三章『エピローグ』
窓から入り込む残光で目が覚めた。
でも、それが朝陽なのか、夕陽なのかは判別がつかなかった。
光の色合い的に多分夕陽、かな。
ここは……病室だろうか。
周りに目線を送ると白を基調とした閑静な個室の中、俺は一人で寝ていた。
……いや。
一人ではなかった。
「すぅ……すぅ……」
ベッドにうつ伏せにもたれかかって、静かに寝息をたてている一人の少女。
―――――来栖。
その頬には、涙の伝った跡があった。
「……」
理由なんてない。
これは、ただの気まぐれ。
俺は眠る来栖の頭をゆっくりと数回撫でた。
目覚めてすぐで頭が覚醒しきっていないのだろう。
ただ、無性にそうしたかった。
来栖に触れていたかった。
「ん……」
……しまった。
起こしちゃったか?
眠たげな目を擦り、控えめな欠伸を一つ。
そして―――――来栖と目が合う。
「……」
「……」
パチクリと何度も何度も目を瞬きしている。
え……。
ノーリアクション?
「「……」」
一瞬の逡巡の後。
「新太さーーーーーーーーーーん!!!!!!」
病室に来栖の声が響き渡った。
***
「そっか……、俺ずっと……」
来栖から今の時刻を教えて貰い、窓から差し込む光が夕陽であることを知る。
それと病室が熱海の病院であることも。
ともすれば、昨晩の戦闘から丸一日分寝ていたことになるのか……。
「ホントに出血が酷くて……、危険だったんですよ?」
それはもう……、本当にその通りだと思う。
体から力が強制的に抜けていく感覚。
体験したことのない寒さ。
これまでで一番、「死」に近いところにいたんだと思う。
全身の斬撃痕は未だ残れど、陰陽術を駆使すれば数日で綺麗に治る、らしい。
来栖曰く、だけど。
「明星会は……どうなった?」
本来、八月十日である本日が合宿最終日の予定だった。
昼頃には新都へ戻る手筈だったけど……。
「ウチ達以外は、……皆戻りました。
ウチはワガママ言って、無理矢理ここに残ったんです」
えっへん、と胸を張る来栖。
すごくゴネたんだろうなぁ……。
その時の来栖を想像するだけで、微笑ましく思うけど、対応する方はたまったもんじゃないだろうな。
「古賀先輩や虎先輩も来てたんですよ?
昼頃、皆と一緒に帰っちゃいましたけど」
「そっか……」
二人のことだ。
安定している俺の容態を見て、長居は不要と判断したんだろう。
もしかしたらスマホにメッセの一つや二つは入っているのかもしれない。
いずれにせよ、二人には余計な心配をかけたようだ。
「……」
「……」
窓の外からヒグラシの鳴き声が聞こえる。
自分自身の容態のことは、正直別にどうでもよかった。
生き残った―――――、もちろんそれに勝るものはない。
生存こそが、戦闘における最高の戦果に他ならない。
しかし。
「来栖」
「……はい?」
「―――――相手の男は、どうなった?」
俺の問いに、来栖は口をつぐんだ。
答えて良いものか、躊躇うような素振り。
その挙動が、もう既に答えなんだろう。
来栖の口から言わせるのは、酷だろう。
「俺が、殺したんだ」
悪霊、じゃない。
祓うのでは無く、殺した。
「……相手は、『暁月』です。
テロリストですよ?
あの日、多くの人が死にました。
それを巻き起こした張本人達です」
『暁月』所属陰陽師への無条件応戦、可能であればその身柄を拘束。
身柄の拘束が不可能であると判断した場合、その危険性を鑑み、生死に依らず戦闘不能にするよう、清桜会より通達こそ出ていた。
しかし―――――。
あの瞳。
業炎にその身を焼かれながら、俺へと向けられていたあの男の瞳。
それは―――――、憎悪。
それは―――――、憤怒。
それは―――――、怨恨。
網膜に焼き付いて離れない、あの鮮明な目―――――。
「……」
あの状況。
覚悟を決めなければ、俺が殺られていた。
来栖を守るために、俺も必死だった。
と、言い訳を並べたところで、俺が人を殺した事実は変わらない。
俺は―――――。
「―――――!」
手に温かい感触。
温かさに促されるままに視線を送ると、来栖が俺の手を握っていた。
「ありがとうございます」
「……!」
「新太さんが守ってくれなかったら、多分……ウチ死んでました。
助けてくれて、ホントにありがとうございます」
真っ直ぐに俺を見つめ、言葉を紡ぐ来栖。
手が僅かに震えているのは、来栖の中でも葛藤があるのかもしれない。
俺に伝えてもいい感情か、はたまた閉まっておくべき感情か―――――。
視線が、僅かに逸れる。
そして今の今まで真っ直ぐ俺のことを見ていたのに、急に慌ただしく泳ぎ出す目線。
「……?」
「あの……、えっと……」
徐々に紅潮する来栖の顔。
何かに耐えるように、小さな唇を精一杯引き結んでいる。
そして―――――。
「もっと……もーっと、―――――新太さんのことが好きになりました」
そう。
静かに呟いた。
顔をゆでだこのように真っ赤にさせながら、うつむいている。
繋いだ手が、熱い。
「……」
―――――俺とは、大違いだ。
昨晩、結局来栖に思いの丈を伝えることができなかった。
自分が本当に情けなく思うし、何より来栖に失礼だった。
―――――それに対して、来栖は気持ちを言葉にして伝えることができる。
それは、「才能」。
積極的に見える来栖でも、実は毎回毎回緊張しながら言葉を紡いでいたのかもしれない。
恥ずかしさを噛み殺しながら、ただひたすら必死に……。
だから、俺も―――――。
踏み出してみようと思った。
「来栖」
「えぇっと……、は、はい。
あっ、すいません、急に変なことを……!!」
「俺も、来栖が好きだよ」
「そうですよねっ!!
ウチどうしたんだろ、あはは……」
不意に。
来栖の動きが、止まった。
「―――――へ?」
何を言われたのか、理解できていない表情。
思考が完全に停止している。
「来栖、好きだよ」
「あ……へ?」
その後、たっぷり一分以上の時間が経過した後―――――。
来栖は再度、病室内に絶叫を轟かせた。




