第13話『霊×式神×無能』
「先生」
「何だ、宮本」
「これは一体何でしょうか」
先生に呼び出された場所。
それは紛う事なき修練場に他ならなかった。
―――――第一修練場。
実習でも度々訪れていたため、俺としてもなじみ深いところではある。
しかし。
昨日の一件もあったため、予想とは大きく異なるというか……。
てっきり懲罰的な感じを想像していたというか……。
「これは、補習だ」
「補習……」
「お前はただでさえ三週間も休んでいたんだ。言ってしまえば他の同級生よりも遅れている現状。それを見かねた心優しき担任が、学習する場を提供したのだが……、異論はあるか」
「いえ、何もありません。ありがとうございます」
「よろしい」と言いながら、服部先生は紫煙を吐き出した。
これは素直に感謝しておくのがベター。意味もなくたてつくと、その後何があるか分かったもんじゃない。
服部先生は俺が一年の時からの担任で、その都度その都度で世話になっている。
国による陰陽師養成が始まって以来、最初に世に出された陰陽師だったりする。
つまりは一期生だ。
見た目こそ俺らとそんなに変わらないように見えるが、中身はちゃんとアラサー。
年相応に見えないのは、ちゃんとメイクをし、綺麗にきりそろえられたショートカットの髪が要因だろう。
……婚活とかしてるのかな。
「宮本。殺すぞ」
「っ……!?」
なぜだ!?
心を読めるのか……?
「いや、何か失礼なことを考えている感じがしてな」
抜け目がないというか何というか……。
いや、今回は俺が悪い。
「ところで……先生。補習してくれるのはありがたいんですけど」
「……? 何だ」
「どうして京香がいるんですか」
「……(ニコニコ)」
そう。
俺の隣にはおおよそ「補習」なんてものとは無関係の人種がいた。
特例隊員は講義や実習において、特別な待遇が認められている。
それこそ学校を休んでも「現場に出撃しているから」と言う理由でお咎めはない。
「古賀は優秀な生徒だ。自ら補習を名乗り出てな。別段断る理由もないから、参加を認めた」
「……面白がっているな」
先生には聞こえないように京香に耳打ちすると、ただほくそ笑むだけ。
クソ……いつか絶対に追い抜いてやる。
「……いいか? では始めるぞ。宮本、アレは何だ?」
「……?」
先生の指さした先。
俺がこの修練場に来たときには最初からいた、それ。
「『霊』……ですよね」
先生が指し示す『霊』はどこか無表情で、女性のモノだ。
俺と先生が喋っているときもそこにいたし、認識していた。
風景に溶け込んでしまうほどに一般的になってしまった存在、それが『霊』。
「今更な話だが、これは『霊』だ。君たちは『調整』を既に完了されている世代だから、物珍しいものではないだろう。
では……問題。『霊』の正体とは?」
「生体光子です」
口を開きかけたところで、京香に遮られる。
……俺だってもちろん分かってたよ。
―――――生体光子。
光の基本的単位である『粒子』。同様に人体からも粒子が発されている。
それは嬉しい、悲しい、怒りといった感情。
いわゆる『心』と呼ばれるものだ。
『精神』と『物質』はこれまでに相反する物として定義付けされてきた。
しかし、これが量子力学により反証される。
感情、人の心と呼ばれる物、そして―――――魂。
上記の物は人体から発される粒子として存在し、周囲の物質に相互作用をもたらす。
笑っている人の近くにいると、どこか自分も楽しい気分になってきたり、怒っている人の近くでは、嫌な気持ちになる。
また、現代陰陽道成立以前は人が「死」を迎えた際に、体重が21グラム減少するという事象も観測されていた。
それも全て、生体光子によるもの。
死に瀕した人体から魂という名の「生体光子」が発され、質量が減っていたのだ。
「……古賀には愚問だったな。その生体光子が姿を形作り、電子の作用、得意な磁場の影響を受け、視覚的に現界したもの……それが『霊』」
養成学校に入学し、一番最初に習う項目。
基本中の基本とも呼べる内容だ。
