第139話『式神の少女』
「じゃあ……どうして、そもそもこの世界に……?」
「―――――大きくは、二つ。
霊力による影響がない世界に行き、敵である十二天将の弱体化を図ろうとした。
霊力は……、人の感情や認知の力が大きく影響する。
故に、「霊力という概念のない並行世界」でなら、アイツらを倒せると考えたのじゃ。
結果的に、この世界の人間に多大な迷惑をかけることになったのじゃが……」
顔をうつむかせ、服の裾を握り混んでいる少女。
敵勢力に襲われて咄嗟の判断だったとは言え、天后の中でも納得のいくものではないことが伺える。
「そして……、二つ目」
「うん……」
目の前の来栖、そして俺は固唾を呑んで天后の話を聞いていた。
***
俺は天后からおおよそのあらましを聞き、そのあまりの情報量に頭がパンクしそうになっていた。
『なるほど……。
霊力、式神、十二天将……。
やっぱり、なかなか信じられないな……』
俺の言葉を聞き、目の前の天后は静かに苦笑を浮かべる。
『……それもそうじゃろう。
この世界の人間にとっては御伽噺も御伽噺。
空想も空想じゃ』
しかし。
俺の全身を漂っているこの『霊力』……。
そして、刀を振るい魔を殲滅するもう一人の俺の存在。
奇怪なこの状況を説明するためには、天后の話を信じるより他はないように思われた。
『それで……、これから先どうするんだ……?』
天后は、一瞬躊躇うような素振りを見せたが、すぐに口を固く引き結び。
『―――――『宮本新太』に、協力を仰ぐ』と呟いた。
『……私には、もう力がないのじゃ。
……『血盟』が途切れ、数年。
霊力の供給が絶たれたタイミングで奴らから襲撃を受けた。
そして、己が身一つで新都までやってきた』
『……』
『流浪の式神である私に……、十二天将中の術者数人を相手取ることは不可能じゃ。
トドメをさされる一瞬を縫い、私はなけなしの力を振り絞り、新都に存在する十二天将を転移させた―――――』
『……』
『転移させた中には、敵勢力以外の十二天将も交ざっていた。
桐月の小僧、そして……宮本新太。
桐月の小僧の方は信用できるかはさておき……、宮本新太の人となりは知っている」
『お前に似て優しい奴じゃ』と天后は昔を懐かしむような、そんな郷愁に浸るような、そんな表情を浮かべている。
『助けて貰えるかもしれない、と。
それだけの理由で、多くの者達を混乱に陥れている……。
自分で言っていて嫌になる。
私は、他人任せのどうしようもない奴なんじゃ』
『―――――!
そんなこと……!』
話を聞いている限り、天后はただの被害者。
この子の力が欲しい奴らに、一方的に追われている可哀想な女の子にすぎない。
しかし、俺の言葉を否定するように、天后は静かに頭を揺らす。
『―――――結局、お前も巻き込んでしまった』
***
「……という感じじゃ」
俺が聞いた内容と寸分違わぬ天后の話。
すると黙って聞いていた来栖の肩がプルプルと震え始めた。
「それって……、こうちゃん何も悪く無くないっ!!?」
「……??
えっ……?
こうちゃんって誰……、私……?」
「その悪い連中に追われてるってだけじゃん!!!
ほんっと可哀想だよ!!」
来栖は天后のことを涙ながらに、わしっと熱く抱きしめる。
「あ……、う、うむ。
あ、え……あ、ありがとう……?」
来栖の抱擁に困惑している天后。
しかし……、「可哀想」。
その点に関しては俺も来栖と同意見。
だからこそ、俺は天后の力になりたいと思った。
「で、ウチはどうすればいいの!!?」と天后に詰め寄っている来栖も、それは例外ではないようだった。
「あ……、えっと……。
さっき……、ここに跳んでくる最中に追っ手を撒いたから……、その隙に『宮本新太』と合流したいと……」
「……なるほど。
だからこそ、ウチを呼んだんですね?」
納得したように何度か頷く来栖。
元々賢い子故に、こういうときの話の飲み込みが早くて助かる。
「……そう。
来栖だったら『宮本新太』と接触している可能性があった」
「だったら……、最初に古賀先輩に連絡を取る方がいいんじゃ……?」
来栖の言うことも最も。
接触している可能性、という視点で思考すれば、同じクラスである「古賀京香」や「蔦林虎ノ介」の方がまだ可能性がある。
「―――――愚問、ですね」
俺の煮え切らない表情を見て、来栖は察したようだ。
そう。
既に、試している。
天后の先ほどの言葉。
「イレギュラーな世界線移動、それに伴う弊害。同一世界に同質の存在がいることの影響」。
「宮本新太」の所有する連絡手段は、恐らく俺と全く同じ―――――。
それは電話番号やSNSのアカウントのID、パスワードに至るまで全部。
それ故に、通信手段が正しく機能していないものと仮説立てた。
「……メッセをとばした中で、唯一返信があったのは来栖だけだった。
だから合流をしようと思ったんだ」
「古賀先輩や虎先輩に学園に会いに行くことも、今はできない……ですもんね」
来栖の言葉に、俺は頷いた。
昨夜のこともあり、俺は今やネットの中でのお尋ね者に他ならない。
顔も名前も周囲の人間に割れている以上、大衆に身を晒すわけにはいかない。
ネットでは、警察も俺の行方を捜しているらしい情報もあった。
拘束されれば、身動きが取れない可能性がある。
常時であれば許されることでも、今は、それができないもどかしさがあった。
「ウチも、昨日まで……その……新太、さん?と連絡が取れていたんです。
でも……」
「……今は、違うよな。
俺と連絡できているから」
―――――『宮本新太』が、どこにいるのか。
情報通信機器が役にたたない以上、原始的な手段でしか捜索ができない。
急にこちらの世界に跳ばされたことにより、向こうも『天后』を捜している可能性は充分にある。
俺らは逆に動かない方がいいのか……?
