第135話『いつかの三人+一匹』
「え……、ちょ……何、狐と……誰」
俺の部屋の状況に、見るからに困惑している京香。
俺の知っている京香は、陰陽師、そして序列第一位としての自身と誇りに満ちていて、とてもじゃないけど人前で狼狽える姿を見せることなんてほとんどなかった。
それが……。
《久しいな、京香嬢。
最も、こちらの世界では初対面だが》
「狐、しゃべっ……!!」
《……ふふ。
―――――新太、外に異様な気配が複数ある》
「あっ……、そうそう。
外に何か変な記者っぽい人とか、警察とかたくさんいて……。
それも教えようと思って……」
―――――なるほどな。
確かに、近所の人にでも聞けば俺の居場所もすぐに特定できる。
普段から別に閉鎖的な生活を送ってはいない。
人並みに挨拶くらいするし、顔なじみの人もいる。
「……仁、場所を変えよう」
「分かった。
あの廃ビルでどうだ?」
「OK」
玄関先に人が集まってきているのか、何やら賑やかになっている。
そして、鳴らされるインターホン。
京香が内鍵をかけているとは思えない。
「よいしょっと」
「あっ……ちょっ、な、何っ!!!?」
京香を背中におぶり、ベランダへの窓を開ける仁に続く。
「え、ホント何、ここ三階っ……」
霊力を全身に充填させる―――――。
「えっ、待って待って嘘でしょ、何すんのいやほんとに」
「京香」
「……は、はい」
「ちゃんと捕まっててね」
「……!!」
そして、俺は。
中空に向かって飛び出した仁の後を追い、ベランダの手すりを蹴った。
背中では京香が「いやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」と、これまた聞いたことない悲鳴を上げていた。
***
新都南区芥口にある廃ビル―――――。
仁がねぐらにしていたこのビルは、世界が違えど存在していた。
俺の記憶にあるのと何ら遜色ない外観と内装。
昼間だというのにボンヤリと薄暗く、どこかもの悲しい雰囲気が充満している。
「よしっと……」
割れた窓部分に足をかけると、既に到着していた仁がストレッチ的なことをしていた。
「遅かったな」
「……そっちが速すぎるんだよ」
とはいえ、俺も最高速度を維持してここまでやってきた。
人から目撃されるのを極力避けるために移動手段は空路を中心に跳躍を繰り返したわけではあるが……。
「……京香、ちょっと」
途中から悲鳴が聞こえなくなったからどうしたのかと思ったら……。
全身の力が抜け、完全に気絶しているのが見て取れる。
「おーい、京香。
大丈夫?」
真っ白なほっぺたを何回かペチペチと叩くと、「……はっ!」と意識を取り戻した。
「いやああああああぁぁぁあぁぁぁあああああ!!!!」
「……もう大丈夫、着いたよ」
「ああああああああぁぁぁぁぁ……、……え?」
京香は何回か周りをキョロキョロと見回し、そして「ここどこよっ!!?」と俺に向かって指を指した。
……中途半端に説明しても京香は納得しないだろうし、かと言って俺らの素性を教えてもいいものか……と悩んだが、京香から漂ってくる圧力に勝てるはずもなかった。
それから俺らは。
俺自身が「近衛奏多」ではなく、「宮本新太」であること。
俺と仁が別世界から来たこと。
そして、その世界では『陰陽師』と呼ばれる存在がいること。
『陰陽師』は、昨晩出現した悪霊と闘うことが日常であることを説明した。
始めは眉間にシワを寄せて、胡散臭い話を聞くような表情を浮かべていた京香だったけど、次第に真剣に相槌を打ち始めた。
「……ということで、さっきのは『陰陽術』って言って、『霊力』を起点に発動するものなんだ」
「――――――なるほど。
……となると、この画像もその『陰陽術』ってやつの一つなのね」
京香が見せてくるのは、昨晩俺がセンタースクエア前で戦闘した際に撮られたと思われる画像。
ネットに転がっているモノの一つに他ならない。
「……そう、それは『式神』。
陰陽師が悪霊と闘う際に使用する兵器……、のようなものだね」
俺の返答に、京香は「『式神』……そして、『霊力』……。だから、マラソンの時も……」と一人で納得している。
それはそれと。
「……よくそこまで、素直に信じられるね」
今、俺の話していること。
それは自分で言うことじゃないけど、「妄言」と一蹴されてもおかしくない類いの話だ。
『悪霊』だの、『式神』だの……。
俺が仮に今の京香の立場だったら、素直に全部が全部鵜呑みにできるかと聞かれれば怪しい。
すると、京香は別にどうでもいい、というように金色の髪をかき上げた。
「……別に。
今アンタが話したことを仮に事実とすると、辻褄の合うことが多いってだけ」
既存の知識に囚われない柔軟性、事象同士をつなげ合理的な考えを生み出す思考力―――――。
前言撤回。
目の前にいる人物は、やはり「古賀京香」で間違いがない。
《京香嬢は、相も変わらずに優秀だ》
「ありがと、天」
すでに天と打ち解けているのも、どこか懐かしさを覚える。
「……よく考えたら、アンタは『奏多』じゃないわ」
「……どういうこと?」
「性格が全然違うもの。
奏多は人に気をつかったりしない。
自分が思ったままに進んでいく……というか。
まぁ、とにかく……、アンタは優しいってこと」
「……」
―――――世界が違えば、名前も性格も異なるのか?
