルトはその基礎から捲れ上がり、クレーター上に蒸発。
行き場を失った地下水が流れ込み、水たまりを作っていた。
それはさながら、新都大霊災での爆心地を彷彿とさせるような惨状に他ならない。
『うっ……ぐ……』
「どうなった……んだ……?」
奏多は咄嗟に天后を庇ったのか、額から紅い鮮血が流れ、粗い呼吸をしている。
「奏多、大丈夫か……?」
「……何とかね。
こりゃ、人払いをしていて正解だったな」
笑みを浮かべてはいるものの、二人に余裕は無さそうだった。
奏多の言う通り人払いはしているものの、俺達のほぼほぼ直上で寧々の陰陽術が発動。
二人とも霊力で防いではいたとは思うが……。
「……」
俺の手に持った式神も、既に護符へと戻ってしまっていた。
否。
俺自身にもう……、その意思がないから。
奮い立たせようとしても、どうしても白髪の言葉が頭をよぎる。
――――――――よくも……、姉さんを。
姉さん。
つまりは、服部先生。
俺が闘うことで、奪われる人がいる。
そんな当たり前の事実を、俺は見ないふりをしていた。
弟がいるなんて知らなかった、では断じて済まされない。
泰影の言う通り、自分自身の行いを正当化しようとしていたんだ。
人を殺して罪を背負った―――――。
違う。
一度の殺しによって、その罪は更に深化してゆく。
波紋のように広がり、やがて自分自身に帰ってくる。
「復讐」という形で。
どんな立派な大義名分を掲げたところで、根本的なことは何も変わらない。
俺に、それを背負う覚悟があったのか?
俺の行い一つで生まれる悲劇がある。
一挙手一投足で新たな火種を生む。
それを知って尚、式神を振るうことができるのか?
俺は――――――――。
『ク……ソ…………』
白煙の間から、この光景を生み出した二人の陰陽師の姿が現れる。
一方は、一条寧々。
先ほどの陰陽術で、全てを使い果たしたと思しき風体で地上に屹立している。
全身を真っ白に染め上げ、まるで仁の『成神』発動時に酷似している姿。
しかし。
体中を丸く抉られたような欠損があり、そこから夥しいほどの鮮血が流れ、焼け焦げた地面へ血だまりを作っていた。
その身に残存する霊力は皆無、誰の目から見ても終わりの時を待つだけ――――――。
そして、もう一人。
「仁……!!」
《……》
全身に神性を纏い、その尻尾には尾。
『成神』の解放率を上げたことにより、『天空』へとその姿が近づいているような。
これまでの見たことのない仁の変容。
その変容を強いられるほどの――――――。
『ほんっと……、ムカつく……奴だよ』
《……》
肩で息をしながら仁は、静かに寧々の言葉を聞いていた。
『それほどの……力、やっぱり、晴明様は……正しかった』
僅かに寧々の全身を包んでいた霊力が霧散し、そして――――――。
《……》
口に僅かな笑みを携えながら、一条寧々の肉体はその生命活動を終えた。
「いや~、煙い煙い」
「……!」
白煙の間を縫い、何事もなかったのように現れた二つの人影。
泰影と、……服部椿。
「仁、すごいね。
アレをいなしちゃうなんて」
《……》
「見たところ、『羅雪』を一点集中することで、寧々の術の大半を消し飛ばしたんだろう?
あってるかい?」
《……》
立ったまま事切れている寧々の頭をポンポンと軽く叩き、泰影は彼女だった肉体へと目線を向けた。
「……よく頑張ったね、寧々。
俺達のために闘ってくれて、有難う」
そう言いながら、泰影は寧々の傍らに落ちている一枚の護符を拾い上げる。
それは恐らく―――――、寧々の十二天将。
「それじゃ、前座はここまでにして……」
泰影は寧々の式神を袖へとしまい、その代わりに取り出す一枚の護符。
先ほどの人造式神とは異なり、泰影自身の霊力に呼応するかのように脈動している。
「――――――始めようか」
「……!」
仁は見たところ万全での戦闘は厳しい。
奏多、天后は余力はあれど泰影を相手取ることは……。
つまり。
今この場で戦闘が行えるのは、ただ一人。
「……!!」
考えるな。
そうだ、ただ今は。
皆を守るためだけに。
ただそれだけのために。
式神を振るえればいい。
俺が闘わなければ、皆死ぬ。
それでもいいのか?
