第152話『血涙』
『謎の壁が我々の侵入を拒み、十五分ほど経過したところでしょうか。
以前壁の中では何起こっているか、上空からは判断しかねます。
中には誰の姿も確認することができず……あ、これは……!
カメラもっと寄れるでしょうか……!!
どうやら中で何か動きがあった模様です!
これは……倒壊、倒壊です!!
新都中央駅が砂煙を上げて倒壊を始めているのが見て取れます!!』
テレビの画面に映し出されているのは、興奮気味に唾を飛ばしながら異変の中心を指さすリポーター。
そして、ぼやけながらも何とかその様子をカメラに収めようとアップとルーズを繰り返す画面。
全容は分からないけど……、確かに薄暗い中に砂煙が舞っている。
「――――――始まったのね」
「……そうですね」
神妙な面持ちで中継の様子を見ながら呟く古賀先輩。
時刻は20:00。
事前にこうちゃん達と打ち合わせた定刻ピッタリ。
ここは古賀先輩の家で、その自室。
始めこそウチたちも中央区に行くつもりだったけど……、古賀先輩の「私たちが行ったところで足手まといになるだけ」という最もな意見により、こうして離れたところで事の顛末を見届けようとしている。
「大丈夫かな、奏多さん……」
「……天后ちゃんも、奏多の役割はあくまでもサポートって言ってたから、無理はさせないと思う」
それでも。
この画面の向こうに、皆いるんだよね?
駅が崩れてしまうようなことが、巻き起こっているんだよね……?
「皆……」
どうか。
どうか、無事で。
ウチは人知れず、息を呑む。
***
「らあっ!!!
前の勢いはどうした!!?
仁っ!!!!」
《っ……!!》
紫色の光を迸らせながら肉迫し、右腕を振りかぶる寧々。
それを紙一重で交わしたのも束の間、目の前に迫る拳――――――。
――――――『成神』と同程度の霊力出力。
いや、瞬間的なもので言えば、今の俺を上回って―――――。
コイツの出力に合わせての『成神』解放率。
数値で言うと、およそ20パーセント付近。
中空での近接格闘はあくまでも前哨戦に他ならない
寧々は未だに十二天将も、そして『鬼人降魔』も発動させていない。
単純な膂力と霊力だけで、『成神』に……!
「受身なんて……、らしくないわねっ!!」
《っ……!!!》
寧々の中段蹴りが仁の脇腹へと突き刺さり――――――そして、慣性のままに背後の奇怪な形をした商業ビルへとその身を跳ばされる。
数多のガラス片が宙へと放り出され、夜光を反射しキラキラと乱反射していた。
その様子を、寧々は恍惚とした面持ちで見ていた。
――――――骨が軋む。
肉が切れる音がする。
拍動に合わせて、全身を体感したことのない激痛が襲う―――――。
でも、こんなものじゃ足りない。
アンタにされたことを、そのまま全部ぶつけて殺す。
蘆屋の術式だか何だか知らないけど、――――――今の私なら、仁を殺せる。
やっすんは心配してたけど、その代償に死んだとしても別にいい。
一条の誇りを汚された――――――、それだけで既に死んでいることと同義。
「あははははっはははははあああああああああああ!!!!!!!」
もっと。
もっとだ。
もっともっと!
もっともっともっともっともっともっともっともっと!!!!
***
白く発光する仁が対面のビルに吹き飛ばされるのを、視界の端では捉えていた。
しかし、俺が警戒するべきはこっち。
俺は眼前の二人から警戒を解くことなく、『閃慧虎徹』を構える。
一条寧々――――――。
聞いていた話と違う。
仁が圧倒されるなんて、予想外。
それもこれも……、コイツのせいだ。
目の前で微笑を浮かべ、静かに佇んでいる土御門泰影。
全身から漂わせている霊力は、十二天将の術者特有のモノ。
しかし、その発現事象は戦闘向きではないと言いながらも、搦め手としては絶大な効果をもたらすだろう。
『異脳』――――――。
『……私たちも、始めるか』
天后、そして奏多もその身に霊力を充填する―――――――。
するとそんな俺らの様子を見て、泰影は馬鹿にしたように鼻で笑った。
「いやいや、始めないよ?
俺が戦闘が苦手だって、天后知っているじゃん。
それに、この子も」
泰影の傍らに立っている白髪の学ラン。
ただただ感情の機微を感じさせることもなく、こちらを睨めつけている。
「椿はね?
