第137話『錯綜』
「……!」
背中の京香から、息を呑む音が伝わってくる。
――――――それもそのはず。
俺らの目的地である「近衛の本家」からは火の手が上がり、多くの消防車両や周辺住民と思われる野次馬でごった返していた。
「……かなりキナ臭いな」
俺同様、屋根の上で様子を伺いながら、仁は静かに呟いた。
現在行方が分からない人物、「近衛奏多」の所在について調べようと思った矢先のこの状況。
関係がない、はずがなかった。
「そんな……」
黒煙を上げ、木造りの建物が火を噴いている。
既にその大部分が業火によって消失――――――崩壊している。
京香は、その光景を言葉を失いながら、ただ静観していた。
「近衛奏多」の行方について京香が語った可能性の一つである「近衛の本家」。
本家とは言えども、京香が幼い頃訪れた際には誰にも住んでいなかったらしく、「近衛奏多」の秘密の場所、のような扱いになっていたようだった。
「新太」
「……あぁ」
黒煙に交じって僅かに感じる、霊力。
特徴的な悪霊由来である陰の生体光子ではない―――――。
「――――――式神。
それもかなり高密度の霊力」
恐らく二つか三つ……、その数は断言できなかったけど、仁の言う通り高密度の霊力が放出された形跡を感じる。
「……泰影に先を越されたか?」
「……」
『暁月』の十二天将の術者は、昨夜、仁により戦闘の続行が不可能な状態にまでされたと聞いている。
いずれにせよ。
ここにはその残滓が残っているだけで、陰陽師はおろか、その式神も姿を消した後のようだった。
「一体……、どこに?」
「……『空間転移』を、発現事象にもつ十二天将だ。
能力を使用し、凌いでいるとは思うが……」
目の前で炎上を続ける屋敷が、また大量の火の粉を伴いながら、倒壊しはじめた――――――。
***
夕刻――――――。
住宅街の家々の間から差し込む西日を横目に、泉堂学園1-C所属である来栖まゆりと、その友人である夏目八千代は帰路についていた。
「――――――結局、今日は警察の取り調べで終わっちゃったね。
まゆりちゃん」
「……」
泉堂学園の学生だけでも、あの現場にいたのはかなりの数に上っていた。
ましてや、昨夜の一件における重要参考人と思われる「近衛奏多」の彼女であり、騒動の渦中にいたであろう来栖まゆりの聞き取りにかかる時間は常時のそれではなかった。
しかし、当事者と言ってもいいはずの来栖まゆりの語った内容は、他の生徒と何ら遜色ない当たり障りのないものだった。
――――――それも、そのはずだろう。
来栖まゆりもまた、何が何だか分からないまま、「彼氏だと思っていた」全くの別人を傍観していたからである。
鬼気迫る表情で日本刀を振るい、未知の化け物を殲滅する――――――。
あの優しくていつでも明るい「近衛奏多」とは似ても似つかぬ変貌に、来栖は未だに心を乱されていた。
――――――あれは、奏多さんじゃない。
だったら一体……、あの人は誰?
本物の奏多さんは、どこにいるの?
「あー……、あのさ。
えっと……、まゆりちゃん、今日は何か美味しいものを食べに行こっか!!」
まゆりの内心を察することのできない八千代ではない。
彼氏が一夜にしてあんなことになってしまったのだ。
SNSには近衛奏多と思われる顔写真やら名前やらといった個人情報で溢れている。
それもホットワードのランキングにのってしまうほどに
その中には、悪質なものや誹謗中傷、あることないことが、さも真実であるかのように投稿されている、らしい。
「……ありがと。
でも、今日はいいや」
普段であれば二つ返事でノッてくるまゆりだったけど、今回ばかりは八千代の提案に頷くことは無かった。
「……」
――――――結局、奏多さんは今日一日学園に来ることは無かった。
この騒動の渦中に自ら飛び込むようなものだから、気持ちはまゆりにも分かる。
しかし。
――――――何で、ウチに何も言ってくれないんですか……?
『俺が好きなのは、『来栖まゆり』。
――――――君じゃ、ないんだ』
昏い瞳で、ウチにそう語りかけた彼。
――――――意味が、分からない。
何でそんなことを言われなきゃいけないの?
ウチだって来栖まゆりだし。
『人殺してる』って何?
犯罪者ってこと?
もしかして、アイツに殺されたのは、奏多さん……?
「……っ!
まゆりちゃん!!?」
一粒、また一粒と。
まゆりの両目から、涙が溢れはじめていた。
「ちよちよっ……、どうしよう……」
「まゆりちゃん……」
「奏多さん、どこに行ったんだろ……。
無事だよね……?」
溢れてくるもの。
それは、涙だけではなかった。
拭って拭っても、溢れる思いまではどうにもできない。
「会いたいよ……。
奏多さん……」
それが、まゆりの本心だった。
ずっと。
ずっと、不安だった
昨日から。
結局一睡もできないまま朝を迎えてしまった。
奏多のことを思えば思うほどに、何にも手がつかない――――――。
「……大丈夫だよ!」
「ちよちよ……?」
「あの奏多さんが、まゆりちゃんを悲しませたままにするはずがないっ!
アホみたいに元気で真っすぐな人じゃん!
まゆりちゃんが一番、それを知っているでしょ?」
「……うん」
コクンと頷くと、八千代は歯を見せて思いっきり笑った。
「大丈夫!!
どうせひょっこり出てくるって!!」
八千代に背中を叩かれ、まゆりの体が小刻みに揺れる。
「ちょっと、ちよちよ……。
痛い……」
転瞬。
揺れているのは、体だけではないことに気付く。
スマホの着信――――――、そのバイブレーション。
「……?」
まゆりは、目を疑った。
画面に一瞬ノイズが走ったかと思うと、一件のメッセが届いたことを知らせる通知音。
アプリを開き、その内容を確かめようと画面をスクロールする。
そして。
――――――まゆりは、息を呑んだ。
『来栖!
今から会える??』
それだけ。
たったそれだけの淡泊なまでのメッセ。
しかし、それだけの言葉の羅列に、まゆりは。
ある人物の存在を、確信していた。
昨日の奏多さんじゃない。
ウチの知っている……、大好きな。
そのメッセの送り主。
画面に書かれていた名前。
――――――『近衛奏多』。




