第126話『集う十二天将』
「……朝」
スマホのアラームが鳴っていた。
寝ぼけ眼でそれを消し、日付を確認する。
―――――8月21日。
外を見ると、今日も八月の朝日は絶好調のようで、部屋中に既に暑さが充満しつつあった。
そのままスマホをいじり、連絡先を確認する。
佐伯支部長や支倉さんの連絡先は昨日同様に消えたまま。
それは現状は何も変わっていないことを示している。
しかし、好転したことは……ある。
「……」
新規連絡先の欄にある「黛仁」という文字。
昨晩、新都タワーで改めて連絡先を交換した仁のものに他ならない。
昨日と明確に変わったこと。
それは、俺と同じ境遇の存在を確認できた―――――ということ。
しかも、信頼における陰陽師である仁と天。
互いに情報を集め、そして何か判明した時には連絡を取り合う約束をしていた。
「……どうしようかな」
今日一日のこと、である。
学園に行ったところで、何か有力な情報が集まるとは考えにくい。
というか、行っても仕方がないと言った方が正しい。
俺の本当に欲しい情報があるとは考えづらい。
でも……、どこに行けばその情報が手に入るかも不明。
「……とりあえず行くか」
ほとんど条件反射で制服を身に纏い、家を出た。
ジリジリと焦がすような陽光が容赦なく俺の全身を包み込み、あまりの眩しさに眉根を潜めた。
季節としての夏は好きだけど、いい加減もういいな。
あまりの暑さに辟易しながら、俺は昨晩の仁との会話を思い出していた。
***
『十二天将、だろうな。
十中八九』
『俺ら以外のってことか……?』
『空間転移を発現事象としてもつ十二天将が存在する。
その術者……もしくは、その式神本体』
『……』
『俺ら、十二天将の術者に発現事象の効果範囲を指定し、この世界へと連れてきた、というのが俺の考え』
『十二天将って……、お前が新都で探していた奴か?』
『……可能性は、高い』
***
仁の話を真に受けるとすらならば、当面の目的はその十二天将に関する手がかりを見つけなきゃならないってことだよな……。
ここは、陰陽師やそれに関する事象のない世界。
俺らを連れてきた存在がいるのであれば、元の世界に戻るためには同じ手段を踏むのが妥当。
でも……。
「そもそも、どこにいるのかも分からないしな……」
「なーにが、わかんねーんだ?」
気の抜けたような声。
後ろから頭を小突かれ、バランスを崩す。
「ちーす」
声の主なんて確認するまでもなかった。
「おはよう、虎」
「昨日もお熱い放課後だったようで~」
虎はヒラヒラとスマホを振っている。
その画面に映し出されているのは、何かの写真……?
SNSにアップされたもののようだけど。
どこかで見覚えのある画角と背景、そして映っている被写体。
「それって、昨日の……」
かき氷を食べた喫茶店、そしてバッチリとキメている来栖に対し、アホ面で映っている俺。
ってか、来栖アップしたんか……!
SNSに……!!
「楽しそう~~~~」
「……まぁ、うん。楽しかったよ」
「いいなぁ~~~、俺も彼女欲しいなぁ~~~!」
虎の頭の悪い叫びが住宅街に響き渡る。
普通に近所迷惑だからやめてくれ。
「……髪型とか気を使ったらどう?」
「ばっか!めちゃくちゃ気を使ってるだろ!!
カッコいいだろ、これ。このツンツン」
「あぁ……うん、そうだね。
カッコいいカッコいい、ハリネズミにならモテそう」
「お前……、適当だな。
シバくぞ?」
虎との馬鹿話に脳のキャパを割いている暇はないんだ。
そう。
俺にはやらなければならないことが……。
=====
[新都立第二自然公園 18:43]
放課後。
「俺は今日一体何をしていたんだああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「……頭の悪い叫びはやめろ」
空は茜色に染まり、カラスが間抜けな声で鳴いている。
俺の隣には呆れ顔の仁と、楽しげに笑っている天。
俺と仁達は本日の情報収集の成果を交換すべくこうして学園最寄りの自然公園に集まった次第。
それなのに……、それなのに……!
「何でもう放課後になってんだ……!」
「……ほんとに、今日何してたんだ?」
思い出せ。
確か学園に行き……。
「虎から最近ハマっている芸人について講釈を受けたり、体育でバレーボールしたり、昼休みには京香たちからマズいグミを食わされ、昨日同様クラスの女子からは質問攻め、挙句の果てにはいくつかの体育会系の部活動に引っ張り出され……今に至る。そして……この後は来栖と会う約束もある」
「……別に、楽しそうでいいじゃねぇか」
ジト目で話を聞いている仁の言葉に、うんうんと頷いている天。
「いや、違うだろ!!!