霊力戦闘を覚えて日が浅い。
そこにいる天后の新しい契約者にも、敵わなかった始末だし。
とてもじゃないけど、戦闘では勝てないよ」
椿、と呼ばれた少年はそれに答えることもなく静かに霊力を迸らせている。
『ふんっ、それならば余計に都合がよい。
……今ならお前らを好きに蹂躙できる、ということじゃな』
「そういうことだね」
満面の笑みを浮かべる泰影。
自分たちに分が悪いはず。
それなのに、どうしてコイツはここまで余裕そうなんだ……?
そう、物量で差があるのは分かり切っているだろう。
それなのに、こうして俺らの誘いに乗ってくるなんて。
「……今回は、寧々に全ての戦闘を任せていてね」
『桐月に敵わなかった小娘にか?』
「う~ん、前はちょっとね。
さすがに……仁が強すぎたんだけど。
でも、今回は大丈夫だと思うよ」
いつの間にか。
泰影の傍らに、紫電のような霊力の奔流を周囲へと発している寧々が立っていた。
その瞳からは血涙が零れ落ち、吐血で狩衣が染まっている。
―――――当の本人は完全にトんでしまっているのか。
声高らかに嗤いながら、霊力を爆発させている。
そして――――――、俺の隣。
「仁······!」
《······》
純白にその身を染めた仁が、佇んでいた。
「寧々が、君たち三人の術者と良い勝負になると思ったから、僕らはこうしてここへと赴いた」
すると、泰影はわざとらしく手を仰ぎ、こちらへと背を向ける。
「寧々の『鬼人降魔』を知ってる?
簡単に言うと、恨みとか悲しみとか……怒りとか。
とにかく負の気持ちを戦闘力に変え、その身に纏うことができる術式だ」
事前に天后から聞いていた、一条寧々の能力。
『累乗』の発現事象をもつ十二天将『太裳』、そして……一条家秘伝術式『鬼人降魔』。
「君の『六合』と似たような話さ。
『鬼人降魔』の術式効果範囲を、『太裳』の発現事象で広げる」
転瞬。
暴力的な霊力が周囲へと溢れ出す。
それが、一条寧々による十二天将の発動であることに、数コンマ遅れて気付いた。
「……自身の呪いだけでなく、他者の呪いをもその身に宿す。
椿はね、『六合』の術者である君と、仁に並々ならぬ恨みを抱いている」
「······!?」
歯を食いしばり、こちらを睨めつける白髪の少年。
俺自身、どこで人の恨みを買うかは分からない事をしている。
しかし、それを踏まえても泰影の言っていることに心当たりが無かった。
この少年とは、初対面のはず。
面識もなにもかも、恨まれる覚えも―――――。
でも。
白髪の少年の、瞳。
その目に宿る感情には、見覚えがあった。
怨恨、憎悪、それに端を発する、マイナスの―――――。
「······ピンと来てないようだね。
でもいいさ、今は君達に対する呪怨を、そのまま寧々に纏わせる」
一条寧々の顔に形作られる、般若の面――――――。
椿と呼ばれた少年の呪いを転じることで、よりその禍々しさを増す。
面からは血涙が滴り、寧々の顔と一体化を強める。
甲冑のように狩衣を覆っていた装纏体、『叢雲』も、狩衣を巻き込みながら、小さい体躯の寧々を締め上げるように、その形を変えてゆく―――――。
『鬼人降魔』。
身に纏える「呪い」には、身体許容上限が存在する。
陰陽師はある程度「呪怨」に対し耐性があるとはいえ、長時間その身を晒されることで呪怨の侵食を受ける。
故に、一条の人間は発動の時間的な制約や、纏う呪いの身体許容上限を設けることで、術式を成立させていた。
しかし。
泰影の発現事象において脳制御を外した寧々に、その前提は関係ない。
死にゆく自身の肉体と魂を贄として、身体許容上限を超える呪いをその身に纏う――――――。
『――――――鬼哭啾啾』
そして、生まれる、一つの修羅。
『鬼人降魔【終式】―――――、閻羅王』
***
著者の駄文にお付き合い頂き、誠にありがとうございます。澄空です。
この152話をもちまして、今年の更新を終了したいと思います。
著者はその語彙力の少なさから、あーでもない、こーでもないと、なかなか1話を書き終えるのに時間がかかる遅筆の持ち主なのですが、それでもこんな駄文を読んでくれている人がいる、という事実に一喜一憂しながら、日々キーボードを叩いております。
さて。
この物語も、起承転結でいうところの「転」を迎えております。
お話としてはもう少しだけ続く予定ですので、お付き合い頂ければと思います。
それでは皆様、良いお年を。
また来年も引き続き、よろしくお願いします。
澄空




