第108話『焔』
「……どの口が、言うとんねん」
「……」
「通用せぇへん……?
お前の式神もやろがい!!!!」
目を血走らせながら男はただ一人、吠える。
「弱者が!!
結界内から出られへんのかい!!
オマエも、こっちへの反撃手段あらへんやんけ!!」
「―――――やってみようか?」
「っ―――――!!」
転瞬。
俺は霊力を全身に充填し、男に向かい肉迫――――――。
『蛍丸』と『六合』の同調時、発動した結界は俺を中心に半径十メートルを起点とする。
そして、結界は俺の動きに合わせて移動する。
「お前を、結界内に入れてしまえばいい」
―――――『蛍丸』は今現在、式神『級長戸辺』とその術者を効果範囲と認識している。
「っ……!!
おまっ……!!!」
俺の跳躍に、一瞬反応が遅れた男。
その間に想像が働いたのだろう。
俺が、何をしているのか。
これから、何が起こるのか。
しかし、―――――もう遅い。
結界の縁が。
背後に跳躍し、回避しようとしている男の左腕を飲み込んだ。
結界内に入った男の腕が、手に持った槍ごと――――――爆ぜる。
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああっぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
「う……」
―――――失血状態で、動きすぎた……か。
腕を炎上させながら、嬌声を上げる男の様子が、かろうじて見える。
視界が、霞む。
ぼやける。
力が、入ら……。
「熱い、クソ熱いぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいい!!!!!
お前……、何してくれてんねん……!
殺す……、絶対にぶち殺す!!!!」
ふり絞れ、倒れるな、俺。
歯を食いしばりながら、目の前の男を見据える。
紅く焼けただれた皮膚が露呈し、明らかに軽傷ではない。
「ぐっちゃぐちゃにして、殺してやるからなぁ!!!!」
俺が、倒れるわけには……。
――――――不意に。
体が、軽くなる感覚。
何……だ?
「新太さん」
この……声。
首を横に動かすと、来栖が俺を肩で支えてくれていた。
「……守ってくれて、ありがとうございます。
でも……、ウチだって陰陽師、ですよ?」
「来栖……」
「――――――好きな人くらい、守らせてください」
そう言いながら、来栖は静かに微笑んだ。
「『ワルサーP38』、起動」
来栖の片手に顕現する、一丁の拳銃。
俺はそれを懐かしい気持ちで見ていた。
「クソガキがぁ!!!
現代兵器が通用するわけないやろ!!!!」
「……言ってろ」
転瞬。
来栖の姿が、消えた。
――――――発現事象、「加速」……!
「あがあっ!!!!!
なんっや、これええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
男の脚部から、次々に噴き出す鮮血。
着実に機動力を削ぐ、援護射撃。
あの時よりも、圧倒的に式神操演の練度が上がっている。
心強い、なんてものじゃないよ、来栖。
「じゃあかしいんじゃぁあ!!!!!」
「……!!」
男は再度、その焼けただれた手に槍を顕現させ、その身を纏うように風を展開させる。
男の周囲だけ、徐々に風速が上がってゆく――――――。
柱状に展開した風による簡易的な防護壁。
風の制御範囲を体の周りに限定することで、その防御力を上昇させてっ……!
「新太さん!!!」
「……!!!」
来栖の意図していることを理解し、俺は、最後の力を振り絞り霊力を捻出。
震える足を無理矢理霊力を充填し、気力共々支える。
自身の視界を、自身で奪った。
それが、お前の敗因……!!
――――――もう、逃がさない。
跳躍後、俺のすぐ目の前に、男がいた。
「……あ?」
「――――――爆ぜろ」
転瞬。
男の、式神も、風も、狩衣も、何もかもが。
紅に、染まった――――――――。




