第151話『第一次新都血戦』
8月25日19:24。
黛仁、宮本新太、近衛奏多、近衛奏多使役式神十二天将『天后』、新都中央区中央駅前に現着。
19:27。
黛仁の『成神』による、「空間内事象制御」を発動。
術者より半径200メートル以内に存在する非術者、およそ二千人を強制的に指定空間内より離脱させる。
19:45。
全非術者の離脱完了と同時、同術者黛仁によって、新都中央区中央駅前に非術者の物理的な侵入を防ぐ結界を展開。
それにより外界と遮断されたことで、周辺地域の交通インフラが麻痺。
帰宅時ということもあり、指定空間外の幹線道路では渋滞が発生。
地下鉄、在来線も新都中央駅へのダイヤを見合わせ、名実ともに大都会の中心部に人一人いない異質な空間が生まれる。
その、中心――――――。
――――――何だよこれ。
奏多は現実離れした眼前の光景に思わず息を呑んだ。
ここは新都一の繁華街であるはずの中央区、ましてや、その駅前である。
夕暮れ時――――――、普段であれば数多くの人の往来があるはずだった。
しかし。
従う者は誰一人いないのに、ただ明滅するだけの信号機。
人気のないなか、煌々と周囲を照らし続ける商業ビル群の灯り。
メインストリートであるはずの幹線道路を通る乗用車は、―――――ゼロ。
結界の外では自衛隊か警察か、はたまたマスコミか。
いずれかは分からなかったが、ヘリが新都中心部の異常に駆けつけたものと思われる。
結界外の喧騒を更に増幅させていた。
今頃、京香や来栖もこの有様をテレビやらSNSやらで見ているのかもしれない。
『……奏多、緊張しているのか?』
「っ……!」
協働不審な俺の様子に気付いたのか、傍らの天后が訝し気な目線を送ってくる。
「あぁ……うん、まぁ……緊張してる……かな?」
我ながら歯切れの悪い返答だ。
『大丈夫じゃ。
何度も確認したように、主な戦闘は桐月と新太が担う。
私たちはあくまでもサポート。
身の危険が生じたらすぐ『位相』、じゃな』
戦線離脱、か。
俺にできることは限られている。
それこそ、戦闘経験において仁や新太とは雲泥の差がある。
俺に戦果を期待されているわけではないとはいえ、それでもここにいるんだから、何かを成し遂げたい気持ちもある。
「……そうそう、天后の言う通りだよ。
俺らが危なくなったら、遠慮なく跳ばしてくれ」
そういう新太の手には既に一振りの黒い刀が握られている。
霊力も俺なんて非にならないほどに充填され、これが……陰陽師。
これが……真の十二天将術者なのだと、思い知らされる。
「……来たぞ」
不意に。
最前線に佇んでいる仁の声。
促されるままに目線を仁の方へと向けると―――――。
そこには、三つの人影があった。
***
「こんな街のど真ん中で……、おっぱじめようってかい?」
真ん中に立っているのは、紫っぽい狩衣に紋付を羽織った黒髪の男。
言葉の中身に反して、愉し気に手を合わせ新太たちの方を向いている。
この人物が、天后や仁の言っていた『暁月』の先導者にて旗手、「土御門泰影」。
その脇――――――。
桃色の狩衣を着た灰色髪の少女と、奏多が北の方へと跳ばしたと言っていた白髪の学ラン姿。
何食わぬ顔で佇んでいる辺り、既に新都へと帰還していたらしい。
しかしこれも天后の見立て通り故に、驚愕こそしないが……。
あの学ラン……恐らく、初見ではない。
どこかで会ったことあるような既視感を、新太は感じた。
「こんな見え見えの誘いに、誘われて来てみたよ。
天后、――――――君の力が欲しくてね」
「うるさいっ!
この痴れ者がっ!!
貴様らは、ここで潰す!!
