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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第三章 《過激派陰陽師達、宵闇に蠢く。》
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第111話『追想 捌』



 一瞬が、永遠のように感じた。

 夢でも見ているかのような、そんな感覚。

 しかし、そんな僕を現実に戻したのは、とある人物の切迫した声だった。


「秋人!」


「―――――――っ!」


 僕の前の目に迫る、『咬喰』の巨大な(アギト)

 それを、身の丈ほどもある大剣で受け止める曹純さんの姿が、そこにはあった。


「―――――敵を前に、式神を手放す奴があるか……!!

 ……破っ!!!」


 曹純さんは霊力を充填、思い切り刀身を振り回し、『咬喰』を背後へと大きく吹き飛ばす。

 土煙が周囲に舞い、暗い路地裏の空間がさらに明度を落とした。


「曹純、さん……与一が……!!」


「……楓とカリンも、動けるな。

 秋人、二人を連れて戦線を離脱しろ。

 私が殿(しんがり)を務める」


 そう言いながら大剣を構える曹純さんの頬を、汗が伝うのを僕は見た。

 そして、これ以上ないほどに、歯を食いしばっているのも。

 目の前に転がる、

 曹純さんに、それが見えていないわけがなかった。

 ()()()で、僕たちに戦線離脱を命じた。

 仲間の死を悼む暇は、なく。

 復讐に燃えることもない。


 目の前の『咬喰(コイツ)』を前に、曹純さんは――――――ただ逃げることのみを選択した。



 要は、それほどまでの相手、だということ。


「……っ、楓、カリン!!!」


 僕は茫然と光のない瞳で傍観している楓の腕をつかみ、未だ嗚咽にむせび泣いているカリンに肩を貸した。






 ―――――そうだ、秋人。

 それでいい。

 背後で逃走するべく霊力を熾し、二人を抱えて離脱する秋人の後ろ姿を見やった。

 お前はこんなところで死ぬべき奴じゃない。

 それは、楓もカリンも、そして……与一も。

 歯を思い切り食いしばり、再度霊力を体に充填させ、眼前のあやかしを見やった。

 これほどまでの個体が、新都に……。

 神性を内包した、次元が異なる霊力。

 霊力を完全に制御下に置いているが故に姿をくらませていたのだろうが、どうしてこのタイミングで……!



『何ダ……、オ前。

 邪魔スルノカ?』



「……その通り。

 邪魔させてもらおう」



 目の前の怨敵、例えるなら―――――鬼。

 そして、()をもつ。

 不意に、脳裏に浮かぶ一体の鬼の伝承。

 平安に端を発する古きの伝え。



「……お前、名は?」



『……名?

 何ダッタカ……、ヨク呼バレテイタ名ガアッタ』



 私の想像が、正しければ――――――――。



『……『元興寺(ガゴゼ)』、ダッタカ?』


「……!!」


 そのを聞いた時、私は確信した。

 やはり。

 秋人たちを逃がしたのは正解だった―――――と。





 




 僕らが、『北斗』のメンバーに保護されて十分後、曹純さんの援軍となる陰陽師たちが現場へと急行。

 しかし、現着したその現場には、ただ息を呑むような破壊の痕と夥しい鮮血。

 そして――――――。

 破壊された大剣と、()が落ちていた――――。







 以下、『咬喰』に関わる顛末である。

『北斗』新都第四拠点修祓部所属「日比谷与一」、『咬喰』による半身断裂により――――――死亡。

『北斗』新都第四拠点修祓部所属陰陽師「白蓮曹純」、『咬喰』同様、10月11日以降行方が分からなくなる。

 現場に残された血痕をDNA鑑定した結果、その大多数が曹純のものと判明。

 破壊の痕、そして現場に残された血痕が人体における致死量を超えていたことから、『北斗』は曹純をMIA(戦闘中の行方不明、事実上の死亡)に認定。

『北斗』新都第四拠点修祓部所属「佐伯夏鈴」、『咬喰』との戦闘で、右大腿骨、右上腕骨を骨折。

 以降、「佐伯夏鈴」の所属を、第五拠点付とする。

 新都立西中学校所属「支倉秋人」「服部楓」両名のこれからの処遇は、検討中。

 厳戒対象『咬喰』の所在は不明。

 10月11日以降、対象による被害報告皆無――――――。


 ***





 冷たい屋上の地面に横たわっていると、体全体が芯まで冷えていくのが分かる。

 何の遮蔽物もない空を、ただ見上げている。

 空は灰色――――――。

 メガネをかけていようがかけていまいが、は変わらないだろう。

 ただどんよりと今にも、雪片を落としそうな曇天が眼前に広がっていた。

 そろそろ中に入らないと、さすがに風邪ひくな……。

 今日の屋上タイムも、そろそろお終いにしようかと思い始めていた。

 そんな矢先。


「秋人」


 誰かに名前を呼ばれた。

 見上げると、寒さに身を震わせながら、こちらを覗き込んでいる一人の少女の姿があった。


「よく、こんなところにいれるね。……こんな寒いのに」


「外が好きなんだよ」


 声を出せば出すほどに、互いの口から白い息が漏れる。

 季節は既に「冬」と言ってもいいだろう。

 加えて、盆地である新都の冷え込みは激しい。

 十二月なんて、全身を防寒具で覆わないと結構キツい寒さ。


「……最後の進路希望調査、後は秋人だけだって」


「……」


「私、伝えたからね」


 そういいながら、寒さに眉間にしわを寄せながら踵を返す楓。

 その背中に僕は、声をかける。


「楓は、なんて書いたの?」


 すると。

 楓は、静かにこちらを振り向き。


「泉堂学園」


 そう―――――静かに呟いた。

 それは、僕の制服のポケットに入れっぱなしになっている進路希望調査書。

 そこに書き殴った学校の名と、同じだった。







 僕達を巡る状況は、日々著しく変わった。

 民間の一自衛組織だった『北斗』はその対悪霊に特化した戦闘力、日本全土に及ぶ影響力を買われ、国有化された。

 そして、日本国における対悪霊治安維持機構、『全日本陰陽連合清明桜花会』として再発足。

 それに伴い、一職業として悪霊と闘うための専門職、『陰陽師』が設置された。

 ……ほんのつい二週間前のことである。

 専門職となる、ということは当然それを学ぶための学校ができる。

 それは、この新都も例外ではないようだった。

 ――――――「私立泉堂学園」。

 元『北斗』の出資者がそのままバックにつき、陰陽師の専門養成学校として法人化されるらしい。

 これまでフィクションとして認知されていた「陰陽師」が、一般職となる。

 そして、その職務内容も、悪霊の修祓―――――言ってしまえばに他ならない。

 話題性も、そして若者からの人気も、抜群だった。

 既に下馬評では、陰陽師養成学校の倍率が過熱、場所によっては二十倍や三十倍とも言われている。

 

「――――――何で。

 皆、陰陽師なんてなりたいんだろうね」

 

 僕の素朴な疑問に、楓はこちらを振り向くことなくことなく、「知らない」とだけ答えた。


「アンタは何で、陰陽師になるの?」


 僕の志望先は、誰にも話していない。

 しかし。

 楓には、僕の胸の内は既に知られているようだった。





「否定するため――――――かな」

 

 


 あの日の、与一と曹純さんの死を。


 そして――――――――。


 それをもたらす存在を。


「―――――楓は、なんで泉堂学園に?」


 寒空に向かって声をかけると、返答がない。

 不思議に思い、その場に起き上って周りを見ると。


 楓の姿は、既にそこにはなかった。










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