第104話『真夏の夜の夢』
集合予定時刻一分前――――――。
俺は息も絶え絶え、合宿所前のバス停にたどり着いた。
爆速でシャワーを浴び、髪を乾かし、学校指定の半そで短パンに着替えを済ませ、今に至る。
大丈夫か?
俺、汗臭くないか……?
一応確認はしたものの、時間的な余裕がなかった。
来栖を呼び出しておいて、こちらの準備が不完全なんて、向こうに申し訳ない。
こんな時間のバス停には誰もいない。
合宿中は日程的に余裕があれば、遊びに行く時間もあったようだ。
海に行って遊んできたーという報告を、同じクラスの人たちが話していたのを食堂で小耳にはさんだ。
俺は、ずっと京香と式神の操演を研究していたために、そんな時間はなかったけど……。
と―――――、不意に。
「新太さん!」
「っ!!」
合宿所から走って出てくる一つの人影。
トタトタと音を立てながら、こちらへと向かってくる。
「ごめんなさい……!
遅くなりました!」
肩で息をしている来栖。
既に風呂からあがった後だったのか、長い黒髪はしっとりと湿っていて、頬は薄く上気している。
俺と同じ学校指定の半そで短パンに、薄い浅黄色のカーディガンを羽織っていた。
「……全然待っていないよ。俺も今来たところ」
本当にこんなセリフを言う時が来るのか……!
言った後にものすごく恥ずかしくなった。
「……!」
来栖が近づけば近づくほどに、その表情がよく見える。
風呂上りなのはその通りだと思うけど、うっすらメイクをしているのが分かった。
わざわざ、俺と会うためだけに……?
『女の子は色々と準備があるの!』
不意に、先ほどの京香の発言を思い出した。
俺のために。
俺のためだけに、。
「あの……、新太さん」
「ん?」
「急に、どうしたんですか?
連絡くれて……」
もっともな疑問。
こんな夜に。
合宿中だというのに。
「あ……、えっと……」
―――――告白の返事を伝えるために、呼びました。
……とてもじゃないけど言えない!
でも、取り繕っても仕方がないのも確か……!
「ちょっと……来栖に、会いたくなって」
「……え」
傍から見たら俺は一体どんな表情をしていたんだろう。
客観視できないほどに赤面していたんじゃないだろうか。
来栖も来栖で「え、あ、そうなんですか……」と、顔を真っ赤にしている。
「バス停ってことは、今からどこかに……?」
俺は来栖の疑問に、軽く頷いた。
***
「アタシ、合宿初日以来です。
――――――海」
「俺も、結局全然余裕なかったな……」
砂浜をゆっくりと並んで歩きながら
東の空には沈みかけの三日月が浮かび、月光が海面に反射している。
俺と来栖以外の姿はなく、夜の静かな潮騒が、辺りを包み込んでいた。
「花火、やりにきたんですか?」
「いやいや、京香いないから火つけられないよ」
「……そこは普通ライターとかでしょ。
何で、古賀先輩が先に出てくるんですか?」
楽し気に口を押さえて笑う来栖。
――――――そりゃそうか。
完全に感覚がマヒっている。
しかし――――――。
「……」
可愛い、な。
来栖。
さっきの京香との会話で改めて自覚できたこと。
自覚することができて、――――――よかったこと。
「……どうしたんですか?」
「あぁ、いや、何でもない……」
気付かない内に顔をまじまじと見すぎていたようで、来栖に不思議な顔をされる。
明らかに、いつもの俺じゃない。
柄にもなく舞い上がっているのか?
俺の隣で、楽しそうに笑みを浮かべている来栖。
自分で言うのもなんだけど、この子は本当に俺といるのが楽しいんだな。
いやそもそも俺といて、楽しいか……?
虎とかの方が一緒にいて退屈しないと思うけど……。
「新太さん。合宿、どうでしたか?」
「え、あ……。合宿ね合宿、えっと……」
何テンパってんだ、俺……!
ここら数日の様子をそのまま言えばいいだろ、そのまま……!
「……京香とずっと新しい式神の性能を確かめたりしてたよ。
十二天将との同調を確認したり」
「新しい式神、受け取ったんですよね。新太さん専用のやつ。
どんな感じ、ですか?」
「ある程度、実戦で使える程度にはなったかな。多分……。来栖は?」
「ウチは……、というか一年生はずっと霊力の基礎的な修練です。
つまんなかったです、正直」
「……はは、そっか」
確かに……。
現時点でかなり高度な式神操演を行える来栖にとっては、退屈な時間だったろうな。
「ウチはもっと、『式神』について理解を深めたいんですっ!
とにかく今回の合宿は時間の無駄でした!」
これは……、相当ご立腹。
しかし、泉堂学園の教師陣も来栖の扱いを決めあぐねているのも、また事実だろう。
式神の改造ができるほどの技術力を持った生徒に、何を教えることがあるのか。
かといって、カリキュラム上、放っておくわけにはいかないだろうし……。
「……また佐伯支部長から直々に伝令があるんじゃないかな」
「早くそうしてほしいですっ!」
今の来栖は、泉堂学園所属の学生であるのと同時に、清桜会への技術提供を行っている言わば共同開発者。
特に佐伯支部長は、来栖の才を高く買っているようだった。
何はともあれ世間話をしていたら、緊張がほぐれてきた。
いつもの俺、になれているかな。
来栖は俺の前をゆっくりと歩いている。
話すときだけ時折振り返る仕草が、可愛かった。
真っ直ぐに俺の目を見て、言葉を紡ぐ姿が愛らしかった。
ちょっと待て。
―――――俺、めちゃくちゃ来栖のこと好きになって……。
「あの……来栖!!」
「え……、はっ、はい!」
急に大声を出した俺に驚きながらも、返事を返してくれる。
とはいえ、名前を呼んでみたけどこの後のことは何も考えていない。
後先考えずに動きすぎだ、俺。
「えと……その……」
何を言えば……。
経験の無さがこんな形で裏目に出るなんて。
言えばいいだろ、「告白の返事がしたい」って。
でも、いざ言葉にしようものなら、口から出るのはただの空気の塊。
俺ってここまで根性がないのか……?
明らかに夏の外気だけでは無い熱さが、俺の全身を包んでいた。
言え。
言えって……!
俺……!!!
「あの……さ、来栖」
「はい……」
思いの丈を―――――。
来栖のドングリのような大きい瞳の中に、俺がいた。
唇を固く結び、俺の言葉をただ待っている。
「俺と……!」
「はい……!」
「―――――最近の若い奴らは、ドスケベやなぁ」




