第122話『消失』
スマホの液晶に映っている時刻は16時半。
放課後。
欠伸が出るほど退屈な普通科の授業を終え、俺は約束の場所に来ていた。
泉堂学園正門前。
放課後になれば……と淡い期待をもっていた。
校舎もいつもと同じ外観に、普通科ではなく陰陽科の泉堂学園に戻っているのでは、と。
しかし、真正面から今しがた出てきたばかりの校舎を見てみるが……。
「……」
やはり俺の目の前にあるのは、馴染みのない外観の建物に他ならなかった。
―――――時間の経過はあまり関係がない、か。
ため息を一つつき、俺は手に持ったスマホを操作する。
昼間、メッセを確認していた時に気付いたこと―――――。
俺はスマホに登録された連絡先一覧を指でスクロールする。
「やっぱり、ない……」
仁。
秋人さん。
そして、佐伯支部長といった清桜会の面々の連絡先が、軒並み俺の連絡先から消えている。
削除した記憶もない。
ましてや、陰陽師関連の人物だけが綺麗に消えている、ということにも疑問が残る。
周りの人間は霊力を知らない。
それに加えて「陰陽師」という概念も一般的ではなさそうだった――――――。
会話の中でクラスメイトにそれとなく話を振ってみたが、皆一様に頭を捻っていたのが記憶に新しい。
そして陰陽師関係者のみが、連絡先から消えている現状―――――。
分かってきているようで、いまだ情報が足りない状況に嫌気がさす。
―――――何らかの改変が起こったのは確定。
それが現実を改変させる発現事象か、精神に影響を及ぼす発現事象かは不明。
しかし、今俺の身の周りでは「霊力」や「陰陽師」といった既知の常識を皆持っていない―――――。
「―――――陰陽師が……、いない世界」
今この現状を、そう考えるのが妥当。
そう仮定すれば、付随して疑問が生まれる。
皆、霊や霊力を認識できないのであれば、悪霊の存在はどうなっているのか。
全日本陰陽師連合、清桜会はそもそもあるのか?
旧型のテロ組織『暁月』は?
頭に生まれた連鎖的に生まれた疑問が膨らみ……そして、瓦解する。
「……ダメだ」
情報が足らない。
とにかく泉堂学園だけじゃダメだ。
もっと多方面で情報を、それこそ俯瞰できる場所に行かないと……。
「―――――待ちました?」
「……!」
不意に背後から名前を呼ばれ、振り向く。
すると、そこには放課後共に帰ることを約束した少女が立っていた。
桐生さん……とやらの誘いを断ることになったのも、この子が俺の特別な相手だからだった。
「ごめんなさい……、待たせましたよね?」
「いや全然、授業早く終わったんだよ」
少しだけ、体感温度が上がったような気がする。
それは暑さのせいじゃない。
彼女からメッセが来た時に、俺は安心した。
どんなに周りがおかしくなってしまったとしても、この子との関係は続いている―――――。
「今日はですね~?
めちゃくちゃ可愛いかき氷を売っているというお店に行きたいんですよね~~」
めちゃくちゃ可愛いかき氷……?
想像もつかない言葉の羅列に首をひねる俺を見て、少女は楽しそうに微笑む。
「……まあ、とりあえず行きましょうか。
お店、あと少ししか開いていないみたいなので!」
少女は自分のスマホで時間を確認し、そして俺の手を勢いよく引っ張る。
「あっ……!
ちょっと待って……、来栖―――――!」
繋がれた手が熱をもっていた―――――。
***
来栖と降り立ったのは、新都中央駅―――――。
その名の通り新都の中央区に位置し、紛れもない清桜会新都市部の最寄り駅である。
四月の新都大霊災で、行政機関がその機能の大多数を失ってからというもの、中央区へ向かう交通の便は激減し、利用者も限られていた。
そのはずなのに……。
「……!」
駅構内は霊災前と同じような人通り、賑わいをみせていた。
丁度帰宅ラッシュが始まるか、という時間帯。
スーツ姿のサラリーマンや学生服姿がうごめきあい、うねっている。
何でこんなに中央区に人が……。
慣れた足取りで地下道を歩く来栖の隣を歩きながら人通りを眺めていた。
来栖に手を引かれ地上に出た俺は、実に簡単なQ&Aだったことを悟る。
「……嘘だろ」
四月二十四日。
新都大霊災により生じた爆発で、神尾DEPALU前一帯が蒸発。
以降、解体を待つだけの廃ビル群になっていたこの場所。
「さあ、行きましょ~~」
都市の日常が、そこにはあった。
破壊されたビル群なんてものは、ない。
爆心地らしきクレーターもない。
ただたくさんの人が、そこで生きているだけ。
ただ当たり前の景色のはずなのに。
俺は呆けることしかできなかった。
「……?
どうしたんですか??」
突然立ち止まった俺を、来栖は不思議な表情で見ている。
先ほどの泉堂学園の状況。
そして、頭で組み立てた仮説。
復興した、というレベルじゃない。
そもそも霊災なんてなかった。
目の前の景色を表現するのにはそれが最も適切であるように俺には思われた。
「いや……、ごめん。
なんでもない」
陰陽師が存在しない世界。
だからこそ。
新都大霊災を巻き起こした服部先生は生存しているし、中央区も無事、ということ……なのか。
点と点が線でつながり始める。
来栖の隣を歩きながらも、俺は思考を止めてはいなかった。
今しがた向かっているかき氷のお店とやらに向かう道すがら、俺はその既視感に気付いていた。
俺たちが歩いているのは、清桜会新都市部へ向かう道順。
そう。
俺の仮説を裏付けるもう一つの証拠。
それは、―――――清桜会の存在。
陰陽師が存在していないというのなら、それを統括している組織である「清桜会」も存在しない。
陰陽師の有無により、世界に改変が起こるとすれば……。
「……!」
俺らの目の前に姿を現した見上げるようなビル。
外観は俺の記憶の中のモノと変わらない。
「来栖、この建物って……何?」
「……?」
首をかしげる来栖。
急な俺の質問に対するものか、それとも質問の答えに窮しているのか。
それは分からない。
しばらく首を傾げたのちに来栖は、「どうだったかな……」と口を開いた。
「オフィスが入っているか、銀行とかじゃ……?」
「―――――!」
決定的だった。
陰陽師、という言葉すら出てこない。
俺の知っている清桜会は―――――ない。
陰陽師が、いない。