「コイツらは言わば意識の集合体。基本的には向こうから危害を加えてくることは無い。しかし、中には例外がある」
「『悪霊』……ですね」
俺の答えに満足そうに頷く先生。
「生体光子は、人間の「意識」や「感情」だ。しかし、プラスのものだけじゃない。恨み、嫉妬、後悔、憤怒。マイナスの生体光子により、現界し、人間や物体に物理的に干渉してくる。それが、我々が相手取る『悪霊』」
「人的被害を最小限にして根本となる原因を叩く、それが私たち……陰陽師、ですよね」
「……そう。霊の構成単位は生体光子に電子を纏ったもの。
それを現代陰陽道では『霊力』と定義。共有結合された電子を、『式神』の霊力で解離させる。
これが……『祓う』」
「旧型の使用していた『特別』の式神を解析・一般化、誰にでも使用可能にしたものが『人造式神』だ」
「君たちの手に持っている、それだよ」と、先生は俺の手に握られた護符を指した。
「……とまぁ、確認は以上。実習だ。宮本、この霊を式神で祓え。
とにかく『祓う』という感覚を体感しろ」
「……分かりました。『起動、type「虎徹」』」
ようやく本題のようだ。
これまでの事前情報は全て前座。理論も大切だけど、最終的には陰陽師として現場に出ることが目標。
俺達に求められているのは、実践に他ならない。
「この霊は悪霊じゃない。余計な動きもないから、まずは線でなぞるように式神を動かせ」
「……はい」
言霊により形状を変えた『虎徹』を携え、眼前の霊の前に移動。
そして、先生に言われたとおり『虎徹』で霊を斬るようにスライドさせた。
しかし。
「あれ……」
一時は中空へと霧散するが、霊は再度形を形成してしまう。
「出力が足らん。もっと霊力を込めろ」
「はっ、はい!」
昨日の実習で言っていた『霊力装填』。
式神の刀身に体中の霊力を乗せようと、集中するが……。
俺自身の霊力も空中に霧散して、なかなか上手くいかない。
「っ……! クソ……!!」
「……ちょっと、何やってんのよ」
そんな俺の様子に見かねたのか、京香が俺の横で式神を起動させた。
「いい? 自分の霊力を式神に委ねるの。
そうすれば自動で勝手に霊力を増幅してくれる。
後は、想像。
刀の先に霊力が纏いついて、……何て言うか、鋭さを増していく?感じ」
言うが早く、京香の『虎徹』はかなりの霊力が注ぎ込まれているようで、すでに刀身が発光、周囲に微弱ながら風圧が発生するほどのエネルギー量になっていることが見て取れる。
「いや……ちゃんとやっているんだけど……!!」
京香のように想像もしているし、霊力も全力で流し込んでいる。
しかし。
「……っ! ちくしょうっ……!!」
俺の霊力は霧散し、なかなか式神に留まってくれない。
「……もういい、宮本」
「はぁ……はぁ……、えっ……!?」
「『霊力装填』、もっと修練しておけ。古賀もすまなかった。時間の無駄だったな」
「いえ、そんなことありません。基本は大切ですから」
あっけらかんとそんなことを言う京香。
あれほどの霊力を込めていたはずなのに、息一つ上がっていない。
俺はもう、死ぬほど、疲れているのに……。
天才と落ちこぼれとの違いをまざまざと見せつけられたようで。
「……クソっ!」
額から流れ落ちる汗を手の甲で拭い、その場に崩れ落ちた。
―――――どうして俺は、みんなには当たり前のことができないんだ。
影ながら努力だってしている。
誰よりも勉強している自信もある。
それなのに……。
「ちょっと新太。だ、大丈夫よ。コツを掴めばすぐに……」
「京香……」
今はその優しさは、逆に辛いんだよ。
「京香」からの言葉は……、今は効き過ぎる。
「あと、宮本」
「……はい」
「清桜会からお前宛に通達が来ている。着替えたらこの後すぐに、本部へと向かうように」
―――――来た。
しかし。
昨日のことなんて、今の俺にはどうでもよかった。
今はただ越えようのない現実の壁に打ちひしがれていた。
どうすればいいのか、分からない。
「……はい」
俺はただそれだけ呟いて、修練場から去って行く先生の後ろ姿を呆然と見送った。




