第132話『無知故に、人は死す』
悪霊の現界。
それが意味することは、磁場が臨界を迎えていることと同義。
この世の理から外れたモノたちが、姿を現す環境が整ってしまった。
先ほど新都のどこか、そこまで遠くではない場所で爆ぜた霊力の気配――――――。
誰の霊力か、根拠こそないが確信していた。
あれほどの霊力の歪―――――。
それに起因するのもだとしたら。
センタースクエア前に鎮座する最大規模の商業ビル「クロスシティ新都」。
その外観に巻き付くように蠢くそれ。
醜悪な風体と共に、生理的に受け付けないであろう怪奇音を周囲へと轟かせている。
そして。
「―――――――え」
「何……?」
「刀?
ヤバ……」
俺の周囲にいる人たちの視線が俺へと注がれていた。
右手に顕現する一振りの日本刀。
陰陽師という概念そのものが存在しないならば。
これを見るのも、周りの人間にとっては初めてのはずだった。
対悪霊特化型霊力付与殲滅兵器。
通称――――――式神。
「奏多さん……、それ、なんですか……?」
来栖の大きい目が、見開かれていた。
唇に手を当て、こちらを何か信じられないようなものを見る目で固唾を呑んでいる。
「撮影……?」
「そうそう。
多分、ゲリラのやつだって。
だっておかしいじゃん、あんなの」
「ねえ、おにいさーん。
それほんものー?」と物珍しそうに、スマホを構え撮影を始める人もいる始末。
無知ゆえの危機感の欠如。
それが如実に表れていた。
悪霊がどのような存在か、理解していないが故の蛮行。
でも、それも仕方がないことだった。
今、この場で闘える者は俺一人――――――。
「……離れててください」
――――――霊力装填。
座標を指定し、発現事象『加速』を発動。
見上げていた悪霊との距離を、瞬時に零へ。
「あっ、あそこ!!!」
誰かがこちらを指さしていた。
眼下を見ると多くの人がひしめく中、スマホが向けられていた。
まるで――――――見世物。
突如始まったショーを堪能するかの如く、観衆の口には笑みが浮かんでいた。
ここはもう安全じゃないんだ。
逃げてほしい。
ただ、それだけだった。
俺の体は、そんな大勢の視線が交錯する中空を舞っていた。
刀に込めた霊力。
その奔流を、ただ眼前の異形へと。
――――――抜刀。
生体光子がその結合を解き、弾け飛ぶ感触と共に、再度周囲に巻き起こる嬌声。
「いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「ちょっと、何だよこいつらっ!!!」
人ごみに僅かに生じる空間。
その中心に出現するのは、今しがた祓ったモノたちと同類。
――――――既に始まっている。
恐怖や絶望――――――。
マイナスの感情は、悪霊にとってその現界を促す重要な要素になりえる。
これだけ多くの人が一斉に介し、尚且つ悪霊に対する耐性は皆無。
保たれてきた秩序が崩壊するのは僅か一瞬。
ほんの亀裂を入れるだけで、あとは勝手に決壊してゆく――――――。
「痛い……、何すんっ……!!」
「やめてくださいやめてくださいやめてください、お願いしますお願いしますっ……!!
そんなに引っ張らないで、あっああああっあっあああああっあっ」
視界の至る所で、悪霊の姿が次々と形成されている。
そして、溢れる断末魔と助けを乞う悲鳴――――――。
何が起きているのか把握できず、未だに撮影を続けている者。
自身が助かろうとするべく、周囲の人間を押しのけ逃走を図ろうとする者。
僅か数刻足らず、眼前に広がる混沌。
――――――現界速度が速すぎる……!
眼前の光景は、かつての大霊災を新太の脳裏にフラッシュバックさせた。
あの惨状を目撃したのもここ、センタースクエア前に他ならない。
しかし、あの時と決定的に違うのは。
蹂躙するモノたちを、滅する存在が――――――いないこと。
『――――――『六合』、『閃慧虎徹』……同調!!!!』
転瞬。
全身にみなぎる漆黒の霊力。
右手の日本刀が、純黒にその刀身を変える。
そして、肉体と共に、加速を始める思考――――――。
「……!」
世界が、その動きを止める。
中空にその身を置きながら、センタースクエア前を俯瞰。
蹂躙せしめんとする魔を視界に収め、その全座標を演算し指定――――――。
「……舐めんな」
『加速』のその先へ。
跳ぶ。
線ではなく点と点の移動。
それはすなわち、「瞬間移動」と言い換えてもいい。
視界内の全怨敵を滅する、漆黒の刀刃。
――――――『千黑絶歌』。
鮮血に濡れた路面に着地し、振り払う刀身についた悪霊の霊力。
「――――――消え失せろ」
それと、ほぼ同時に。
現在進行形で、人体を咀嚼していた個体。
人を襲い始めていた個体。
それと、今しがた現界を始めた個体。
センタースクエア内に存在する全ての悪霊が粒子となり、消滅をはじめる――――――。