覚悟せいっ!!!」
天后の言葉に、泰影の傍らに佇む灰色髪の少女が表情を歪めた。
「……潰されるのは、お前らだよ。
惨たらしくぶっ殺してやるから、覚悟しとけ」
「「……!!!!」」
転瞬。
膨大な陰の生体光子が、少女を中心に周囲へと爆発的に溢れ出す。
それに触れて、新太は背筋に冷たい何かが伝った。
少女から溢れ出している生体光子、それに込められている圧倒的な怨嗟。
それは言うならば――――――『呪い』。
数日前にこの少女は仁と交戦し、撤退を余儀なくされたと聞いている。
それに端を発するモノならば……。
「……」
当の仁本人は、普段通り何を考えてるか分からない瞳で、三人を真っすぐに見つめている。
灰色髪の少女、「一条寧々」を仁が相手取り、あの白髪の術者を新太と奏多で叩くという手筈。
十中八九、戦闘要員ではない泰影を除く二人が前線へと出てくるものと思っていた。
しかし―――――――。
「本当にいいの?
寧々。
多分死ぬよ?」
「……いいよ、やっすん。
むしろ、お願い。
仁を殺せなきゃ、意味がないから」
泰影はため息を一つつき、寧々の額に手を振れた―――――――。
19:58。
土御門泰影、一条寧々に対し、十二天将『貴人』を発動。
『貴人』の発現事象『異脳』により、一条寧々の脳制御が――――――解除される。
***
『泰影の『貴人』の発現事象、それは『異脳』じゃ』
「……いのう?」
『効果対象に物理的に触れることで効果を発揮する、脳全般に作用する発現事象……。
と言っても、ピンときていないみたいじゃな』
これまでに聞き馴染みのない言葉。
頭に疑問符を浮かべている俺に、天后は苦笑いを浮かべた。
『異脳はできることが幅広く、応用が利く。
脳に作用する式神である故に、それこそ認知や知覚を弄ることが可能じゃ』
「知覚や認知……。
となると、錯覚を作り出したり、幻を見せたり……とか?」
『呑み込みが早いな。
しかし早い話、もっと幅広い。
それこそ……側頭葉を弄れば、過去の記憶を改変し、目の前の敵を味方にすることすら可能となる』
「じゃあ記憶繋がりで、記憶を消したり……とかも?」
『可能じゃろうな』
「……」
『理論上、精神的に錯乱を誘発することや、洗脳も可能――――――。
認知を改変できるんじゃ。
そして、その数に制限はない。
自身の信者を強制的に生み出すこともできる。
精神発現事象は何でも実現できるじゃろう』
「精神の発現事象……」
精神発現事象、と聞いて俺の脳裏に思い出される一つの事実。
「俺達十二天将術者には、精神に効果を及ぼす発現事象は効かないんじゃなかった?」
それは記憶に新しい仁との会話。
新都タワーでの俺の仮説を否定しうる一つの厳然たる十二天将の性質。
『十二天将による退魔の恩恵、じゃな。
しかし、『貴人』は十二天将における最高位の式神。
他の十二天将に対する抑止力的な役割も兼ねている。
故に―――――――』
***
――――――他の十二天将術者にも、発現事象の効果が及ぶ。
「あははははははははははははっ!!!!!
はははははははははははははははっ!!!!!!」
俺の頬を一筋の汗が伝った。
自然と『閃慧虎徹』を握る手に力が入る。
声高らかに哂っている一条寧々を覆う紫色の霊力。
おおよそ一陰陽師で充填できる霊力の総量を超えている。
それは例えるなら、『成神』発動時の―――――――。
「――――――――?」
紫電。
一瞬の間隙の中で、俺の頬を紫電が掠めた。
そして、一拍遅れて鼓膜を震わす――――――轟音。
音は、背後から。
「……!!!!」
背後にあったターミナル駅が、崩壊を始めていた。
群青色の新都の夜空へと舞い上がってゆく砂塵。
そして。
それを割く、二つの人影。
「仁……!」
遥か上方。
紫色の霊力を迸らせている一条寧々と。
既に全身を白く染めた仁が、中空を舞う――――――。




