第134話『波紋』
翌日明朝。
8月21日午後九時頃、新都南区センタースクエア前で発生した大規模なテロにより死傷者多数―――――。
通報を受け警察の機動隊が現場に駆けつけた頃には、既に事態は収束。
そう各種メディアで報道され始め、様々なテレビ局がこぞって現場のセンタースクエア前からの中継を行っていた。
しかし、SNS上では昨夜新都で巻き起こった事件が、テロなんかではないことを証明する数々の動画が投稿、拡散されていた。
―――――逃げ惑う人々を襲う、異形の存在。
生きたまま頭部を囓られるショッキングな内容のものも、中には存在した。
非日常を具現化したような投稿の数々に、ネット上はこれまでにない盛り上がりを見せていた。
そして、もう一つ。
ネットの住民を飛びつかせた一枚の画像―――――。
一振りの日本刀を構え、異形を切り伏せる一人の制服姿の少年。
現場での目撃例が、画像だけではなく動画でも投稿が相次ぎ、最初の少年の画像が投稿されてから僅か十分足らずで、その身元を特定される。
私立泉堂学園普通科2-F所属、『近衛奏多』。
それが少年の名前であり、この異常事態を収束させた張本人という見方がネット民の中では有力だった。
***
「これマジ……?」
「やっぱり、近衛君だよね……?」
8月22日8:21、私立泉堂学園2-F教室内は異様な雰囲気に包まれていた。
既に登校してきている生徒達は、皆一様にスマホの画面を見ていた。
そこに映されている画像の人物―――――。
その人物の座席は、未だに空席。
そして。
普段とは異質な点として、朝から2-Fの教室を覗き込む人々が絶えない。
それも全て―――――、皆ある人物の姿を探していたから。
「……おはよう、皆来ているか?」
定刻になったのか、クラス担任である服部楓が教室に入ってくる。
その問いかけに、一人の女生徒がおずおずと手を上げて答えた。
「……近衛君が、まだです」
「……」
服部教諭はクラスの中で唯一の空席、「近衛奏多」の席を一瞥した。
「……皆も気付いてると思うが、昨晩の一件での我が校への問い合わせが相次いでいる。
誰とは言わないが、関係者が我が校にいるという見立てだ。
警察からの聴取も既に始まっている。
……昨夜センタースクエア前にいた者はいるか?」
服部教諭の問いかけに、クラスの女生徒数人が恐る恐る手を上げた。
「……よし、墨田と中村だな。この後、別室に呼ぶ。
それまで少し待機。
……他の者は自習だ」
それだけ言うと、服部教諭はそそくさと教室の外へと出て行ってしまう。
それと同時に喧噪を取り戻す教室内。
皆一様に、クラス唯一の空席を見つめながら、その空席に座っているはずの人物について思い思いのことを話していた。
「ねえねえ、京香?
近衛君と連絡つかないの?」
「……全然。
既読もつかない」
―――――一体、何が起こってんのよ、奏多。
ってか、いい加減返信しなさいよ……!
現在進行形で、京香は渦中の人物に何度も何度もメッセを送っていた。
しかし、自分の送ったメッセに「既読」の二文字がつくことはなかった。
外界との接触を完全に絶っているのか、はたまた触れられたくない理由があるのか。
いずれにせよ、こんなことになっているのにどうして私に何も言ってこないのよ。
―――――私達は幼馴染みじゃ、ないの?
京香は只一人、怒りの感情を抱えていた。
***
「―――――すごいことになってるな」
つけっぱなしのテレビでは、若い女性のリポーターが興奮気味に昨夜の現場で状況を説明していた。
生々しい血痕や、破壊された路面店の割れて散乱したガラスなど次から次へと画面に映し出される昨晩の残滓。
『近隣の自然公園では、謎の爆発もあった模様です。警察は関係機関との連携をとりながら状況の調査にあたっているとのことです。
一体、この新都で何が巻き起こっているのでしょうか』
実況中継のリポーターの文言でそう締めくくられ、ニュースはCMへと切り替わった。
ニュースやメディアでは情報統制が敷かれているのか、一貫して新都で「テロ」が巻き起こったという報道が成されていた。
しかし、皆既に気付いているのだろう。
これが既存の知識や常識では説明不可能な事態であると。
「お前の顔まで、しっかり映っている。
自主的にお前を探している奴らも、出て来ているみたいだぞ」
仁が持っている端末には、SNS上のアプリが開かれていた。
俺も勿論、今がどういう状況か理解している。
だからこそ、こうして家に引きこもり、今後の身の振り方を考えているわけで……。
朝一で仁から連絡があり、こうして俺の家で情報を持ち寄って俺らが置かれている現状を再確認。
やはり仁も仁で、戦闘を行っていたようだった。
しかも、十二天将の術者と。
昨夜感じた霊力の爆発は、俺の予想通り仁のモノだった。
センタースクエア前の一件はそれに端を発するモノ、と結論づけていいだろう。
そう仁は苦い表情をしながら呟いたのは記憶に新しい。
仁も責任を感じているのか、口数が少ない。
「……しかし、ここまで話題になるなんてな。
たった一回の戦闘でお祭り騒ぎだ」
「仕方ないよ。
ここは『陰陽師』という概念すらない世界なんだ」
新太としても、昨晩のことは正直仕方が無かった。
目の前で悪霊に蹂躙されてゆく様を見過ごすなんて、とてもじゃないけどできない。
救える命は救いたい。
その祈りの代償が、――――――これ。
「後悔はしていない……、けど。
動きづらくなったのは確実。
―――――泉堂学園2-F、『近衛奏多』」
「……」
表情では平静を装っていた。
しかし、その名前を呟いたとき、仁の霊力が揺らぐのを俺は見逃さなかった。
「……この世界で、俺は『近衛奏多』という名前らしいけど。
世界が違えば、名も異なるのか?」
「……さぁな。
それに関しては、俺も分からん」
嘘だ。
仁は、何か知っている。
でもそれについて言及しても良いのか、今の新太には判断がつかなかった――――――。
別に、名前なんてどうでもいい。
今の状況に関係はない。
でも……。
《……新太、客だ》
唐突に、仁の傍らに術現する一匹の狐。
―――――客?
この状況で訪れてくる人物。
怪しいことこの上ないように思われるが、その突然の来訪者が誰なのか、天はすでに分かっているようで、穏やかな表情で、玄関のドアを見つめていた。
ガチャガチャと鍵を開ける音の後に、ドアが勢いよく開け放たれた―――――。
「奏多ーーーー!!!!
いるーーー!!?」
ズカズカと我が物顔で、家の中に入ってきた一人の少女。
その顔には怒りの感情で満ち満ちていて、俺を見つけた瞬間、「アンタ、何で連絡してんのに、返信しないの!!!?」と、悪鬼羅刹の如き噴火の兆しを見せる。
しかし、それも次第に困惑の色に変わる。
「……誰?
って、狐……!!?」
俺の傍らの仁、そして。
式神であるはずの天が見えているのか。
京香は、驚愕にその目を見開いていた。