自宅にいる可能性は?
いや……、この状況的にまず身を隠すのが普通。
となると、向こうも潜伏している……?
一人で?
協力者の存在は……?
うーぬ、と一人で思考を働かせていると、俺の方を天后がじーっと見つめていた。
「……どした?」
「……いや、当たり前じゃが。
本当にソックリじゃ、と思ってな」
「宮本新太……、と?」
天后は首肯し、また何かを懐かしむような表情を浮かべた。
「私が困ってどうにもできないとき……、奴は今のお前と同じようにあーでもないこーでもないと、頭を捻らせておった。
まだ「宮本新太」が年端もいかない頃の話じゃ。
お前達は、本当に同じなんじゃな」
「いや、本当にウチも全然気付きませんでしたもん!!
あっ……、てかウチ、キス!!
ヤバい!! キスしちゃいそうになってた!!!」
「っ……!!?」
―――――な、何だって!!?
来栖は何かを思い出すように顔を紅潮とさせている。
「いやでも、あの人も一応奏多さん?なわけだから浮気には、ならないのかな……?
……未遂、そうそう未遂だったし!!」
「いやいや、そう言う問題じゃないでしょ!」
これは……。
宮本新太。
俺と同質の存在であることをいいことに、来栖とよろしくやっていたのか……?
これは……、会ったら一発文句を……!
「……ふふふ」
「「何がおかしい(のよ)!!?」」
口を押さえて笑みを浮かべている天后。
とてもじゃないけど笑い話じゃない。
これは、由々しき事態ですよ……!
「いや……、すまん。
久々にこんなに人と話をしているから、面白可笑しくて……」
俺と来栖は笑う天后を横目に、互いに肩をすくめた。
「……こうちゃんって、本当に『式神』なんだ」
『……そうじゃ。
―――――ほれ』
天后の掌からほんのりと灯る明かり。
「うわ……」
その灯りは、やがて天后の手を離れて中空へと浮きあがった。
一つ……、また一つと光源が生まれては、薄暗くなっている拝殿の前を明るく照らす。
『人間は、こんなことできんじゃろ?』
「そりゃそうだな……」
この世ならざる奇跡。
そんなものが存在するとは、にわかに信じることができなかった。
……しかし。
こうして目の前で巻き起こる不思議なことの数々。
天后が元いた世界。
「陰陽師」や「式神」、摩訶不思議な「妖怪」やら「悪霊」のいる世界―――――。
皆が皆、霊が見える世界は一体どんな風なのか。
思ったよりも楽しいところなのかもしれない、と奏多は呑気にそんなことを思っていた。
「しっかし、どうしようかね。
宮本新太はどこに……」
『そう急がずとも良い。
先ほどの追手は撒いた。
時間的な猶予はまだまだ……』
天后の言葉が、そこで止まる。
不思議に思い天后の方を見ると、一点を見つめて固まっていた。
「……?
どうした?」
参道の始まり、つまりは鳥居のある方―――――。
何気なくそちらを見やり。
―――――背筋に冷たいものを当てられたが如く、寒気が走った。
天后の発した灯りで、ぼんやりと照らされている境内。
薄暗い鳥居の下、一つの人影。
中学生ぐらいの幼い体躯。
病的なまでに純白の白髪。
真夏だというのに上下の学ランを着ているのが、さらに怪しさに拍車をかけている。
『どう……して……!!』
「……!!」
「……?」
突然の来訪者の存在に、頭に疑問符を浮かべている来栖。
「誰……?」
「コイツだ……」
「……?」
「コイツだよ……!!
近衛の本家を破壊し、今日一日俺らを追い回している、十二天将の術者……!!!!」
『朝から襲ってきおって……!
私は、十二家紋で、唯一お前を知らん!
お前は一体誰じゃ!!』
天后の声が、境内の中を木霊する―――――――。
「……」
すると。
今朝からずっと沈黙を貫いていた目の前の学ランは、静かに口を開いた。
「―――――服部、椿」