「しかし不思議ね。『奏多』と同じ顔なのに……」
そこは京香も疑問を抱いているところらしく、京香はしばらく頭を捻っていたが「現状、答えはでないわね」と考えるのをやめた。
「……そこで、どうするの?」
「?」
「元の世界に帰るんでしょ?
そのためにどうするか、考えてたんじゃないの?」
京香の言うことも最もだ。
しかし、昨日までとは明らかに状況が変わってきている。
悪霊の現界が起こってしまった以上、新都の地場は、いまや不安定。
しかもその原因は俺ら、十二天将の術者にあるときた。
このまま居続けることで与える影響こそあれど、現状を放って帰りる気にもならない。
その旨を京香に伝えると、「そっか……」と納得はしてくれているようだった。
「とりあえず、今新都に悪い陰陽師も一緒に来ちゃっているんでしょ?
となると……、新太達をここに連れてきた十二天将?と、その術者……ってやつを探すしかないんじゃないかしら」
「……俺もそう思う。
『暁月』も、その十二天将の能力を狙っている。
もし敵の手に渡ってしまえば、悪用されるのは目に見えている」
仁の言葉に深く頷く天。
やはり、今はそれしかないか。
「でも……、手がかりもないしな」
仁が昨日丸一日かけて新都中のパワースポットを巡り、成果がなかったことを思い出す。
潜伏先としては、「霊力を補給できる場所」が候補として挙げられるんだけど……。
「……霊力って、別に場所でなくても存在するのよね?」
「……?
もちろん。
何なら、最も多く霊力を生み出すのは、俺ら人間……」
自信ありげな京香の表情を見て、一つの事実に気付く。
別に、「場所」でなくて、「人」からでも霊力は補充できる。
「その十二天将の術者視点で、考えてみればいいのか……?」
「……可能性の一つね」
なるほど。
完全なる、盲点。
十二天将は式神。
霊力の回復を考えた際、そのリソースは「場所」では無く「術者」。
つまりは霊力の回復は、現状どこでも可能―――――。
「むしろ、選択肢が広がったんだけど……」
《……いや、霊力の供給を「人」から行っている、という視点はいいと思う。
現状生じる違和感から考えてみれば良い》
天には状況が分かっているのか、俺らを試すような目線をこちらへと向けている。
「違和感……」
《―――――京香嬢、君の方がピンとくるだろう》
「え……?」
《我々《・》との邂逅を経て、未だ不明なことは?
未だに、パズルのピースとして登場していない者は誰だ?》
「……っ!!
そうか……、そうだよね……」
「……!」
―――――未だに、登場していない者。
それはよく考えれば分かることだったのかもしれない。
最初、俺は世界の方が変わってしまった、と思い込んでしまった。
しかし、事実は異なり、俺達十二天将の術者がこの世界への来訪者だった。
俺自身、何の違和感もなく日常に溶け込んでしまったから、気付かなかった―――――。
当たり前だ。
泉堂学園普通科2-Fの学生として生活してきた者。
この世界の、「来栖まゆり」と付き合っている者。
『陰陽師』とは縁の無い日々を送っていた、この世界における「宮本新太」―――――。
それは、つまり。
近衛奏多。




