第125話『のじゃロリ』
新太と仁の邂逅と時を同じくして。
新都南区の外れ住宅街の中に一際異彩を放つ、一つの屋敷があった。
表札には「近衛」と記されている。
この街が新都と呼ばれるようになる以前からこの辺りに住んでいる者であれば、その家が過去にいかに栄華を誇った家であることを知っているだろう。
しかし、現在は住んでいる人間がいないのか、はたまた手入れする人間もいないのか荒れに荒れ果てている始末。
近隣住民は廃墟同然の屋敷があることで、周辺環境及び治安の悪化を懸念し、役所に何度も申し立てを行っているらしい。
その忘れ去られた屋敷の一室に、灯りがついていた。
古びた和室の中に、人影が二つ。
一つは制服を着ている、いかにも学生といった出で立ちの青年。
そして―――――もう一つ。
脂汗をその額に滲ませた、年の功七~八歳くらいの少女。
肩ほどの色素の薄い髪の毛が、蝋燭の火に揺れている。
二人は隣り合いながら壁に寄りかかっていた。
傍から見たら、さぞや怪しい一幕に見えることだろう。
警察に見られたら問答無用で一発逮捕だな、と他人事のように、その男子高校生は苦笑いを浮かべた。
「うっ……くっ……!」
瞳を閉じている少女。
その表情が苦悶に歪む。
今朝からずっとこの調子だ。
ほとんど一日近く、こうして手をつないでいる。
「……なぁ、やっぱり病院に行った方が……」
「っ……。
余計なことを言うなっ。
腐ってもお前は十二天将の系譜。霊力は相応のモノじゃ」
だから……。
一体何なんだよ、霊力って……。
あと、そのババア口調。
見た目に似合わないからやめてくれ。
体力不足がたたり体調を崩したことが原因で、ここ最近明朝ランニングを行っていた。
今日も今日とて、いつも通りアパートを出て、学園の前を通り、芥口方面に抜けるルートを走っていた。
その道中で倒れていたのが、この少女だった。
はじめは救急車を呼ぼうとしたけど、衰弱している少女から辛うじて聞き取れた「匿ってほしい」という旨の言葉。
それを有言実行し、こうして人気のない古巣まで戻ってきて、少女を回復させている、と言った次第。
というか、手を握っているだけで回復するって、今考えたらどういう理屈だよ。
「……」
しかし、現にこうして少女は普通に会話をできるくらいには元気になってきている。
「お前は、このまま私に触れてるだけでいいのじゃ!
あとは何も望まん……!」
「へいへい……」
いわゆる「のじゃロリ」ってやつだろうか。
クラスの丸井がなんか前に言っていたような気がする。
「ワシも申し訳なく思ってはいるんじゃぞ?
でも致し方ないのじゃ……。もう少しもう少し霊力が戻れば……!」
「―――――別にいいよ、霊力でもなんでも。
こうしてるだけで元気になるんだろ?
それに……逆に感謝してるよ。
今日学園でマラソン大会があってさ、サボれてよかったーって感じだよ」
「ぬぅ……、そうか」
ぼんやりと部屋をともしている蠟燭の火が揺れる。
電気は既に止まっているため、納屋にあったこんな時代錯誤な光源しかない。
でも少女はどこか落ち着いた様子。
「何で、あんなところに倒れていたんだ?」
「襲われた」
あっけらかんと言う少女に、青年は眉間に皺を寄せた。
「私の持つ能力が狙いなんじゃ!
アイツら、複数人で襲ってきおって……!!」
その時のことを思い出しているのか、少女はワナワナと唇を震えさせている。
能力が狙い、とな。
霊力といい、能力といい、何か現実味がない話になってきた。
「君の能力って?」
「……何じゃ!
お前も私に興味津々か!!
エッチ!!バカ!!おたんこなす!!」
プンプンと怒り出してしまった少女。
まぁ、色々と詮索するのも失礼か。
気になることはたくさんあるんだけど……。
「れでぃに対して失礼じゃ。
蝶のように、花のように敬うのじゃ」
「……はいはい」
「それと、さっき学園の話をしていたが……、お前はしばらく外に出ない方が身のためじゃ」
「……?」
これまでのおちゃらけた感じではなく、いつにないほどに真剣な表情を浮かべる少女。
「新都はもうじき、戦禍にさらされる。アイツらも状況を理解したら動き出すのは目に見えているからの。
それにお前がいると、その……ややこしくなるというかなんというか……」
急に歯切れが悪くなる少女の口調。
「私のせいと言えばその通りなんじゃが……、でも、あの時はそうするしかなかったんじゃ」
「……?」
少女が何を言っているのか、よく分からない。
でも、俺自身何をすべきかはなんとなく分かった、ような気がする。
「―――――よし、大丈夫」
「……え、何がじゃ?」
「要するに、君を狙っている奴らがいるんだろ?
じゃあ俺が何とかするよ」
「……う~ぬ、正直お前に何かができるとは……」
霊力のことも知らないし……、と口ごもる少女。
「大丈夫大丈夫、とにかく今は休んでな」
とにかく、何がどう転ぶかは分からないけど。
この子を助けたことに後悔はない。
俺がそうしたかった、ただそれだけ。
「ところで、君の名前は?」
「……天后」
「プリンセス?」
「そりゃ天功。
お前はアホか」
口では悪態をついているけど、少女……いや天后は静かに笑みを浮かべていた。
―――――よかった。
笑えるようになるほどに、余裕をとり戻している。
それから俺と天后は時間を忘れ、くだらない話をしながら、夏の夜が更けていくのを待った。




