第102話『追想 陸』
―――――なんだ、これ。
僕の両の手から、日本刀がスルリとすり抜け、地面へ落下。
乾いた音が、周囲に鳴り響いた。
ゆっくりと視線を背後へと向けると。
目を見開きながら涙を浮かべ、丸腰でその場にへたり込んでいる楓。
そして―――――。
「与一っ!!!
いやああああああああっぁぁぁぁぁああ、与一ぃ……!!!!!」
既に破壊された大鎌を手に、泣き叫ぶカリン。
そして、僕の目の前には。
―――――無残に横たわる、下半身。
辺りには夥しいほどの鮮血が飛び散り、臓物のようなものが散乱している。
鉄と腐臭を混ぜ合わせたような、神経に障る匂いが立ちこめ、ただひたすらに不快―――――。
『オマエらモ、今喰っテヤルカラナ。
安心シロ』
ボロボロの頭巾のようなもので全身を包んだ小柄な体躯。
時折見える顔面は醜く歪み、そこから発される声は年寄りのように嗄れている。
―――――霊力の底が、見えない。
僕らとは、存在する次元が違う。
僕も、楓も、カリンも。
その場にいる全員が、戦意を喪失していた。
闘う意志を砕かれていた。
これが、妖―――――?
「……無理、だろ」
僕らに、どうにかなる相手じゃない。
相手にするというのもおこがましいほどの、圧倒的なまでの差―――――。
動けない。
全身が石になってしまったかのように、動けない―――――。
何か、黒いものに飲み込まれるかのように。
神経の一本一本まで、浸食されていくかのように。
動け。
動け。
動け。
動け。
動け。
動け。
「あ……」
僕の目の前に。
―――――迫る口。
***
あの日僕らは、同じ絶望と後悔、無力感を味わった。
でも……、楓。
君はきっと、僕やカリンとは違うものを視ていたんだろうね。
だからこそ、僕らの道は違えてしまった。
求めるものが、ズレていった。
僕は。
そんな君に。
何かをしてあげられたのだろうか。
今も、僕は――――――分からない。