「っ―――――!!
『閃慧虎徹』×『六合』、同調!!!!」
再度俺の手に顕現する、一振りの黒刀。
考えるな。
考えてはダメだ。
考えるな。
今はただ、泰影を止めろ。
何か仕掛けてくる前に、先手を打て。
考えるな。
考えるな!!!
発現事象、『加速』――――――。
殺す必要はない。
戦闘を継続することが不可能なレベルの手傷を。
黒色の霊力を充填し、発現事象を発動させようとした。
その僅かな鬨の流れの中、俺は体に生じた違和感に気付く。
――――――動かない。
全身が、動かない。
刀を構えたまま、指先一つピクリとも動かせない現状。
泰影の発現事象――――――?
いや、奴はまだ式神を発動していない。
座標固定。
対象をその場に固定し、僅かな挙動でさえも封じ込める陰陽術。
俺は、それを知っていた。
あの時、見た。
動くことを禁じられた先生は、その術者に自由自在に嬲られた。
四月二十四日。
新都大霊災。
今この場において、あの時、あの場所にいた人物が、俺以外に一人だけいる。
その陰陽師の使用する発現事象『空間内事象制御』、その一端―――――――。
「……仁?」
《……》
辛うじて瞳だけを動かし、術者の方を向く。
仁は刀印を結び、膨大な霊力をその身に充填させていた。
――――――何で?
何が起こっているか、理解できなかった。
「よーし、仁。
そのまま止めておいてくれ」
こちらへと歩みを進める泰影。
そして、発動する十二天将―――――『貴人』。
「……仁、何やって……!!」
振りほどけない。
霊力出力で悉くを凌駕される故に、振りほどくことができない。
そして。
俺の目の前に、笑みを浮かべながら立つ泰影。
「……俺を、洗脳するのか……!?」
「ふふっ、確かに『貴人』は十二天将の術者である君にも、その効果を発揮する。
でも、残念だけど君はもう『貴人』の効果対象外」
「……!!?」
「『貴人』はその強制力上、制約を抱えている。
それは――――――」
――――――『貴人』が効果を発揮するのは、対象一人につき一回のみ。
「……!?」
「二回目以降は効果を発揮しないんだ。
だから用があるのは君じゃない」
俺の傍らをゆっくりと歩き。
泰影が向かった先の人物。
「――――――近衛、奏多」
「……!!」
『クソっ!!
やはり桐月は信用できなかった!!
術を解けぇ!!!』
《……》
奏多と天后も仁によって動きを封じられているのか、ただその場に佇んでいる。
混乱していた。
どうして仁が、泰影に与するような。
そんなはずはない、と心のどこかでその可能性を否定していた。
有り得ない、と。
信じられない、と。
ただそれだけが、俺の心中を支配していた。
「君が天后と契約してくれてよかったよ。
おかげで余計な手間が省けた」
そう言いながら、泰影は奏多の頭部へと手をかざす。
「……や、やめ……!!」
『奏多ァ!!!』
「……俺の言うことを聞いてくれるかい?」
――――――『貴人』、発動。
怪しげな光が周囲に立ち込め、白煙に乱反射する。
ぼんやりとした残光が消えたとき、奏多の霊力が揺れた。
「奏多。
『空相』だ。
寧々の残存霊力で補え」
「……」
『奏多!!
気を確かに持てっ!!
奏多ァ!!!』
奏多の虚ろな瞳が、静かに泰影を捉えた。
そして奏多へと収束してゆく、周囲の霊力――――――。
それは、先ほどの仁と寧々の戦闘によって放出されたもの。
大気を満たす十二天将の数多の霊力が奏多の手中に収まり、奏多の纏う霊力が爆発的に増加する――――――。
「跳ぶ先は、ここ同じ、荒廃した新都中央区。
数多の霊力、魑魅魍魎が蠢く世界。
効果対象者は、今この世界線に存在する全十二天将及びその術者」
「……」
宙へと手をかざした奏多。
膨大な霊力の奔流が、空震となって大気を震わす――――――。
「っ―――――!!
仁、やめろ!!
何で、どうしてこんなことをっ!!?」
《……》
俺の言葉など意に返す様子もなく、仁はただ眼前の様子、静かに傍観していた。
―――――!!
クソ、こんな……!!
「さあ、帰ろうか。
我々《・》の世界へ」
奏多は、霊力を集中させたまま。
静かに呟いた。
「――――――――『空相』」




