第115話『傾月下』
―――――――カリンの言うことを聞いていて、良かった。
支倉秋人固有式神『建御雷神』に搭載された制御破壊。
気を抜けば意識を刈り取られてしまうであろう、身体許容上限を遥かに上回るほどの電圧。
過剰なまでの、霊力から電気への転化を防ぐ制御の破壊――――――。
それが決壊してしまえばこうなるのか。
ただの放電現象とは異なり、常に雷を身に纏う帯電状態が常態と化す。
雷は紫色に可視化し、周囲へと爆発的に溢れ出ている。
「これが、制御破壊――――――」
全能感に満たされていた。
脳内でのイメージを全て具現化できるような、そんな自信が溢れてくるような。
「ほう、……素晴らしい」
その身、そしてその大剣に雷を纏わせながら、曹純は静かに刀身をこちらへと向ける。
転瞬。
目の前に迫る大剣を、僕は捉えていた。
――――――遅い。
スローモーションかと思うほどの愚鈍な一撃。
『蓄電』の発現事象、電気を身体の抹消神経系に流すことで、曹純も相応の速度を獲得しているはず。
それは、電気を戦闘に応用する上での、基本的な加速術に他ならない。
しかし――――――。
迫る大剣の剣先を避け、ガラ空きの胴に肘を置く。
――――――入る。
「っ……!!」
苦悶にその表情を歪めるのを、見逃さない。
インパクトの瞬間、帯電している電気を開放したダメ押しの中段蹴りを叩きこむ。
そして、背後へと吹き飛ぶ黒色の狩衣――――――。
「閃」
――――――前方。
刀印から放つ雷の一極集中放電が、曹純を貫通した。
中空故に、回避行動不可能。
出力はこちらが上回っている。
『蓄電』で雷を吸収することも、不可能。
いや、まだだ。
気を抜いてはダメだ。
最後の最後まで敗北の可能性を潰す……!
全身の電気を全神経系に――――――。
「っ!!!」
バランスを崩した黒色の狩衣に肉迫し。
今まさに、秋人の掌底が腹部へ突き立てられるという瞬間。
「やらせん……!!!」
夥しい吐血。
開いた瞳孔。
手に持った大剣でその身を隠す。
これだけの連撃を受けて、まだ意識が――――――!
無理矢理でもいい。
今はただ、大剣をぶち抜く力を。
本来、人体が百パーセントの力を出せば、肉体は自壊を始めるらしい。
それを防ぐための、脳の制御。
過剰なまでの電圧をその身に宿した秋人は、その外し方を感覚的に理解していた。
常体、20から30パーセントに制限された人体の力。
それを外し、あまつさえ雷による加護を得たらどうなるのか。
その答えは。
神のみぞ、知る――――――。
「はあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!」
かつての師、白蓮曹純への一突。
六坂神社の奥に広がる森林地帯。
そこに、一筋の雷光が走った。
音が――――――、遅れる。
天地を揺らすほどの轟音。
もはや黒色と言っても差し支えない深い緑色の木々を薙ぎ倒し、直撃を受けたモノは蒸発。
雷光は周囲の地形を変えながら、地を駆ける。
野を焼き、地面を抉り、木々を焦がした閃光は、やがて電気火花を残し。
中空へと霧散する。
後に残るのは、焼けた植物の匂いのみ――――――。
「うぅ……!! ぐっ……!!!」
焼けた地に伏す、一つの影。
既に発現事象は解除されていたが、身に纏う狩衣には点々と鮮血が滲み、地に着く右腕は、曲がってはいけない方向へとその形を変えていた。
――――――なんだ、これは。
明滅を繰り返す視界。
消失した平衡感覚。
拍動に合わせ、全身を絶え間なく襲う激痛。
分かっていた。
分かっていて尚、対処することができない。
「うっ……!」
不意に込みあがってくるものを吐き出すと、色鮮やかな血――――――。
それを皮切りに、徐々に赤く染まる視界。
顔を伝うドロリとしたもの。
鮮血。
血。
紅く、朱く、赤い――――――。
「……これほどの陰陽術。
代償は大きいようだな」
――――――――!
砂煙の中から、こちらへと歩いてくる気配。
揺れる砂塵の流れをかき分け、姿を現したのは。
黒色の狩衣。
「まさか、『麒麟』を壊すとはな」
そう言いながら、曹純は破れてしまった護符を目の前にかざす。
揺れる、紅い視界。
加えて、立ち合いの最中、いつのまにやらメガネはどこかへ行ってしまった。
それゆえに、彼が今どのような表情をしているかは分からない。
――――――無傷。
この破壊の規模で……?
「恐ろしいものだな、人造式神は」
「……!」
「――――――――やはり。
存在してはいけないものだ」
曹純が出す一枚の護符。
第二の式神――――――――!
霊力を熾そうとするも、全身に力が入らない。
応戦どころか、これでは――――――。
しかし。
その護符に霊力が込められることは無かった。
曹純は唐突に踵を返し、僕に背を向ける。
「今日はただ、懐かしむためにお前に会いに来た。
息の根を止めるためではない」
視界が、揺れる、揺れる。揺れる。
「また会おう、秋人。
次はこのような戯れではなく、命の取り合いだ」
霞む視界の最中、脳内に反響する声。
「お前に、陰陽道を教えなければ――――――――」
そこまで聞こえたとき。
秋人の意識は、完全に途切れた。
三日月でもない、半月でもない、名もなき月だけが。
二人の陰陽師の逢瀬を、静かに見ていた―――――――。