仁は今日どうだった……!?」
「……」
仁はめんどくさそうに頭をガシガシ掻くと、「収穫なし」と呟いた。
「十二天将と言えども、俺らを別次元別世界線にトバすだけの霊力を消費している。であれば、消費した霊力を供給したがっているんじゃないか、とアタリをつけて色々と探して回ってた」
「なるほど……」
「とりあえず新都中の神社やパワースポットを回ったけど、ハズレ。それらしい気配もなかった」
「そうか……」
仁はちゃんと自分の仕事をしていたというのに。
俺は……、俺は……!!
《……別に、楽しめばのよいのでは?》
「そういう問題じゃない!
何というか、これは自己嫌悪だ……」
明らかに異質なこの状況。
陰陽師がいない。
悪霊もいない。
霊力を日常で使うこともない―――――生活。
そんな非日常に順応し始めている自分が嫌だ。
《……新太は真面目だな。
もう少し心の余裕をもった方がよいと思うぞ》
「……(コクコク)」
腕組みをしながら頷く仁。
「……仁、天」
「なかなか貴重な経験だろ、陰陽師じゃない日常なんて。
事実の発見よりも、その価値を発見をした方がいい。
本気で十二天将を探すのは……、それからでも遅くはないと思う」
《そうだそうだ、焦るのは生命に危険が及んでからでよいよい》
はははっ、と呑気に笑う狐。
……そんなものだろうか。
「……とにかく収穫なしっていうのなら、別にもういい。
この後約束とやらもあるんだろ?
そっちに行ってこいよ」
「……仁は、この後どうするんだ?」
「……疲れたから寝る。
悪霊も雑魚ばっかだし……、夜も安全だろ」
欠伸をしながら目を擦る仁。
仁の今日の一日がさっきの話通りなら、新都中を駆け回っていた、ということになる。
どれだけの地点を巡ったのは分からないが……。
《また、何か分かったら連絡を取ろうぞ》
目を細め、笑っている天。
本当にいいのか……?
「では、今日はこの辺で……」
《でぇと、楽しんでくるのだぞ》
「っ……。
う、うん。どうも……」
***
新太は複雑そうな表情を浮かべ何度もこちらを気にしながら、公園の出入り口からその姿を消した。
新太の霊力、生体反応が徐々に離れていく。
そして指定領域内から離脱を確認し―――――、欠伸を一つ。
―――――相変わらず馬鹿真面目だな。
《仁》
「……あぁ、分かってるよ」
公園内の人払いは既に済ませてある。
俺は刀印を結び、自然公園内全域にかかる結界を展開。
―――――向こうは、霊力を極限まで絶っている。
故に、新太にも気取られることなく、ここまでの接近を……。
「……もう、出てきていいぞ」
夕暮れの自然公園に声が響く。
茜色に染まった池の水面が、風で揺らぐ―――――。
「……何イキッてんのよ、雑魚仁のくせに!」
木の陰から出てくる二つの影。
一つは桃色の狩衣を着た灰色ショートカットの少女。
しかし、実年齢は俺の上。
そして―――――もう一人。
「―――――久しぶり、仁」
似せ紫色の狩衣を来た青年。
ずっと変わらない見た目。
華奢で痩身な体躯に線の細さ。
目の奥に宿る色は、その髪と同じく漆黒―――――。
「……寧々、泰影」
仁の目の前に佇む二人。
十二天将『太裳』正統継承者一条家当主、一条寧々。
十二天将『貴人』正統継承者土御門家当主、土御門泰影。
両名、旧型陰陽師テロ組織『暁月』所属―――――。
「やっぱり、……発端は暁月か」
となると、天后はこいつらから逃れるために……。
繋がる点と点。
具体性を帯び始める俺の仮説。
「お仲間は、他にも来てんのか?」
「あぁ、もうひ「何でアンタが質問してんの?」
泰影の返答を遮った寧々は、その幼い顔に似つかわしくないほどの青筋を浮かべている。
その声から発されている怒気と明確な敵意。
ツカツカとこちらへ歩みを進めながら、懐から一枚の朱色の護符を取り出す。
「……主導権は、こっちにあるんですけど」
転瞬。
護符、そして術者の寧々を中心に、同心円状に発される爆発的な霊力の本流―――――。
「また、昔みたいにボコボコにしてあげる」
「……いやー、仁。
すまない。
寧々もずっと我慢していたんだけど……、限界みたいだ。
ちょっと相手してやってくれ」
泰影はやれやれといった体で、しかしその口には微かに微笑を浮かべながら、身を引く。
「……天」
《承知》
隣にいた天の姿が、粒子となって消失。
霊力をその身に充填させる。
「っ……!」
徐々に白くその姿を変える俺を見て、寧々は感情と共に霊力を滾らせる
「清明様の式神を、そんなことに使ってんじゃないわよ!!!!
こんの邪法使いっ!!!」
振りかぶった護符へと、寧々は霊力を収束させる―――――。
「雑魚は雑魚らしく、その身に合った一生を送ってればよかったのよ!!!」
「十二天将神名『天空』、―――――成神」
「十二天将神名太裳、発動っ!!!!!」




