第146話『奏多と新太』
仄かなオレンジ色の灯りが、天井に反射していた。
何度か瞬きをすると、ぼやけていた視界が鮮明さを取り戻し始める。
―――――汚い天井。
うちっぱなしのコンクリートといった感じ。
それに……、薄暗い。
誰か喋っているのか、声が余韻を伴って反響している。
どこだ……、ここ。
「何で、こんなところに……。
っ……、いっつ……!!」
周りの様子を見ようと体を起き上がらせようとしたところで、全身に激痛が走る。
それと共に思い出される痛みを伴う記憶。
血で染まった視界で見た、月明かりに照らされる白髪。
力なく項垂れている来栖。
倒れた天后。
そして、俺たちに近づいてきた気配。
「っ……!!!
来栖っ!! 天后っ!!!!」
痛いだのなんだのと言っている場合じゃない。
二人は……!
二人はどうなった!?
「おっ、起きた」
『ようやくお目覚めか。
おっそいのぉ~』
「……へ」
体を起こして視界に入る二つの影。
そのどちらも俺には見覚えがあった。
「……天后!
それに……、京香……!?」
もしゃもしゃと何かバーガー的なものを頬張っている天后と、金髪のポニーテールを翻しながら、こちらを一瞥している京香。
天后は……、見た感じ無事そう……だけど。
どうして、京香が?
「満身創痍でぶっ倒れてたアンタたちを助けたの」
―――――アンタたち。
言うまでもなく、それは俺と天后。
そして……。
「来栖はっ!!?
来栖は大丈夫なのか!!?」
大声を出す俺に、京香は眉間に皺を寄せながらシーっと指を立て、そしてとある方向を指さした。
「……?」
その方向へ目線を向けると。
「すぅすぅ」と健やかな寝息をたてながら眠りについている一人の少女の姿。
それは紛れもなく―――――。
「……重篤な外傷はなかった。
今は見てのとおり寝てる」
『恐らく無意識のうちに霊力で防いでいたのじゃろうな。
お前同様、気付かぬうちに霊力に目覚めていたのかもしれん』
ポテトを鷲掴みにし、口の中へ放り込む天后。
どうでもいいけど、式神ってジャンクフード食べるのね。
「っ……!!
そうだ、天后!!
お前は大丈夫なのかっ!!?」
すると今度は二人して、『「しーっ!!」』と俺に向かって指を立てた。
……すいません。
『ったく……、お前の心配には及ばん。
久々の戦闘で張り切りすぎただけ、機械がオーバーヒートしたようなもんじゃ。
今は何ともないわっ』
「そうか……」
確かに、無我夢中で飯を食っている姿を見ると、大事ないように見える。
とりあえず。
二人とも無事なようで安心した。
その事実に安堵をし、胸を撫で下ろしたところでようやく周囲を確認する余裕が生まれた。
「ここは……?」
見たところ、ワンフロア丸々ぶち抜かれたフロア。
内装もへったくれもあったもんじゃなく、前述したようにコンクリ剥き出し。
お世辞には病人を寝かせておく場所ではないように思われる。
そして天后と京香の前には申し訳程度のランタンが置かれていて、それがこの部屋を照らす、なけなしの光源のようだった。
「あー……、なんて言えばいいかな……?」
『……別に。
普通にそのまま言えばいいじゃろ』
いつのまに打ち解けたのか、天后と京香は互いに顔を見合わせている。
「協力者の潜伏場所……?」
『桐月の小僧のねぐらじゃ』
「……?」
何一つ分からない。
「――――――起きた?」
不意に。
薄暗い空間の中に、聞きなれた声が響き渡った。
「おっ、噂をすれば戻ってきた」
『随分と、てこずったようじゃな、新太』
ツカツカとこちらへ向かって歩いてくる足音。
徐々に明らかになるその全容に、ほんの少しだけ背筋に寒気が走った。
……寒気?
