第105話『宵の刺客』
声の方向―――――。
そこには、俺らに向かって近づいてくる一つの人影。
「ごめんなぁ、邪魔して。
でもさでもさ、こういうのってお約束やん?
いいとこに限って邪魔が入るーって」
人影の表情や背格好が認識できるくらいの距離感。
軽薄そうな若い男だった。
髪は金色に染められ、耳はもちろん、唇や鼻にまで開けられたピアス。
そして、何より警戒すべきは男の格好。
―――――狩衣。
つまりは……。
「陰陽師……」
「おっ、女の子怖っ。何その顔」
「アンタ誰?
本当にいいところだったんだけど……!」
ここからは来栖の表情は分からないけど、予想では般若のごとく荒ぶっているのではないか思う。
俺としては、ほんの少しだけ良かった気持ちと、残念な気持ちが半々くらい……。
「だ~か~ら~、ホンマにごめんって~~~。
お約束を律儀に守っただけやん!?」
こんな時間に、こんなところにいる段階で、この関西弁の目標は俺らだろう。
いずれにせよ、嬉しい邂逅ではないのは確か。
「……来栖、気付いている?アレ」
「もちろんです。
何ですか、あの霊力……」
男の体から立ち上るそれ。
ただの霊力では、無い。
あの霊力を構成する生体光子を俺は知っている。
それは、―――――こちらに対する明確な殺意。
男の軽薄な口調とは、相反する性質をもつ霊力が立ち上っているのが確認できた。
「アンタ、誰だ?」
「名前を名乗るときはまず自分からやんか~、と言っても俺は君のこと知ってるで、『六合』」
「「……!」」
仁が言っていたタカ派の『旧型』によって構成される組織。
名は―――――『暁月』。
他でもない。
先月の全国的な妖の侵攻も、手引きしたのはコイツらだと父さんから聞いている。
「俺は弥生瑞紀いーます、君の『六合』もらいに来ました。
なぜかというと、君使いこなせてないからですー」
「……言ってる意味が分からない」
「えっ、マジで!?
お前さんめっちゃアホやなぁ……。
だ~か~ら~」
―――――男は、懐から護符を取り出した。
「―――――十二天将は、オマエみたいなカスが持つもんちゃうゆーことや」
「……!!」
男を覆う霊力量が爆発的に増加、完全なる臨戦態勢―――――。
「……来栖、下がってて」
「いや……、でも……!」
俺は来栖を手で制し、後ろに下がらせた。
確かに物量という観点では、二人で対峙した方が有利。
しかし、俺の式神の性質上、一対一に持ち込んだ方がいい―――――。
「あれ?嬢ちゃんは闘わへんの?
何かよー知らんけど、けったいな式神使うんやろ?」
「……オマエは、俺一人で充分」
「おっ、おっ!! 何々!!?
いっちょ前に挑発!!? やるやん自分!!」
男の額に青筋が立っているのを、俺は見逃さなかった。
コイツ間違いない。
―――――激情型だ。
単純な挑発にも、これほどまでに食いつくとなれば……。
もっと冷静さを失わせたところで、詰める。
「……弱いやつほどよく吠えるってね」
「……!!!!
フフっ、ええやんええやん!!
闘ろうや『六合』!!!
グチャグチャにしてやるからなぁ!!!
ひれふせぇ!!
『級長戸辺』、発動!!!!」
男の感情と共に膨れあがっていた霊力、それが手に持った護符に集約してゆき、やがて形作られる一振りの長槍。
「新太さん……!」
「あぁ……!!」
男が式神を発動させたのと同時に、変わったのは護符の形状だけでは無かった。
俺らの背後から流れてくる風。
この時間帯であれば凪はとっくに終わり、温度差によって、陸から海へと風が吹くはず。
しかし。
そんな当たり前の事象を無視し、周囲の風があの男を中心に集まっている。
『風』の発現事象―――――。
自然現象型の式神故に、かなり複雑な術式を内包しているはずだけど、それでもこの男はかなり広範囲の空間内を制御している。
先ほどまでに穏やかだった海面が波打ち、辺りには砂塵が舞う。
目算で半径二十五メートル。
「……『六合』。オマエ、アホっぽいから教えたるわ。
コイツの発現事象は、『風撃』。
風にまつわる事象なら、俺の想像が及ぶ範囲内で再現可能や」
発現事象に関しては、想像通り。
しかし、気になるのは「想像の及ぶ範囲内」という文言。
「……!
来栖、霊力を……!!」
唐突に強まる風。
それはまるで―――――台風。
霊力での身体強化で、活動はできるが、それもあくまでも「ある程度」。
体の機動力の低下は避けられない……!
「よっしゃ、―――――いくで」
「……!」
肩で担いでいた長槍を構えた。
俺が辛うじて見えたのは、そこまでだった。
「新太さんっ!!!」
「……っ!!」
通常よりも、かなり多めの霊力を纏い、跳躍での回避。
転瞬。
今しがた俺が立っていたところを、槍が薙いだ。
「……うっさい、女やなぁ」
コイツ……、この風の中を自由に移動できるのか……!!
暴風や舞い上がる砂塵で対象の機動力を奪ったところで、長槍で奇襲する―――――。
「激情型のくせに、そこは合理的なのか……!」
「風速に関してはこんなもんやな。
所詮、風なんて台風くらいの強さが想像の限度や」
「……!!」
今の今まで吹き荒れていた風が、不気味なまでにピタリと止まる。
「風ってな。
―――――こんなんも、できるんやで」




