第12話『衝突』
[4月16日(火) 泉堂学園2ー1教室 8:18]
「昨日なんであんな所にいたの!! そんであの陰陽師は何!!?」
ばーんと言う音が教室に響いた。
周りのクラスメイトも何事かとこちらに視線を向け、ヒソヒソと何やら話している。
痴話喧嘩か何かと思われたら嫌だな、と思ってたら、再度俺の机がバンバンと音を立てた。
「ちょっと新太、聞いてんの!!?」
「聞いてる……、聞いてるから机叩くのやめてくれ」
やっぱり……、こうなることはもう昨日の段階で想像できていた。
京香は目を血走らせながら、ぐにに……と真っ直ぐに俺のことを見据えている。
こうなったら京香はしつこい。それこそ自分の納得のいく回答を聞くまで粘着するつもりだろう。
「何だよ……登校早々。まぁまぁ落ち着いて」
京香達、特例隊員は夜間の出撃が義務づけられている代わりに、翌日昼過ぎからの登校が認められている。
なので、京香が朝から教室にいるのは非常に珍しかったりする。
つまりは、それほど気になったと言うことなのだろう。
俺が昨夜、夜の街にいた理由―――――。
「何で!! アンタが!! いたのよ!!! 禁則事項よ!!!!」
そう。
陰陽師として活動するには資格が存在する。
養成学校を卒業することがその要件なのだが、これまた陰陽師周りには厳しい禁則事項が存在する。
例えば……、「陰陽師免許を持たぬ者に対して、出撃を課してはならない。」
他には、学生といった陰陽師資格のない者の夜間の式神使用及び、現場に足を踏み入れることは法令で禁止されている。
昨日、俺が一番怖かったのはこれだ。
と言うか、昨日の仁の口ぶりだと既に俺の存在は清桜会本部に筒抜けであるらしい。
何らかの罰則はあるのが当然だろう。
「何か……、ね。たまたま……」
「嘘! 確信犯でしょ!!!」
完全にヒートアップしてる。怖い。
でも、本当になんて言えばいいんだろう……。俺もある意味巻き込まれた側なんだけど。
「アンタの成績じゃ、現場になんて出させて貰えないだろうし……」
…………。
前述した陰陽師資格についてだが、例外はある。
それは、陰陽師養成学校での成績だ。
学年での序列上位五人くらい。それは年によって人数は変わったりするのだが、現場に出ることができると判断された学生は陰陽師資格の仮免を保有している扱いで現場に出ることができる。
まぁ、元々成績が良い奴らは名家の出や小さい頃から英才教育を受けてきたいわゆるエリートであるため、一般の学生はそこまで危機感なんてないのが現状だった。
「……俺も拉致されたんだよ。あの狐の陰陽師に」
「被害者だって言うの……!?」
「もうバリバリ被害者。あー、怖かったなぁ……」
「……」
当たり前だが、釈然としない表情を浮かべている京香。
どうだ……?