何で、寒気が。
その人物はある霊力を纏っていた。
それは俺が意識を失う前に感じた、「十二天将の霊力」に他ならない。
「なかなか数が多くてさ。
仁も、今戻ってくるって」
ランタンが照らすその人物。
その姿が見えたとき、俺は言葉を失った。
なぜならば、そこには。
「―――――――俺……?」
そう。
「俺」がいた。
制服も顔も、何もかも。
瓜二つ、というレベルじゃない。
それはもはや鏡を見ている感覚に等しい。
「……君が、近衛奏多」
目の前の俺が口を開く。
その声も、聞き覚えがあるはず。
天后から聞いていた噂通りの人物ならば、この人は。
この世界とは異なるところから、天后が連れてきた人間。
「霊力」を駆使し悪霊を滅する「陰陽師」。
そして俺とは、その存在を同じにする―――――。
平たく言えば、別世界の俺。
「宮本、新太……!!」
俺の言葉に、新太は「……うん」と静かに頷いた。
「俺は、宮本新太。
君のことは……、京香から色々と聞いたよ」
新太の言葉にうんうん、と頷く京香。
「十二天将の霊力同士のぶつかりを感じて、あの神社に行ってみたら……、君達がいた。
それに……、契約したんだろ?
『血盟』とかっていう契約を結んだって、天后から聞いた。
何で、そんな無茶を……」
『新太と違って、奏多の方は無鉄砲なんじゃな!
普通に考えてアホじゃ』
「いやいや……、でもそれで敵を退けられたんだったら、まぁ結果オーライじゃないか?」
『まぁ、結果から言えばそうなのかもしれないが……。
ともかく奏多は新太以上のアホじゃ!!
向こう見ず!!』
「……」
「……ねぇ、奏多。
大丈夫?」
「……え、あぁ、うん!
全然大丈夫だけど……」
傍らの京香に顔を覗き込まれて、何とか意識が戻ってくる。
危ない危ない。
自分の同じ顔した奴が、天后や京香と話をしている――――――。
違和感というか。
自分を客観視している感覚に近い、というか。
とにかく不思議な感覚。
「ちょっと、不思議に思って……!
マジで俺と同じ顔でさ……」
「あぁ……、うん。
普通に考えて、気持ち悪いよな。
俺もずっと気持ち悪くて仕方がないよ」
「……なんか、その言い方ムカつくな。
俺自身だけどムカつくな」
穏やかな笑みを浮かべている宮本新太。
『お前に似て、優しい奴』と、天后は宮本新太の人となりを表現していた。
なるほど。
こうして言葉を交わしてみると、確かに優しそう。
というか、穏やかだ。
言い換えれば、精神的に成熟している―――――というか。
俺よりもだいぶ大人っぽく見えた。
「まぁ、ともかく……助けてくれてありがとう」
俺と天后の目的は、この「宮本新太」に協力を仰ぐこと。
期せずして、あの白髪との戦闘が宮本新太との邂逅を手伝ったのであれば、俺の契約も負傷も全て意味があったと言える。
「俺達も、ずっと奏多と天后を探していたんだ。
元の世界に帰るためにね」
「まぁ、そりゃ、そうだよな」
「でも……」と、新太が言葉を続ける。
「――――――今、戻るわけにはいかなくなった」
「……?」
―――――どういうことだ?
元の世界に戻りたくて、新太は天后を探してたんじゃないのか?
『……お前が寝ている間に、新太達と諸々の計略を練っておった』
セットメニューのジュースと思しき大きいカップを手に、天后は意味ありげに言葉を紡ぐ。
「……計略?」
『私たちが闘った白髪には、仲間がいる』
天后は、ゴロゴロと最後の一滴までストローで飲み干したのを確認すると、思い切りカップを握りつぶした。
『そいつら丸ごと……、この世界で倒すんじゃ。
『暁月』を、ここで――――――終わらせる』