「……じゃあ、あの狐野郎は何?」
「だから、俺もよく分からないんだって」
これは半分本当。
昨日一緒に行動したものの、黛仁という男が何者か俺にだって掴みかねている。
唯一分かっていることは『特別』を使用する旧型ということだけ。
あと、説明を端折る悪癖がある。
「……清桜会から、朝の内に通達があったわ」
「……!」
「狐面の陰陽師について、情報提供を求めているみたい。拉致されたアンタには今日中に監査がはいるかもね。……規則違反のことも含めて」
「……気が重い」
大体、なんで俺がとっちめられなければいけないんだ。
あの全身真っ黒の神出鬼没陰陽師を呼んで来た方が速い気がしてきた。
「大体……」
そう言いかけたところで、「ガララ」とドアを開ける音に遮られる。
教室の時計を見ると、いつの間にやらHRの時間になっていた。
と言うことは……。
「おい、お前ら席つけ。いつまで立ってんだ」
俺の予想通り、教室に入ってきたのは担任である服部先生だった。
さすがに、そそくさと京香も自分の席に戻ってゆく。
全員が席に着いたことを確認すると、服部先生は口を開いた。
「宮本、放課後私の所まで来るように」
「えっ……」
開口一番、俺の名前が先生の口から飛び出した。
昨夜のことで何か動きはあると予想はしていたけれど……。
「……退学とか勧められんじゃね?」
水を打ったような教室の中に、不意にそんな声が響いた。
と同時に、教室の至る所から聞こえる押し殺したような笑い声。
「……」
実習での一件は、まだ尾を引いているようだ。
居心地の悪い周りの雰囲気はまだ継続中。
いや……、これはもしかしたら俺が最下位である限りずっと続くのかもしれない。
『下の人間を見て満足しながら生きるより、上の人間を見て歯を食いしばりながら生きた方が、良いと思わない?』
昨日京香はそんなことを言っていた。
しかし、世の人間全てがそんな風に思えるわけではない。
見下せる、馬鹿にできる明確な対象がいれば、それに乗っかって安心したい。
ただでさえ「序列」という競争社会の中で生きている陰陽科だ、下の存在は彼らにとって精神安定剤になりうる。
「……もう諦めればいいのに、陰陽師」
「……いなくなったらなったで、私達の誰かが最下位になっちゃうよ」
「うわ、……それ最悪」
くそ……、言いたい放題……!
自然と握りしめた拳に力が入る。
男、女関係なく聞こえてくるのは俺への罵詈雑言。
心は強いつもり……ではいる。
しかし、こうも悪びれもなく誹謗中傷に晒されると、さすがに心にくる。
本当に悔しいが、何も言い返せない。
言い返すだけの「実力」が俺には無い。
「……凡人共が、愉しそうね」
……!
「他者を貶めることでしか安心できないんだ。可哀想」
声の主は探さなくても分かった。
京香の方を見ると、ただ不快そうに眉根にシワを寄せ、足を組んで座っている。
「……んだと? 古賀、もう一回言ってみろ」
クラスの中で反応したのは、たった一人。
昨日の実習で俺と相対した張本人。
―――――上堂真崎。
不機嫌そうにその場に立ち上がり、敵意を込めた目で京香を真っ直ぐに見据えている。
「古賀家だか何だか知らねぇが……いつまでも調子にのってんじゃねぇぞ!! 一位の座も、すぐに引きずり下ろす!」
「へぇ……。全然説得力無いんだけど。私に傷一つ付けられなかったクセに」
「っ……! てめぇ!!!」
一触即発。
真崎は完全に頭に血が上っているようで、京香へと詰め寄る寸前。
「……お前ら、私の目の前で良い度胸だな」
―――――しかしそれを止めたのは、目の前の諍いをそれまで静観していた先生の声だった。
「……実にくだらんな。本当は私も序列制度には懐疑的だ。
限定された中で競ったところで、陰陽師としての成長は見込めない。ましてや、序列に左右された上下関係が構成されている様も酷く滑稽だ。先が思いやられるな」
京香そして真崎を含めたクラスの全員が、先生の言葉を一言一句聞いていた。
聞けなければならない、そんな圧を感じているのだろう。
教室の中は静まりかえり、ただ先生の呼吸音だけが辺りに響く。
「陰陽師とは、力を誇示する存在ではない、探究する者達のことだ。職としての一面もあるが、本来の存在意義を履き違えるな」
「上堂、座れ」と先生に促された真崎は、不服そうに舌打ちをしながら自分の席へと戻ってゆく。
京香も目を閉じ、既に「我、関せず」といった出で立ち。
……一応、収まったのだろうか。
普段であれば京香という存在が抑制剤となり、俺への悪態は鳴りを潜めている。
こんなに露骨なのは久々だった。
服部先生は真崎が席に着いたことを確認すると、教科書を出し、一限目の授業の準備を始めた。
「クソが……!」
約一名。
未だに納得していない者もいたが、先生はそれを気にする様子もなく「……では、教科書を出すように」と普通に授業を始めた。
―――――俺は結局、いつでも助けられてばっかりだ。
京香と先生に感謝しながら、俺は教科書のページをめくった。




